第46話 旅の前
「眠れませんか?」
「ああ。お前もか」
記憶を失い、見知らぬ者と雑魚寝をすることになった。
次期王として生まれ育ち、王となった我が身に起こるべくもないことが、今起きている。
途方に暮れるか、すぐにでも王宮へ向かうべきなのだろうが、不思議と気持ちは
隣にいるこの不思議な男。
コーヤの笑い声を聞いた時、記憶のどこかが刺激された。何かはわからない。悪感情ではないのに、ザワザワとする。
治療師の義務というだけでなく、私のことを心底心配し慕う気持ちが伝わってくる。だが嘘は言わないと言いながら、話していないことがあると本能で感じていた。
信じても良いものか。
「もう寝ますね。明日また相談しましょう、おやすみなさい」
「ああ」
明日からは過酷な現実が待っているのだろう。パドウや配下の者が誰一人いないこの異常な状況が物語っていた。
埋もれてしまった記憶の中に、今の私では知り得ない、大事なことが沢山あったはずだ。
隣で目を瞑り休む男を眺めながら、
翌朝は曇り空で、今にも雨が降りそうだった。
昨夜というより今朝方に寝入った割には、昨日意識がない間に休めていたためか、目覚めは良い。
朝食を摂りながら、これからのことを相談することになるが朝食とは。
「王様の口には合わないかもしれませんが」
コーヤがそう言って出してくれた食事は、貰った差し入れのパンと、野菜が少しだけ入ったスープだった。質素で、決して足りる量ではなかったが、恐る恐る食べてみる。
温かく美味かった。力が湧いてくるようだ。
全員が食べ終えるのを待ち、私の考えを2人に伝えた。
「これからのことだが、当然私は王宮を目指すことになる。だが、昨日の話では、辺境伯や隣国の動向についても、ましてや味方のパドウと王宮の状況についても、今現在どうなっているかが全くわからない」
真剣な目で私の話を聞くコーヤに向かって話しをしているが、自身にも言い聞かせていた。
「もしかしたら最悪、既に味方が、王宮さえ、辺境伯の手に落ちている可能性も考えねばならない」
ヒュッとコーヤが息を飲むのがわかった。
「そんな……」
「万が一だ。それを考慮するなら、堂々と王として道中進むのは危険を呼び寄せることになるだろう。だから、コーヤとエリックとは、ここで別れようと考えている」
「……何故ですか?まだ俺達を信じられませんか?王様を1人でなんて行かせられません」
コーヤの声は静かだが、悔しさと怒りを滲ませていた。
エリックがオロオロとコーヤの顔色を伺っている。彼にも聞いたことのない声色だったのだろう。
「私はフォルトラの王位継承者として、どんなことになろうとも受けて立つ覚悟だ。
だがお前達は私を守る騎士ではない。私が守るべき国民だ。命の危険がある中、同行する必要はない」
キッパリと2人のために決別の意思を伝える。
「残念でした。王様は忘れているかもしれませんが、俺はフォルトラ国民じゃありません。日本という国から来た異世界人です。王様の言うことは聞けません」
な?とでも言うように、エリックに同意を求めるコーヤの勢いに押されて、エリックもうんうんと頷いている。
はぁ……。
せっかく手放してやろうと思っていたのに。
「では、お前達も、私と一緒に王宮を目指すのだな?命の保証は出来ないぞ」
「はい。王様こそ、命さえあれば俺が助けますから命だけは大事に、無茶はなさらないでくださいね」
先行きは不透明だったが、こんなにも心強く思えることはない。
今まで、王としての責任と重圧で押し潰されそうになりながらも、国民と臣下を
頼れる存在となるべく生きてきたが、頼ってもいいと言ってもらうことが、こんなに嬉しいことだとは。
やはり不思議な男だ。一見凡庸な男に映るが、その実、意思の固そうな瞳で、私の気持ちを易々と変える力を持っている。
コーヤの顔をまじまじと見つめると、何か思い出せそうで思い出せない、胸の騒めきがまた襲ってきそうになった。
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