第5話

 私はこれからどうすべきかについて考えていた。


 タロが死んだ以上、これまで思い描いていたプランはすべて白紙だ。もはや最前線を押し広げるなど不可能。新しく戦力を用意する必要がある。

 こんな不安定な状況ではずっと先の話だ。


 まずはどこか安全な場所に退避し、落ち着くべきだ。

 それから今回起きた出来事について考える必要がある。


 鉄獣による町への襲撃。


 鉄獣たちは明確に都市を狙っていたし、複数の種が一緒に行動していた。

 この辺りには生息しない種もいた。

 数種が共生関係にあることはあっても、遠くからやってきた鉄獣たちが獲物を狩るのに協力するなどということはあり得るのだろうか。


 しかも、そいつらも今はどこにも見当たらない。

 小さな鉄獣だけを残して凍土狩場から消えてしまった。


 これまでの記録にはない、いや、あるのかもしれないが、知らない。私の専門は鉄獣行動学ではない。

 細かいところまで調べれば出てくるかもしれないが、そのための通信網も途切れている。これもやけに多いワレムシのせいだ。腹立たしい。


 この不可解な出来事は解明しなければならない。

 そうでなくては人々はいつまでも鉄獣に脅える生活を余儀なくされる。

 鉄獣を狩ると意気込んでいたのが、逆に追い詰められるなどあってはならない。この程度でつまずいていては私の理想は叶わない。


 とにかく、生き延びて手がかりを集める必要がある。

 本来であれば鉄獣になってしまったこの体のことを真っ先に調べ尽くしたいところなのだが、後回し、いや、平行してやるべきか。生活に関わることだからな。


 時間が足りない。

 手も足りない。

 生活基盤は壊滅。

 気持ちは先走りそうになるが、こういうときこそ落ち着いてひとつひとつのタスクを着実にこなさねばなるまい。


 携帯端末を持って広場に戻ってくると、小娘が穴を掘っていた。

 怪我は痛まないのだろうか。


『何をしている?』


 無機質な電子音声。

 端末に文字を入力し、それを読み上げさせた。

 こうすればスムーズにコミュニケーションが取れると気づいたのだ。


「埋葬します」


 ここは舗装された場所だ。

 いくら雪を掘ったところで土にはたどり着けない。


 穴を掘っていた小娘もついにアスファルトにぶち当たったのか、舌打ちしてスコップを投げ出した。

 何度かタロと掘った穴を見比べている。

 最後は雪に埋めることに決めたようで、タロの体を引きずり始めた。


『雪の下にか?』

「野ざらしよりはマシです」

『春には雪が溶けて出てくるぞ』

「もう何も言わないでください」

『そんな場合ではないだろう。凍土狩場はもう安全ではないのだぞ。今は姿が見えないが、いつ鉄獣が戻ってくるかもわからない。他に生存者もいないようだし、そんな肉の塊など放っておいてさっさと安全なところに避難すべきだ』

「よくそんなひどいことが言えますね」

『他の誰であっても死んでしまえばただの死骸だろう』

「本当に父さんの知り合いですか?」

『子供の頃からの付き合いだが』


 私はすっかり呆れてしまった。

 だが、この小娘を無事に連れ出すには手伝ってやらねばならんのだろう。


 小娘から死体を奪って穴の中に転がした。

 上から雪をかけている小娘を残して、タロの鉄殻衣を家の地下へと運ぶ。


 小娘は同じような意味のない儀式を何度か繰り返して、やっと満足したらしい。

 凍土狩場からの避難に同意してくれた。


 手早く荷物をまとめる。

 持ち出したいものはいろいろあるのだが、すべてを持っていくことはできない。これからは鉄獣として生きることになるのだし、人間とはまた違った準備が必要だ。


 残念ながら車は使えない。

 凍土狩場内のものはほとんどが避難に使われたようだし、残っていた車両も壊れていたり、ワレムシに喰われたりしていた。ワレムシが多くて気分が悪い。


 移動は徒歩になる。

 怪我人もいるし、長旅になりそうだ。


 タロの家まで行くと、小娘も荷造りを終えていた。

 あまり持ち出すものは多くないようだ。


「……どこに行くつもりですか?」

『他の避難民のところだ。だが、足跡が昨日の大雪で消えてしまってどこに行ったかわからない。おそらくは近くの都市のいずれかだろうから順番に回る』


 凍土狩場はこの辺りでは大きな都市だ。

 どれくらいが逃げ延びているのかはわからないが、半分も逃げ切れていれば最寄りの都市では受け入れきれないほどの人数になる。


 だから、まずは大きな都市のある方向の人が住んでいる場所で避難民が来たかを尋ねる。補給もなしに旅はできない。目標が正解ならば必ず立ち寄っている。


 私は子供は好きではない。

 こんな非合理的で感情で動くようなガキでもタロいわく前途有望な才媛とのことだ。

 将来、凍土狩場に叡知をもたらすかもしれない。


 どうせ、避難民からは襲撃について詳しく聞かなくてはならない。

 目的地が一緒であれば、多少の旅の遅れくらい我慢しよう。


 私は小娘にゴーグルを渡した。


「何です、これは?」

『私の開発したