第58話 フルーツ
「また!急にいなくなるなって言ってんだろ!」
「ごめん、ごめん。お風呂はどうだった?ゆっくり入れた?」
王様の部屋から戻ると、エリックは風呂から上がったら俺がいないので怒っていた。
「凄かった!俺こんな風呂入るの初めて!見ろよ、石鹸も高級品で肌もツルツルだ」
興奮の面持ちで袖を捲り、二の腕を顔の前に突き出してくる。
「ほんとだ。香りも良いね」
王様のために泡立てた石鹸と同じ物のようだが、嬉しそうなエリックが可愛く、クンクンと嗅ぎ真似をして見せた。
「それにこれ。食べたこともない果物がこんなにあるんだぜ。コーヤも食えよ。残しておいたから」
浴後に見つけたフルーツを順に味見していたらしく、テーブルには噛み跡のついた果物が一列に並んでいた。
「ありがとう。でも今は良いかな。後からきっとご馳走が出ると思うからお腹空かせておかないと。エリックは食べたいだけ食べて良いよ」
「え!ご馳走⁈」
現金なもので、ご馳走の天秤の方が重かったらしく、並べていた果物を慌てて元の大皿に積み始める。
「俺もご馳走食べたい」
「もちろんエリックの分もあるよ、きっと」
「よしっ」
ガッツポーズをして体で喜びを表わすエリックは、まるで弟か子犬だ。知らず俺は微笑みを浮かべていたようだ。
「機嫌は直ったんだな。どうせ王様の所に行ってたんだろ」
「え、俺、機嫌が悪かったか?」
エリックに八つ当たりでもしていただろうか。
当のエリックは言いにくそうに話し出した。
「何ていうか、不安そうだった。あからさまではなくても、俺にはわかる」
テーブルの側にいたはずなのに、いつの間にかすぐ近くまで近寄っていたエリックに両手で肩を掴まれた。
「何でだかわかるか?」
一生懸命考える。
「超能力とか…か?」
「ぷはっ。なわけあるか、バカコーヤ」
「何だよ、真剣に考えたのに。当てずっぽうかよ」
唇を尖らせて抗議してみせるが、掴まれていた肩をぐいっと引き寄せられた。身長の殆ど変わらない、力仕事をするエリックにそうされると、俺の力では抗えない。
ぽすっ。
「こういうことだ」
声と一緒にエリックの胸からも振動が伝わる。
「……? どういうことだ?」
引き寄せていた肩をまた離し、アイドルばりにクリッとした瞳を更に大きくしたエリックは、信じられない物を見た顔をして俺を見た。
「ハァ……。何でもない」
目の前で盛大にため息を吐かれたら、気になってしょうがない。
「何だよー、言えよー。隠し事か?お兄ちゃん、寂しいぞ」
隙ありだ。両肩の手を払い、片腕をエリックの首に掛けてヘッドロックのポジションを取った。反対の手でフワフワの髪の毛を掻き回す。
「うわ。何すんだよ、コーヤ。そっちがその気なら、知らねえぞ」
頭を抱えられているくせに、俺の腰に自分の両腕を絡ませ、そのまま持ち上げられる。
「おい、あぶないだろ。離せって」
空中に浮いた足をバタバタさせるが、何せ腰を取られていてどうにもならない。首に回した腕は外れ、ただ落とされないようにエリックの頭にしがみつく。
「意外と軽いな?コーヤ」
そう余裕の言葉を発して、部屋の隅にあるソファに運ばれ投げ出された。
覗き込むエリックを見上げ、屈辱を噛み締める。
「俺は、お前と違って鍛えてないの。筋肉の方が重いんだぞ、知らないだろ」
我ながら兄の威厳を守ることに必死だ。
「もう身長も体重も抜かされたんだ。諦めろよ」
エリックがソファに横たわる俺の上にのしかかってくる。
「いーや、まだ俺の方が大きい筈だ。立て」
必死でエリックの隙間から這い出て、エリックの腕を引き立たせる。窓の側まで引き摺るように連れて行き、ガラスに写る姿で背比べをした。
「くっ」
がっくり項垂れる俺の横で、勝ったはずのエリックもがっくり肩を落としていた。
何故なんだろう。俺にはわからなかった。
転生したら自分史上最高のモテ期が来たが、全員男だなんて聞いてない 皆未 智生 @minami_tomomi
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