第2話 パイ

「エリックまたお前か。いい加減にしろ」

「何だよ。今日の当番はコーヤじゃないのかよ。チェッ、せっかく痛い思いしてここまで歩いて来たってのによ」

「ほら、よく滲みる薬草を貼ってやる。足をこっちに向けろ」

 ローデンが、薬草を擦り潰したドロっとした液体が入った陶器を匙で混ぜてはすくい落とす度、強烈な臭いがしているのだろう。

 エリックが鼻を摘みながら足をローデンにつき出した。

 ローデンが手早く傷口に薬を塗る。

「ギャー。痛い痛い。優しくしろって。だからコーヤの時に来たかったんだ」

「うるせえな。お前もいい歳なんだから、少しは我慢したらどうなんだ。コーヤが裏で情けねえ奴って、調薬しながら笑ってるぞ」

 ニヤリとローデンが目線でこちらを指し示す。

「な、何だと。ローデンがワザと痛く治療するからだろ。普段はこんなもの、どうってことないんだからなっ」

 調薬をしながら2人の会話を聞いていた洸哉は、声が表の診察室に聞こえないように忍び笑いをしていたが、ローデンに言い当てられるとは。

 慌てて、止まっていた手を動かし、薬草の計量に戻る。

 しかしエリックにも困ったものだ。怪我が人一倍多く、すっかり洸哉が働くこの治療院の常連になっている。

 まだ15-6歳の若者だが、気が良く、頼られると力量を超えて無茶をしがちなのだ。

 誰か止めてあげる人がいればいいが、両親が昨年相次ぎ他界し、今は1人暮らしと聞いた。

 何か力になれることがないか、考え込みそうになり、慌てて薬草の効能が記された本を確認しながらの調薬に戻ったのだった。

 午前の診察を終えたローデンが、大きなバスケットを片手に裏に戻ってきた。

 この治療院は、院長のモンドプスを筆頭に、エリックや俺の他に2人の治療師と数名の助手が働く、割と大きな治療院だ。

 治療師の中でも1番ペーペーの俺は日々、文献を読み漁り、他の治療師に教えを乞い、研鑽を重ねてやっと治療師の末席にいさせてもらっている。

 幸い院長始め同僚も皆優しく接してくれる良い職場だった。

 あ、ローデンを除いて。ローデンには何故か避けられたり、冷たくあしらわれることが多い。

 歳が1番近いだろうローデンとは、仲良くなりたくて、最初からグイグイ近づいたのが悪かったのかもしれない。

「これ、メリネットさんからの差し入れ。皆さんでどうぞだそうだ」

 それでも必要最低限に会話はしてくれる。充分じゃないか。

 渡されたバスケットにはミートパイとアップルパイが、良い焼き色をして入っていた。

「うわぁ美味しそう。早速昼ご飯に出しましょうか」

「俺はいい。お前らで食え」

 そう言うと、ローデンは治療師の白いローブを脱ぎ、昼食を摂るためか治療院を出て行った。

 俺と一緒の勤務だと、昼時はいつもどこか行っちゃうんだよね。やっぱり嫌われてるのかな。

「何かいい匂いがするね。これはミートパイとアップルパイだな。てことは、メリネットさんからかい?」

 ちょうどローデンと入れ違いに帰ってきたモンドプス院長が、天才的な嗅覚で言い当てる。

「当たりです。よくわかりますね」

「ふぉふぉっ。毎年この時期に差し入れてくれるからじゃよ。もうすぐ旦那の命日だからの。その前に練習に焼くので食べてみてと言われたのが始まりだったからの」

 ああ、そうだったのか。そういえば去年も一昨年も差し入れられていた。何年も焼いてるのなら、もう練習でもないだろうに。メリネットさんの気持ちにありがたく頂戴しようと、カットしてテーブルに並べる。

 お茶の用意をしていると、薬草取りと、裏で薬草を煎じていた同僚と助手達が入ってきた。

 ローデン以外の皆で昼食を摂り、午後からの診療の前に腹を満たしたのだった。

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