第40話 独占欲

「次の休憩の地までは、馬車では通らない、近道となる山道を超えて行くことになる」

 事前にそう聞いてはいたものの、乗せてもらう馬が険しい道を登り始めた時は、麓に自分だけ置いて行ってもらおうかと真剣に迷った。

 初めての乗馬でこんな山道を超えるなんて、想像すらしたことがない。

 ただでさえ高い視線から見える勾配と、身体が傾ぐ程の傾斜によって、落馬の恐怖が心臓を抉る。ジェットコースターより怖い。景色を楽しむ余裕など全くなかった。

 体が強張り、目を瞑って時が過ぎ去るのを待つしかなく、王様のことも忘れ背中をナージャに預けて、無心になることだけを考えていた。

 やっと到着した山の折頂上付近で、馬を休めるための小休憩となる。

 平らな地面のありがたみを享受し、この時ばかりは無事を神様に感謝した。

 下りもよろしくと馬の背中を撫で労い、滲んだ涙を拭いながら馬から降りると、同じく馬から降りたカルレイン王が近付いてくる。

「コーヤ、こい」

 強い力で腕を取られ、ぐいぐいと皆が集まる場所からどんどん離れて行った。

「どうしたんですか。何か怒ってます?すみません。初めての馬での山登りで怖くって」

 引っ張られつつ、言い訳を試みる。

「違う。そうじゃない」

 仲間たちから見えないところまで来てしまったが、横は崖だ。なるべくその方向を見ないように、王様に向き直った。

「私の前で、お前が他の男の胸に体を預けていたことが許せない」

 王様は、掴んでいた手を緩めないまま、俺を自分の胸へ引き寄せる。

「安らぎを感じ眠るのは、私の腕の中だけでいいだろう?」

「え?」

 王様の言葉の意味を考えている間に、胸の中に包み込まれ筋肉質な腕に抱きしめられた。

 力強い腕と厚い胸板に閉じ込められ、身動きもできない。

 苦しくて酸欠になりそうだったが、言われた意味が理解できてくると、喜びが込み上げてくる。

 え、ヤキモチ妬いてくれてる?

 あれ?何で俺、嬉しいんだろう。

 自問自答している間に、王様の手が俺の顎を掬う。

 王様の肩に押しつけられていた顔が上がり、すぐ近くに王様の顔があった。

 真剣な眼差しが俺を見つめていて、目が逸らせられない。

 王様の瞳の奥にあるものが情欲だと本能で感じる。まさか、俺に?

 だが気づいた俺の体まで熱を帯びてくる。

 心臓が早鐘を打ち、未だにくっついている胸から、激しく打つ鼓動が王様に聞こえてしまうんじゃないだろうか。

 顎の大きな手が次第に頬に移動すると、頬の大部分が包み込まれた。長い指は耳まで届き、耳朶を擦る。

 反対の手はいつしか後頭部をがっしりと押さえ込んでいるから、更にお互いの顔が近づいた。

 あ、キスしちゃう……。

 自然に瞼を閉じ、静かに2人の唇が重なる。

 温かい唇が俺の唇に押し付けられていた。

 唇がくっついているだけなのに、気持ちがいい。王様の、男の唇なのに。

 唇が離れたり、またくっついたりを繰り返す。 離れる唇に寂しさを感じ、また重なる唇に満たされる。

 徐々に重なりが深くなっていき、風や草の揺れる周りの音も聞こえなくなっていた。

 全身の力の抜けた俺の唇の隙間から、唇を舐めていた舌が咥内に入り込む。

 そこで我に返った。こんな時に何をしてるんだ、俺は。

 反動で理性が強く働き、自分を叱咤する。

 男同士なのに流されちゃダメだ。

 瞼を開いて身を捩る。

 だが、王様の舌の侵入は止まらない。頭を押さえたまま、俺の逃げ惑う舌を追いかけるように咥内を隈なく舐め続けた。

「んっ、はぁ、ん、んっ」

 あぁ、どうしよう。力が入らない。

 身体を離そうと押したり、拳で胸を叩く抵抗もむなしく、力の抜けた俺に覆い被さる勢いで、舌がむさぼられている。

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