第4話
手を見る。重厚な光沢。金属だ。
死体を見る。鉄獣に食い荒らされた後だ。状態がひどい。
しかし、着ている服も見れる程度に残されている顔も私だと示している。
洗面所に行く。
鏡を見る。
灰色の人型鉄獣が映っている。
そいつは私が手を上げれば手を上げ、口を開いたら口を開いた。
なるほど。
やはり、これが今の私。
どういうわけかエカになってしまったらしい。
脳派を電波に変換して飛ばしていたはず。
どうして発信源がなくなっているのに動くのか。
謎である。
人間と鉄獣は動作原理がまったく違う。この記憶に関しては電脳に私の記憶が焼け付いていると仮定しても、一度死んだ鉄獣が生き返ることはない。
気になる。
このエカの頭をこじあけてデータを取りたい。
いや、それをやると私の意識が消えるのか。めんどうだな。
改めて調べようにも部屋は荒れ放題だし、壁に穴は空いてるし、電気も繋がってない。電波塔がやられたのか通信まで途絶えている。
研究もこれではままならない。
そういえば、夜襲はどうなったのだろう。
私は壊れた壁から外を見た。
「オオォオォォ……」
奇妙な音が喉から漏れた。人間の可聴域を越える高音だ。
鉄獣は人間のように喋ることができない。
この絶望を前にしては人間のときであっても同じようにまともな言葉は出せなかっただろう。
凍土狩場は崩壊していた。
壊れた家、穴の空いた防壁、光のない街灯。どこを見ても破壊の爪痕が目に入る。都市を行き交っていた人の群れはもうどこにもいない。それどころかひとりも生きた人間が見えない。
雪だけはいつもと変わらず、いや、いつも以上に深く積もっていた。
私は今が夜襲の翌日ではない可能性に思い至った。
雪が深すぎるのだ。
携帯端末を探しだし、時刻を確認すれば予想より丸一日多く時間が過ぎている。
私は一日半の間、寝ていたわけだ。
昨日が大雪であったと考えれば納得がいく。
きっと、雪の下には交戦の跡が埋まっていることだろう。
そういえば、タロはどうなった?
私は家を出て、都市を見て回ることにした。
鉄獣のボディは私が整備しただけあって、元々の私の体よりよく動く。
重さを物ともしないパワーと滑らかに駆動する間接のおかげで運動が苦にならない。生前もこれだけ動ければ大型の機械を使うのも楽だったろう。
街灯に虫が集まっていると思って見てみれば、小型の鉄獣だった。
ひし形の胴体に六本の脚が付いている。
ワレムシという種の鉄獣だ。
ひと目で気分が悪くなった。
こいつは柔らかい金属と電気を主食にする。銅と電気を求めて電線などに群がるのだが、愚かだからすぐに断線させてしまい電気にありつけなくなる。
わずかな電力でも金属さえあればワレムシは瞬く間に大きく育つ。大きくなったワレムシは力が加わると割れる。あまりにも大きいと自身の重さだけで砕けるほどもろい。
そして、割れた破片がそれぞれ別のワレムシとなって個体を増やすのだ。
電気インフラを破壊するワレムシは人間にとっては迷惑極まりない鉄獣だ。
だから、人の住む場所ではこいつらは絶対に滅ぼさなければならない。
外から持ち込んだやつがいたら袋叩きだ。
凍土狩場ではもうずっと見ていなかった。
今は駆除している場合ではないから断腸の思いで見逃すが、平時であったら絶対に皆殺しにしていた。
電波塔をダメにしたのもこいつらに違いない。
実にいらだたしい。
生きた鉄獣の姿は見えないが、ワレムシはいる。
転がっている鉄獣の死骸にはよく知ったものに混じって見慣れない種も混じっている。どこか遠くからやってきたワレムシに寄生されていた鉄獣が凍土狩場を襲ったということだろうか。
大通りを進み、広場に出る。
そこで私は見覚えのあるものを見つけた。
バトルアックスが雪に埋もれている。
目眩がした。
盛り上がっていた近くの雪を掘った。
まさかと思った。
そのまさかだった。
◇
私がタロに渡したゴーグルには様々な機能があった。
そのひとつが戦闘中の映像を録画するものだ。
タロがどのように戦うのかについて今まで興味はなかった。だが、自分でエカを動かすことを考えたとき、その戦闘技術を参考にするべきではないかと考えたから取り付けた機能だ。
私はデータを携帯端末に移し、再生した。
そこにあったのは想像を絶する光景だった。
タロは強かった。
数多の鉄獣をその斧で屠り、自身より巨大な敵とも臆すことなく戦った。
逃げる住民を守り、鉄獣の塞き止め、次第に傷ついていった。
多くの住民がいなくなった後もタロは都市に残って戦い続けた。鉄獣に彼らを追わせないためだ。
私の鉄殻衣は最高だ。
タロは最強の英雄だ。
合わされば無敵にだった。
だが、足りなかった。
敵は決して途切れることはない鉄獣の群れ。
