第38話 襲来

「陛下、捕らえているやからの証言もございます。このフォルトラ国を甘く見ているバルザック国に目にもの見せてやるべきではありませんか。兵をお出しになってはいかがでしょうか」

「証言はないだろうが」

「本人の証言はなくとも、実際バルザックの公用語を話していたんです。バルザック国の者に違いありません」

「証拠もないのに軍を派兵すると言うのか?ふざけたことを」

 東のグレンブノ国の使者を迎えるため、辺境伯であるミダリルとの打合せが必要だった。

 打合せをやけに急がせ終わらせようとすると思いきや、この話をしたかったようだ。だがミダリルの言い分は馬鹿らしくて聞いていられない。

「このままではバルザックに舐められたまま内偵し続けられ、挙句に攻め込まれてしまいます。陛下はフォルトラ国がそうなってもよろしいのでしょうか」

「国軍を出すまでもないであろう。辺境伯の兵が力を出せば、我が国軍を出すまでもない。国境を守るのがミダリル辺境伯の仕事ではないのか。内偵されないように国境を守ってから言うんだな」

 組んでいた脚を下ろし、話は終わりとばかりに立ち上がる。

 今日の打合せはこれで終わりだった。早くコーヤの待つ部屋に戻って癒されたい。

 足取りも軽やかにパドウに先導させ部屋出ていくカルレイン王の後ろ姿を、ミダリルが焼き殺そうとでもいうような目で見ていることには、気づかなかった。


 腕の中で温かいコーヤが身じろぎする。

 夜中に目を覚ましたカルレインは、自分の胸に擦り寄り眠るコーヤから目が離せないでいた。

 黒い髪の毛が瞼にかかるのを指で払い、そのまま弾力のある頬をつついてみたりする。

 昨夜は、長距離移動後に関係者との打ち合わせのあと、最後にミダリルの途方もなく身勝手な言い分を聞き、精も根も尽き果てていた。

 コーヤの手を引きベッドに一緒に入ったものの、勿体無いことにそのまま意識を失うように眠ってしまった。

 まあ、それもコーヤの気持ちを確かめられていない現状では、良かったのかもしれない。

 もし私が我慢できずに狼のようにコーヤを襲っていたら、嫌われるだけでは済まなかっただろう。もしかしたら怒って王宮から出て行ってしまったかもしれない。

 たとえそうなったとしても、王の全権を行使し連れ戻していたであろうが。

 ただ、私はコーヤの体だけが欲しいのではなかった。欲を言うならば、コーヤも私と同じ気持ちであることを願う。そして心と体を満たす永久の愛を交わせたらと。

 いつから私はこんな風にコーヤを見ていたのだろうか。きっと最初に出会ったあの時から、心を奪われていたのだろう。

 そのコーヤを腕に抱いて眠れる夜を堪能しなくてはと、コーヤの体を自分に引き寄せる。

 その時、寝室の扉が細く開き、中の様子を探っている者の気配に気づいた。

 扉の外には警備兵がいたはずだ。

 前回、王の私に毒を盛る暴挙を成し遂げたミダリルの城に来るのにあたって、食材とともに食事の準備をする使用人も王宮から連れて来ている。

 警備兵は毒を盛られていないとすると、何故いない?

 腕の中には、大事なコーヤがいた。コーヤの健やかな寝顔を確認し、シーツを頭まですっぽりと被せる。息ができる隙間はある。頼むから起きるな。

目だけを動かし剣の位置を確認した。幸い暫く前から目覚めていたから、夜目が利く。

 扉の細い隙間が徐々に広げられ、隙のない動きで寝室に侵入する人影があった。

 いつまでもベッドにいればコーヤも危ない。なるべくベッドから離れなければ。

 ベッドから静かに転がり降り、剣を掴む。

 そのまま鞘を抜き、侵入者の首元に突きつけた。

 だが、寸でのところで、切り付けずに止める。相手に敵意はなかった。

「パドウか?」

「しっ」

口に指を当て自分も潜めた声で説明する。

「本日到着予定のグレンブノ国ですが、使者ではなく兵が、昨夜出立したとの情報が」

「何?どの程度の規模だ」

「ざっと1大隊で6百といったところでしょうか」

「こんなところにいる場合か。ミダリルに応戦の準備をさせねば」

「王がこの城にいるこの時期を狙っての派兵です。辺境伯と通じていたのはグレンブノで、ということは、辺境伯はこのどさくさに紛れて王を亡き者にしようとするはず」

「そんな真似をさせるか。情報に間違いはないのか」

「実際、辺境伯の兵に期待するのは難しいでしょう。だからと言って連れてきた警備兵の人数では太刀打ちできません。まずは王宮に連絡をしたいのですが、何やかやと口実を付けて通信させてもらえない。間違いないでしょう。」

 悔しさに噛んだ唇が切れ、鉄の味がした。

「仕方ない。王宮に戻り応戦の準備だ」

「まだ我々が知ったことを辺境伯側には気づかれていません。少数で闇夜に紛れて行く方が賢明かと」

 パドウに頷き、ベッドに近づくとコーヤの口を押さえたまま肩を揺する。

「連れて行くのですか」

「当然だ」

 コーヤは寝ぼけてはいるが寝起きは良いようだ。私とパドウの表情と起こされた状況で何かを悟ったらしい。静かにだが素早くベッドから降りた。

 急いで昨夜脱いだ服を身に着ける間にパドウから簡単に説明されたコーヤは、青い顔をしながらも気丈に背筋を伸ばし私の後をついてきた。

 パドウが選んだ道順を通り、暗い屋敷の中を抜け厩まで早足でたどり着く。

 馬には乗ったことがないというコーヤをどうするか迷ったが、近衛兵の中でも細身の者の前に乗せることにし、パドウともう1人の側近兼騎士と近衛兵の手練れ数騎で出発することになる。

 残った側近と警備隊長は、王の行く末を心配しつつも後は任せろと言ってくれた。

 残した彼らだけでなく、全ての私の民のためにも、無事に王宮まで戻らねばならない。

 朝日が昇る気配がする中、静けさに紛れ馬を❘り王宮を目指した。

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