第27話

 私たちは一度街から離れ、陣地に戻ることになった。

 女王は倒したとはいえ、まだどれだけの鉄獣が潜んでいるかはわからない。日が落ちるにつれ、鋼のワイヤーも更に見えづらくなるだろう。

 その上、暗く重たい雲が流れてきている。

 天候も荒れそうだ。


『助かったぞ。援護がなければ追い付かれていたかもしれん』

「いえいえ、こちらこそ。敵の特定さえできればこっちのものです。先に偵察に出ていた者たちも救出できました。感謝しますよ」


 私の隣を歩くエクシオは少しだけマシな表情になっていた。

 偉い人間と会ったり、人をまとめたりよりは戦場でナタを振っている方がよっぽど気が楽なのだろう。生粋の鉄狩りだな。

 ふと、彼の肩に小さな白い鳥が乗っているのに気付いた。


『それはなんだ』

「前に言ったメアリーですよ。かごを開けておいたのが良かったのか、生きていたみたいでしてねえ。飛んでいるのを見つけたのです」

『そうか。その、なんだ。良かったな』

「ありがとうございます」


 メアリーが高い声で鳴いた。

 家族と言うから人間だと思っていたが、鳥。

 ふわふわした体を撫でるエクシオの様子を見るに相当のお気に入りだな。


「それにしてもガウは面白いものを持っていますねえ。これで皆にもただ研究室にこもっていただけではないと伝わったでしょう。何なのですか、あの指向性エネルギー兵器は」

『あれか。あれは私の発明というよりも拾いものなのだがな。タキオン粒子というものを知っているか。光よりも早く動く物質だ。この兵装は私が旧時代の映像で見た超光子砲タキオンブラスターと呼ばれる兵器にとてもよく似ている。タキオン粒子を疑似的に作り出し、照射されたものは瞬く間に溶けるという触れ込みだった。光より速く動く物質が大きな熱量を持つのは理解できるだろう。もっとも現状の技術ではタキオン粒子の存在を証明できないので、プロモーションのための誇張表現である可能性は否定できないが――』

「もういいです……」

『少々難しかったか』

「長いです。小生の聞きたいことは聞けなさそうでしたし……」


 私ももう少し喋り足りないのだが、いい。

 まだ検証の済んでいないものの話だ。これ以上を語るのなら光線の詳細を明らかにしてからの方がいいだろう。今は解明のための設備も道具もない。


『カクレグモについてはどう思う?』

「おかしな話ですねえ。いなかったのに今はいるのでしょう。何者かが故意に凍土狩場に放ったとしか思えません。そして、その理由も謎」

『私はな。焦土作戦に似たものを感じた』

「焦土作戦?」


 鉄獣は星の数ほどいる。その中からカクレグモを選んだのは都市機能を完全に停止させるためのように思えた。罠が張り巡らされていては復旧などできないし、光学迷彩が厄介だ。鉄狩りの実力があと数段低ければ長期戦になっただろう。


「凍土狩場を完全に破壊する、と? 何のためにです?」

『それがわからんのだ』

「ただの勘ですか」

『まあ、そうなるな』

「どのみち、この程度では屈しはしませんよ。必ずや元の凍土狩場を取り戻します。それに放っておいたってカクレグモはホクセンには適応できずに滅びますしねえ」


 確かにエクシオの言う通りだ。

 カクレグモはもっと南の肥沃な地域に住む鉄獣。いくら巨大な女王がいようがこんな痩せた場所では群れを維持できずに滅びる運命にある。

 こんなものでは時間稼ぎにしかならない。


『時間稼ぎ、か』

「どうしました、ガウ?」


 我々はここに引き寄せられた。適度に苦戦するが勝てないわけではない程度の敵。しかし、排除するには時間がかかり、後始末も面倒。要塞市場から非戦闘員を呼び戻すくらいに回復させるには一週間はかかる。その間、ずっとここに留まり続けることになる。


『要塞市場からの連絡は?』

「特にありませんが」

『戻るぞ』

「一体どうしたのですか。時間を与えては新しい女王が群れから誕生する危険もあります。すぐには育たないでしょうが、今なら楽に凍土狩場を取り戻せます」

『放っておけ。先程適応できずに滅びると貴様も言っただろう』

「数か月は先の話です。故郷を取り戻したくはないのですか」

『人のいない凍土狩場に意味などあるか』

「どういう意味です」

『次の標的は要塞市場だ』

「……わかりませんねえ。凍土狩場の避難民をPECがどうにかする必要があるのですか? 我々は放っておけば凍土狩場に帰るというのに」

『貴様の想定していた敵が違う可能性がある』

「では、敵とは一体何なのですか?」


 手が止まる。

 この問いへの答えには少し躊躇があった。あまりにも非現実的で飛躍したものだからだ。

 私はゆっくりと一番可能性の高いと思われる答えを端末に入力した。


『鉄獣』


 エクシオが眉をひそめる。


「鉄獣はそれほど賢くはありませんよ」

『だが、現状その可能性がもっとも高いのだ』

「それはただの予想に過ぎず、裏付けに乏しいのはあなたも理解しているでしょう。でなければ、もっと早くに話をしていたはずです」


 私が捕まらなければメイズたちには話していただろうが、エクシオに言うつもりにはならなかった。

 それはエクシオを信用していないからというわけではない。言ったとしても凍土狩場の鉄狩りという集団が仮説を認めないだろうことが理由だ。


『とにかく、私は行くぞ』

「……小生たちは行けません」

『元から貴様らなど当てにしていない』

「不確定な予測に付き合っている暇はありません。我々は当初の予定通り、凍土狩場を取り戻します。今夜は準備で忙しいので人の出入りを管理している暇もありません」

『都合がいいな』


 エクシオは火傷痕を撫でつけ、空を見上げた。

 分厚い雲が夕日を遮っている。


「吹雪が来ますねえ」

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