第52話 乗っ取り

「大変です。そこで王都から来た人に聞いたのですが……」

「ああ。こっちでも聞いた。どうやらミダリルが王宮入りしたらしい」

 王様達が座る席の横には、旅の途中らしい商人たちが座っており、聞きたくなくても聞こえる声量でおしゃべりをしていた。

「俺が聞いた内容では、兵の一団を引き連れていたようです。王様が行方不明で、その後を引き継ぐのではと……」

 王様の眉間に眉が寄せられ、青い瞳は冷たく細められていた。怒りを抑え込もうとするかのように口は真一文字に引き結ばれ、俺はそれを見て言葉をつぐむ。

 数秒の沈黙があった。

「コーヤ。悪いが、もう一度行ってハルスト侯爵の屋敷の位置を聞いてきてくれないか。急がねばならんようだ」

「はい」

 すぐに、地元の人らしい人々の集まる方へ取って返す。

 エリックが馬を連れに走って行くのが目の端で見え、俺が次に席の近くに戻った頃には、王様は既に馬に跨っていた。


 ハルスト侯爵は、思ったよりも歳が上だった。白い鬚を蓄えているのは、モンデプス院長に似ていなくもないが、身なりの良さや物腰が柔らかかった。

 どこから噂が漏れるかわからないため取り次ぎには、王都でお世話になったカルロ男爵がお礼をしたいとお眼通り願った。

 ハルスト侯爵は首を傾げながらも、引退した気安さか、直々に玄関へ応対に出てきてくれた。

「これは、これは」

 驚きで続く言葉がなかったが、その瞳に懐かしさが浮かんでいたので、俺はホッとする。

 王様に対して、尊敬や畏怖の視線を向けられることは多くても、親しみを感じさせる瞳に出会うことは少ないだろう。

 侯爵はすぐに自ら応接間へ案内してくれた。

 侍従にお茶を用意させると、人払いまでしたのは、何をしに来たのか一瞬で見抜いていたのかもしれない。

「カルレイン王様。ご無沙汰致しております。お父上の国葬以来ですかな」

 立ち上がり、上座に座る王様の前で貴族の礼をとる。

「よい。座ってくれ」

 王様は優雅にお茶を一口啜り、ソーサーに戻すとおもむろに口を開く。

「既に気づいておられるかと思うが、ミダリルにしてやられた」

「はい。私の元にも王都から情報が入っております」

 まだ正式に代替わりはしていないものの、ハルスト侯爵の長男が、王都の屋敷で侯爵業を継いでいることは、カルレイン王から前もって聞いていた。

 政治や経済に関する情報と共に、王都での噂話も逐一領主である侯爵に送られているらしい。

「早速、本題に入りたい。私が王宮に戻れば、ミダリルは王宮を明け渡すしかない。

 だが、私の生死を確かめる前にミダリルは王宮へ入り占拠した。ハルスト侯爵、何故だと思う?」

 この部屋へ案内された時、見るからに平民の俺とエリックにもソファを勧めてくれ、目の前には豪華な柄のティカップが置かれていた。

 喉が渇いているはずなのに、お茶に手を伸ばすのも忘れ、事の成り行きを見守るしかできない。

 少し考えてから侯爵は慎重に考えを口にした。

「恐らく勝算を信じてのことでしょう」

「奴が率いていた兵のことか」

「それも勿論あります。兵を動かすということは、それだけ国境が手薄になることですから。

 辺境伯は、国境の兵を動かしグレンブノと友好関係にあることを証明したのです」

 苦い顔を隠しもせず、王様はハルスト侯爵に続きを促す。

「勝手な真似を。他には、何だ」

「それだけではありません。王宮に入られた辺境伯は、前々から懇意にしている貴族を使って、以前からある噂を流していました」

 言いにくそうにしているものの、ここで話を止めるつもりは侯爵にもないようだ。

「下世話ながら、申し上げます。王様には子を成すことができないと。婚姻を引き延ばしておられるのもそのためだったのか、と納得する者も出て来ています。

 辺境伯は、フォルトラ国の行く末を憂いて、今回、自ら後継として相応しいのは自分しかいないと立ち上がったと吹聴させていたようです」

 そんな個人的なことまで、王様は陰で噂されるのか。国民を誰よりも愛し、自らを犠牲にして人一倍働いてきたこのカルレイン王様が。

 当事者でない俺だってやるせない気持ちになるのだ。王様はさぞお辛いだろう。

「グレンブノ国が好戦的な王を擁しているのは、陛下もご存知だと思います。どこまでが辺境伯の考えかわかりませんが、今陛下は非常に不利な状況にあることをお知りいただくために申し上げました」

 侯爵も頭を下げて、王様の言葉を待つ。

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