第42話 祈り

 こめかみから流れる汗を手の甲で払い、静かに横たわる王様を見つめていた。

 今出来る治療はやり終えた。だが、王様は目を覚まさない。

 ただ、眠っているだけならいいんだけど。

 王様のすぐ横の地面にペタリと座り込み、膝を抱える。

 不安に胸が押し潰されそうだった。

 顔色は王様を見つけた時よりもいい。

 きっと大丈夫だ、王様は強い人だからと自分に言い聞かせる。

 王様の目覚めを待ち望みながら、何故王様が崖下に倒れているのかを考える。

 だが、答えは1つしか思いつかない。

 俺が崖を踏み外した時に伸ばしてくれていた、王様の手を握りしめた。

 聡明な王様が、自分が落ちることも考えられずに、俺を助けようとして足を滑らせたとしか思えなかった。

 胸が痛い。

 こんな場所じゃなければ、手厚い治療を受けられるだろう一国の王様を、大地に直接寝かせるしかできない。薬草も薬も無く、無力感にさいなまれる。

 治癒魔法を掛けることしかできず、他にどうしたら良いのか見当もつかない自分が何より情けなかった。

 第一、俺なんかのために……。

 隣国から派兵され、一刻を争う大事な局面に、俺が原因でこんなことになってしまった。

 王様がこんなことになるなら、俺なんか見捨てて欲しかった。

 このまま目を覚まさなかったらと考えると、目の前が真っ暗になる。

 これからどうなるんだろう。

 王様が目を覚ましてくれるなら、俺、どんな罰でも受けるから。

 王様、早く目を覚まして。

 神様、お願いします。

 王様をどうか目覚めさせてください。

 手を繋いだまま、心を込めて祈りを捧げるしかできなかった。


 そうだ。パドウに知らせないと。

 暫く悲しみに浸っていたが、握る王様の手から力を分け与えられたかのように、徐々に気持ちが持ち直してきた。

 俺がしっかりして、王様を助けなくてはとの意識が覚醒してくる。

 頭が回り始め冷静になると、現在の状況がおかしいことに気付く。

 崖上にいるはずのパドウや側近、護衛の人達は、王様がいなくなったら大騒ぎになっている筈だった。

 とっくに捜索が始まり、崖下は1番に確認されるべき場所だろう。なのに誰も来ない。もしや彼らにも何かあったのではないだろうか。

 だとすると考えたくはないが、辺境伯の一味に追いつかれてしまったとか。

 剣の使い手である近衛騎士の中でも優秀な人選で王様は出立していた。そこいらの盗賊などでは返り討ちに合うだけだ。

 何かあったとしたら、相当の強さに対抗できる人数を用意周到に準備でき、王様に敵意を持つ辺境伯以外には考えられない。

 ちょうどその時、後ろの草むらから、草を払い枝を踏む音が聞こえてきた。

 ドキっとして振り返り、草むらに目を凝らす。

 少し先の茂みの中であきらかに風以外で動く草があり、開けているこちらへと向かって移動している。

 王様の意識がない今、崖下のこの場所には隠れようがなかったが、無意識のうちに、落ちていた枝を握り締め、王様の前に立ち塞がる。

 止めようと思っても、両手で握る枝と膝が小刻みに揺れる。怖い。

 だが、王様を置いて隠れる選択肢は全くない。もし敵に捕まるとしても、絶対に王様からは離れない。そう決意して動く草むらを睨みつけた。

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