第3話

「フハハハハハハ!」


 高笑いを開発室に響かせる。

 私はついにやり遂げた。すごい。


「タロよ、見ろ! 素晴らしいだろう!」


 メタリックで重厚感のある深緑の装甲は以前より軽いが頑丈。出力は二倍近くまで上がり、速度も出る。動きやすさと防御力を兼ね備え、更には元となった鉄獣の能力も自在に使うことができる。

 まさに最高の鉄殻衣だ。


 完成した鉄殻衣を見てタロが頬を撫でる。


「前ほど派手ではないが、存在感があるな。悪くない」


 元々タロの使っていた鉄殻衣は私がとある大企業と共同で作った新型のプロトタイプだ。その鉄殻衣は鉄獣の表皮を硬い装甲として、内臓を増幅器として、心臓部を動力源として利用していた。


 試行錯誤の末、完成したものはある程度の結果を示した。

 素材となる鉄獣には条件があり、どんな素材でも同じことができるわけではない。理論上の想定よりも下回っていた部分もある。

 だが、成功は成功だ。


 この成功が後に大企業に評価され、素材の都合で量産とまではいかなかったがある程度の数が生産された。


 その性能は素晴らしかった。

 私の理論を使ったものが新式、そうでないものが旧式と呼ばれたほどだ。


 タロの鉄殻衣は同じ理論で作られていてもそこまで洗練されてはいない。私が凍土狩場を離れていた頃に作り始めていた試験機で、実験が終わった際に調整を加えてタロに送りつけたのだ。


 今まではその試作機に改修を重ねて使わせていた。

 本来なら量産型から得たデータや最新の研究、技術を活用してもっといじくりまわしたい。

 それができなかったのは今までタロが使い慣れていたものを変えたがらなかったからだ。

 今回は何故かすんなり許可が下りた。


「フフフ、この鉄殻衣の前では二大企業の新式ハイエンドモデルすら霞む。二度とゴミとは言わせんぞ」

「そんなこと思ったことはないが……」

「こっちの話だ。気にするな」

「まあなんにせよ早くに仕上げてくれて助かった。雪解け前に馴染ませておきたいからな」


 タロは早速鉄殻衣を着込むと得物のバトルアックスを軽々持ち上げた。百キロほどの重さがあるはずだが、重さを気にした様子はない。


「悪くない」

「だろう?」

「少し昔のことを思い出したよ」

「あ?」

「子供の頃、俺が北の大地を人の住める場所にすると言ったとき、多くの大人は無理だと笑った。鉄狩り仲間は黙って付いてきた。お前はなんと言ったか覚えているか?」

「……『私は世界のすべてを人の住める場所にする』」


 斧が風を切る。

 この重さの武器を容易く振れるのは私の鉄殻衣の性能のおかげだけではない。繊細で大胆な重心の移動があってこその技。重さに身を任せて振ってしまえば体中の骨がひしゃげているところだ。


「やってみようじゃないか」


 タロはなんでもないことのようにあっさりと言った。

 じんわりと言葉の意味が頭に浸透していく。


 意味を完全に咀嚼した私は力一杯タロの背を叩いた。


「そうか! やっとやる気になったか! 鉄殻衣の改修に好意的だったのもそういうわけだな!」

「まずはホクセンからだけどな。そろそろ凍土狩場も手狭になってきた。新しい都市を作るにはちょうどいい時期だ」

「そうと決まれば話は早い」


 心に風が吹いたような気分だった。

 タロが動けば北の最前線がひとつ動く。

 小さな一歩ではあるが、その一歩はやがて大きな意味を持ち、世界を動かすことになる。

 そうなるように準備は整えてきた。


「すぐにじゃないぞ。娘を親離れさせてからだ。どこかもっと人の多い環境で勉強させてやって、できれば、栄光都市の学院に行かせたい」

「ひとりで行かせるつもりか?」

「凍土狩場から栄光都市に移住する予定の知り合いがいる。そいつに娘のことは頼む。だが……」


 さっきとは打って変わって苦々しい表情だ。


「何か思うところでもあるのか?」

「いや、この話をしたら娘と喧嘩になってな。凍土狩場を離れたくなかったらしい」


 娘はもう十四だったか。

 大都市の学校にでも下宿するには十分な年齢だ。

 発展したとはいえ、凍土狩場のような辺境では受けられる教育も限られている。凡人が栄光都市の学院を目指すのであればもっとマシな環境に身を置くのが正解だ。


「私には関係のない話だ。勝手に解決するなり放置するなりしろ。私にできるのは教材のデータを送るくらいだ。それと――」


 ぴろんぴろん。ぴろんぴろん。

 電子音。タロの携帯端末の着信音だ。

 また娘かと思ったが、どうも様子がおかしい。


「まずいな」

「何があった?」


 続いて、爆発音が聞こえた。

 窓から外を見れば夜景の先に炎が見える。


「鉄獣だ」

「どの鉄獣だ?」

「たくさんだ。種類も数も」


 タロの横顔が戦士のそれに変わっていた。


「休暇は終わりだ」

「試運転にはちょうどよかろう」


 多種の襲撃とは珍しい。

 通常の鉄獣は他の種の鉄獣とは群れを作らない。共生関係を築くこともあるがタロの言い方からしてそれとはまた別のようだ。西から追われて出てきたのだろうか。


「これもつけておけ」


 私はタロにゴーグルを投げ渡した。


「これは?」

「以前見失ったという鉄獣を探すために開発したものだ。どの鉄獣でも対応できるように思い付く限りの機能をぶち込んだ。一般的なものでは暗視ナイトビジョンに熱源探知サーマルビジョン、望遠と拡大機能。老眼鏡にもなる。」

「気が利いてるね」

「大企業お抱えの鉄狩りでも持っていない高級品だ。感謝しろ」

「はいはい」


 タロは頷くと何のためらいもなく装着し、ヘルムを被った。


「前に開発室で見せたあの兵器を覚えているか? あれこそ旧時代の兵器を再現した実験機、“エカ”だ。このエカも後で向かわせよう」

「あー。なんか覚えがあるな。鉄殻衣にすればいいのにと思った記憶がある」

「わかっていないな。あいつは操縦者という一番替えの効かないパーツを安全な場所に隔離しておけるのだぞ。鉄殻衣は便利ではあるが、結局のところただの高性能な鎧だ。操縦者が戦場に出て命を落とすリスクがある」


「……もしかして、ガウが動かすのか?」

「他人に任せられることか」

「ガウはその、なんだ。あんまり戦いは好きじゃないだろ」

「何を言っている。凍土狩場の危機だぞ」

「だって、なあ?」

「任せておけ。エカの性能は並みの鉄獣とは比較にならない」

「面倒なことにならなきゃいいが……」

「起動には時間がかかる。持ちこたえろよ」

「頑張って来るまでに終わらせておくよ」


 頼もしい言葉を残してタロは出ていった。


「フフ、存分に暴れてくるがいい」


 今日の戦いはひとつの節目となる。

 辺境では知られていない技術を使って作られた鉄殻衣とエカは戦場で一際輝くだろう。

 戦いを重ねるごとに開拓に賛同する鉄狩りは多くなり、出資者も多く集まる。前線を押し上げ、都市を作り、やがてそれらを束ねて新たな勢力をつくる。


 すべては第三大陸を制覇するため。

 タロが乗ったことで計画は動き出した。

 停滞していた時代は動きだし、もう誰にも止めることはできない。


 エカの起動に取りかかる。


 頭にエカを操作するヘルメット型コントローラーを装着。

 これは人体から発せられた脳波をエカに送ることによって自身の体のように動かす仕組みだ。


 その際、操縦者の体はエカの操作を終了させるか、緊急停止装置が発動するまでは睡眠に近い状態となる。起きていたら人間の体とエカの体、両方が動いてしまうためだ。


 私はベッドに体を横たえた。

 ゆっくりと意識が遠退いていく。



 ◇



 目が覚めたエカが最初に見たものは血まみれのガウの死体だった。

 ならば、ここにいる私はなんなのだ……?

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