第15話 敵か味方か

 執務室で陳情書の束を次々に検討しては、別の山積みの箱に仕分ける作業を繰り返す。

 室内では、執政官と側近がそれぞれ机で書き物をし、扉の前には護衛官が立っている。

 誰も話もせず、紙を捲る音だけが響いていた。

 ちょうど新たな陳情書を手に取った時、音もなくパドウが室内に入ってくる。

「着いたのか」

「はい。街の治療院の中で王宮直属の3箇所から、各2名、計6名が到着しております」

「よし。今から会おう」

 手に取った陳情書を元の山に戻す。

「これからですと、治療師同士の顔合わせと、王宮医との引き継ぎがございますので難しいかと。明日メイリーン様の診療の予定となっていますので同席なさってはいかがでしょう」

 パドウが頭を下げたまま進言してくる。

 進言という形を取っているものの、へりくだっているように見せて、己の意見を通すのだ。

 上げかけた腰を下ろし、ため息を吐いた。

「はぁ……。時間は作るものだと言っているだろう。学べ」

「申し訳ございません」

 パドウは終始俯き加減で、周囲からの評価では王に従う従順な側近だろう。

 だが、その実、転がされているのは王である自分の方だ。カルレインは苦笑する。

 昨年王位継承し、このフォルトラ国の王となってからは、誰のことも信用出来なくなっていた。 だだし、側近として表になり影になり、常に同じ方向を向いているこのパドウを除いては。

 有象無象の貴族たちにとって、まだ若い王である自分より、己の財産を増やす方が大切なのであろう。欲に従順であればあるほど、敵国に接触し協力する者がいても不思議ではない。

「明日は午前の予定を空けさせましたので、朝の御前会議が終わり次第、メイリーン様の元へ向かう時間が取れます。

 代わりに、明日予定していたミダリル辺境伯からの越境者についての報告を、本日夕刻に謁見していただけるよう手配しましたが、よろしかったでしょうか」

 チラッと上目遣いでこちらを見るパドウと一瞬目が合う。

「うむ。宰相を同席させよ」

「はい」

 パドウが、また静かに下がって行った。

 謁見までの間、陳情書をまた山から山へ移す作業を繰り返しながら、ミダリル辺境伯がどんな報告を上げてくるかと考えていた。


「遠路ご苦労だった」

 厳かに、壇上の中央に設えてある玉座に着席し、宰相とミダリル辺境伯が片膝をつき頭を垂れる姿を見下ろす。

 辺境伯と、より近い位置にいる宰相に、通る声で報告を促すと、宰相が礼を解き背筋良く立つ。

「申せ。東のグレンブノ国か?西のバルザックだったか?」

 宰相の顔は、辺境伯に身体ごと向いているため表情が見えない。どんな顔をして辺境伯の報告を聞くのか知りたかったが。

「ご報告申し上げます」

 辺境伯が一旦言葉を切ってから続ける。

「越境した男は未だ身元を自供しておりません」

 辺境伯によると、越境者は連行される道中から取り調べ中も一切口をきいていない。言葉によって身元がわかるのを避けているのではないか、とのことだった。

「ですが、捕らえる前に仲間の1人と交わしていた言語は、バルザックの公用語だったと、兵士より報告を受けています」

「その兵は、何故バルザックの公用語がわかるんだ?」

 それまで報告を黙って聞いていた宰相が疑問を口にする。

「はい。父親がバルザックの商人でして、子供の頃に父親とともに領地に住み付き、育った者でございます。

「グレンブノの息がかかっていない、身元の確かかな者の証言なのだな」

「間違いございません」

 バルザックの手の者が、わざわざグレンブノの国境を越え、我が国へ侵入したというのか。何故そんな面倒なことを。

 しかし、今辺境伯にそれを尋ねても答えは返ってこない。

「もう暫く尋問を続けよ。尋問の指揮は辺境伯が直々に行え。どういった策にするかは後ほど宰相の指示に従うように。下がって良い」

 辺境伯が退出し、侍従により扉が閉められる。

「いかがなさいますか」

 暫く逡巡するが、宰相が王の決断を急かす。

「辺境伯の報告ではバルザックが怪しい。しかし、証拠もなく抗議するわけにはいかぬ。証拠を集めねば事は進まぬ。方法は任せる」

 濡れ衣を着せられたとの大義名分を持たせると、何をするかわからない王だ。喜んで戦争を仕掛けてくるかもしれない。

「民の不利益にならぬように」

「はい」

 宰相は深く頷くと、手配のために急ぎ謁見室を出て行った。

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