若い鉄狩りを逃がし、残った仲間は倒れ、ひとりタロは戦った。
傷つき、鉄殻衣が壊れ、素の身体能力だけで戦い続けて、ついには膝をつく。
赤い人型の鉄獣が腕を振り下ろす姿が最後の記録だった。
映像を見終わった私はタロの家に向かった。
今まで知らなかったのだが、タロの家には地下があるらしい。
凍土狩場には旧時代の廃墟がいくつもある。
遥か昔にあったとされる人類の技術的最盛期、その頃を指して旧時代と呼んでいる。
具体的な時間や含まれる技術範囲すら曖昧な概念ではあるが、現在よりも優れた技術を持っていた時代があったのは間違いない。
なにせ再現できないのだからな。
そこらに見える建物もいわゆるオーパーツというやつだ。
今の技術で建てるより頑丈だし、コストがかからない。新しい都市を作るときはそういう廃墟が多い場所を選んでいたくらいだ。
タロの家はその旧時代に作られた地下施設の上にあるようだった。
床板をずらし、階段を降りる。
やがて、扉が見えてくる。
その先にはそこそこ大きな空間があって中は暖かい。暖房器具が稼働したままだった。電力が独立しているということは非常用のシェルターだろう。
やはり壁は現代では再現できない素材でできており、明るい光沢がある。
ベッドに横たわる人影。
そこにはまだ幼い少女の姿があった。
タロは襲撃によって怪我を負った自身の娘を逃げることが難しいと判断し、この地下に隠していた。
呼吸はしている。
死んではいないようだ。
怪我の具合を確かめようと布団に手を伸ばす。
「近づくな、化け物」
少女が拳銃をこちらに向けていた。
もう9mm弾で傷つくような体ではないのだがな。
「オオォォオオ……」
やはり、声は出ない。
少女の表情が更に険しいものになった。
どうしたものかな。
身ぶり手振りでわかって貰えないものか。
ボディランゲージを試みたら射たれた。
しかも、眉間だぞ。この小娘が。
鉄狩りの娘だけあって狙いがいいではないか。
私が硬い装甲を持つ鉄獣だから良かったものの本当に死んだらどうするのだ。
辺りに使えそうなものはないかと探すとペンとメモ用紙を見つけた。
それに一言書きつける。
これを読めばわかって貰えるだろう。
そう思ってメモ用紙を持っていくとまた射たれた。今度は心臓の真上。
ひらりとベッドの上に落ちた紙切れを小娘が拾い上げる。
「父さんの知り合い?」
頷く。
「嘘。お前のような化け物が知り合いにいるはずがない」
ゆっくりと起き上がろうと体を持ち上げるが、顔は真っ青で銃を持つ手は震えている。写真で見たときは綺麗だった黒髪もすっかり艶を失っている。
まったく。
そんな体調で鉄獣に勝てるとでも思っているのか。
もう一枚メモに書き付けて差し出す。
彼女はそれを一瞥してこちらに敵意のこもった視線を向けた。
「ガウって名前は知ってる。変な研究してるのも。でも、その人は人間。お前のような姿じゃない。知り合いというのなら父さんを連れてきて」
首を横に振った。
「どうして?」
着いてこいと手で示す。
どうせ何を伝えたところで見たもの以外は信じられまい。
よろよろと小娘が立ち上がったのを確認すると、ゆっくりと元来た階段を戻る。
広場を目指す。
小娘はあたりの様子が気になるのか、しきりに周りを見回していた。
しかし、あるところで小さく声を漏らして足を止める。
どうした、と書いて渡す。
「隣に住んでたおばさんが……」
その後は言葉にならない。
彼女の視線を追えば、屋根の下に血の色に染まった布と肉の塊がある。
それが元々何だったかなど聞かずともわかる。
私は小娘に歩くように促した。
うつ向きながらも小娘は歩いた。
広場にたどり着く。
死体は変わらずそこにあった。
「助けなきゃ」
小娘がタロの胸に手を当てて心臓マッサージを始めた。
もう血も肉も凍りついて、ろくに胸部を圧迫することもできない。
私は小娘の肩に手を置いた。
「何ですか。父さんの知り合いなら手伝ってください。今なら間に合うかもしれないじゃないですか。ですよね? 私は何も間違ってない。父さんが死ぬはずなんかないじゃないですか。父さんは強いんですよ。どんな鉄獣にも負けるはずないんです。だから、だから……」
もう心臓が動いていないのは確認している。
それを紙に書いた。
「あ……あ……」
膝から崩れ落ちる小娘。
やがて、嗚咽が聞こえた。泣き叫ぶ声がした。
声は深い雪に吸い込まれ、誰もいない都市に小さく響く。
私はそのときになってやっと喪失感というものを自覚した気がした。
タロは死んだ。
失われたものは二度と戻ってはこない。
その事実が心の奥底まで染み込んで、体の芯まで冷たくさせていた。
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