第33話 命令

 王宮は広く、政務に携わる官吏が、様々な部署に分かれて大勢働いている。官吏以外にも騎士や兵士といった職務の者も多い。

 王宮の中で棲み分けがなされているため、王族の居住区域に近い場所に職場があり、生活もする治療師は、限られた人としか接する機会がない。洸哉は今まで知らない人とすれ違うことすら稀だった。

 図書室の場所は以前ネロやローデンに聞いて知っていたが、実際廊下を歩いて向かうにつれ、見知らぬ官吏や騎士達と、行き交う回数が格段に増えていく。

 図書室に着く頃には、場違いな空間に迷い込んでしまったと気後れしていた。

「コーヤ、どうしました?」

「あぁ……、パドウだ!」

 知っている顔を見かけホッとした俺は、ついパドウに駆け寄ってしまう。

「診療時間まで図書室で調べものをしようかと思ったんだけど……」

「見知らぬ人が大勢いて、尻込みしていたと?」

ギクッ。

 さすが王様にまで嫌味を言うパドウだ。俺のすることなんか朝飯前でお見通しらしい。

「ちょうど良かった。今コーヤを呼びに行こうと思っていたところでした。付いてくるように」

 身を翻して歩き出すパドウの後を、わけもわからず付いて行くことになった。

 俺、図書室に行くって言ったよな?と思わないでもなかったが、先を歩くパドウのローブを見失わないように付いて歩く。

 王様の側近ともなると、すれ違う他の官吏の方からお辞儀をされるのか。 

 騎士や兵士以外は皆ローブを着用しており、よく見たら色や長さが違うのだが、見比べたこともなく見分ける自信がない。

 必死で付いていくと、廊下を幾つか曲がった奥まった先の扉の前で、パドウが振り返った。

 俺が付いてきているのか、やっと確かめる気になったらしい。

 俺がちゃんといたことに満足したらしいパドウは、ノックと同時に扉を開け俺に入室を促した。

 自分は入らないのか?と不思議に思いつつ、促されるまま一歩部屋に踏み出した。

「早かったな」

 低めだが心地良く響く声と共に、ここ数日で見慣れた王様の姿がそこにあった。

 正面にある立派な執務机でたった今まで書き物をしていたらしい王様の、座っていても背筋の伸びた筋肉質な上半身が机の向こうに見えた。

 瞳は扉を背にして立っている俺をじっと見ている。

 何故ここに王様が? だがそこは俺も大人だ。しっかり腕を胸につけ、頭を下げて礼をする。

「堅苦しいことは不要だ。こちらに来て座れ」

 顔を上げると、執務机から立ち上がった王様は、机を周りこみ自ら応接の椅子を指し示して着席する。

 当然座らない選択肢はない。旅装とは違う王様の威厳のある佇まいと、豪華な執務室に怖気付きながらも、借りてきた猫のように向かいに腰掛けた。

 座って暫く経つ気がする。王様からの視線を感じるが、何も話さないのはどうしてだろう。

「パドウに連れて来られましたが、何かご用事でもありましたか?」

 思い切って聞いてみるが沈黙のままだ。

「メイリーン様の診療前に図書室に行く所でした。そろそろ戻って準備しませんと」

「まだ大丈夫だろう。メイリーンの診療時間は8(16)時ではなかったか?」

 おっしゃる通りです。

「図書室には何をしに行くんだ?」

「それは……」

 さすがに本人を前にして、あなたを助けたいからだとは言えない。いや、王様の臣下や民だったら言えただろうが、異世界から来た俺には恥じらいがあった。

「メイリーンのためか?それとも……」

「メイリーン様のご病状回復のためです」

 俺は食い気味に答えるが、王様は信じていないようだ。眉尻を下げ薄く微笑んでいる。

「辺境伯の所で、恋人になったではないか。つれないことを言うな」

「あ、あれは辺境伯様の前でのお芝居だったではないですか」

「私が恋人では不服か?」

「ご冗談を。ははは……」

 王様の、吸い込まれそうな水色の瞳に見つめられながら聞く言葉に、冗談と分かっていても顔が強張り喉が渇く。

 固まった俺を見兼ねたのか、王様が目線を外してくれた。

「王宮にも、どこに辺境伯の手の者がいるかわからん。恋人として暫く行動を共にするように」

「暫く、恋人って……」

 何を言っているのかわからない。

「俺、治療師の仕事もありますし、王様はお忙しいでしょう」

「だからこそ、ここに呼んだ。ここは私の執務室だ。会議や謁見、遠征以外の日中は私はここで執務する。コーヤも、診療やどうしても外せない時以外はここに入り浸れ。私が許可する」

「えええ⁈」

 叫ぶのも止むなしだ。なんて横暴な。王様の執務室に出入りすることで、恋人アピールするってこと?

「無理です。治療師同士の検討や記録、研究や薬作りもあります」

「どうしてもの時はやむを得ないが、記録や研究ならここでできるだろう。図書室にも近いぞ」

「そんな。治療師仲間にだって、いったい何て言えば良いんですか」

「王に気に入られて、執務室で仕事をすることになったと言えば良いだろう。そのままだ」

 指差される方を見ると、部屋の入り口両側に、巨大な王様のよりは幾分小さめの机が2つずつ並んでいる。それより俺は王様に気に入られたのか?

「それは、側近の方の机ですよね?俺がいたら仕事の邪魔なんじゃ……」

 一縷の望みをかけて王様に進言する。

「大丈夫だ。元々余分な机がある。今日も診療までここにいて、明日からは1人で来い。パドウも忙しいからな」

「……はい」

 王様のご命令だ。洸哉は、消え入りそうな声で返事をした。

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