第12話 出発

「2人とも元気で、しっかり頑張って来てね」

 セリラージが心配そうな表情で別れの言葉を告げる。眉毛は八の字になりイケオジが台無しだ。

 朝、治療院の開院時間前に、セリラージが代表して激励してくれ、それを囲む治療院の仲間たちにも見送られ、俺とローデンは王宮に向け出発した。

 モンデプスは、昨日俺たち2人と個別に話したからと、なんと、今朝も畑の方に出勤していた。


 王宮からの迎えの馬車は、蔦が絡む模様が全面に施された、扉に王家の紋章が煌めく、大きく大層立派なものだった。

 座面や壁にも装飾があり、クッションが敷かれている座席に、ローデンと向かい合わせに腰掛ける。

 前世の自動車からみればサスが硬いと言わざるを得ないが、馬車に初めて乗り、テンションが爆上がりだ。

 キョロキョロと馬車内の仕様や装飾をあらため、窓からの景色に身体を乗り出して眺めてしまう。

 そんな俺を見ていたローデンが厳しい声で釘を刺してくる。

「観光に行くんじゃないんだ。これから王宮で王族の治療にあたるんだぞ。真面目にやれ」

 そうだった。

 昨夜、モンデプスに聞かされた、これからローデンと取り組まなくてはならない仕事内容は、高貴な王妹の治療だった。

 王宮の医師にもできないことを、ローデンと2人、いや他の治療院との合同チーム6人で行わなくてはならない。

 病で苦しむ人を前に最後まで諦めるつもりはないが、非常に難しいと言わざるを得ないだろう。

 思い出した重圧に潰されそうになり、伸ばしていた首をすくめ、座席で小さくなる。

 するとローデンがさっきよりも柔らかな声で尋ねてきた。

「馬車乗るの初めてなのか?」

 ローデンから話しかけてくるなんて。

「うん。前世では一般的じゃなかったから馬車は初めて。不謹慎だったよね、ごめん」

 小さく頭を下げると、ローデンはふいっと顔を背けてしまう。

「まだしばらく着かないから窓を見ていろ。ピリピリして悪かった」

 ローデンが俺に謝ってる……?

 いつも俺に対して口数の少ないローデンだが、優秀な人はちゃんと反省し次に活かすのか。

 なかなか親しくなれないローデンの、新たな一面を知れた喜びから、頬が弛んでしまう。

 だがローデンに見られたら、また嫌われてしまうと思い、下を向いて耐えた。

「王妹のメイリーン様にお目にかかっての診療は明日からだそうだ。今日は他の治療師との顔合わせや王宮の医師からの聞き取りだが、果たしてどこまで協力し合えるか」 

 俺が顔に力を入れている間も、しっかり仕事の段取りを考え、説明してくれるローデンに感心する。それに比べて、自分のなんたる不甲斐ないことか。

「養成院を出た優秀なローデンなら、王宮に呼ばれるのもわかるが、何で俺なんだろう」

 ポツリと本音が口をつく。

 モンデプスは院長だから治療院を離れられないのだろう。だがセリラージや先輩治療師のアッシュの方が、重責を担うのに相応しいのではないかと、昨夜から何度も考えていた。

 昨日モンデプスから聞いた時には、行くメンバーは決定事項だった。

 何故俺が行くことになったのか、もっと詳しく聞いておけば良かったと、今更ながら悔やまれる。

「もうすぐ王宮に着くんだ。今更そんな事を言ってどうする。やる気がないなら1人で帰れ」

 せっかく距離が近づいたと思ったローデンから、また厳しい言葉をぶつけられる。

 そうだよな。一緒に来た相棒がこれじゃ、怒るのも無理はない。

 自己嫌悪に陥り、あとは着くまで無言の馬車内は、針の筵のようだった。

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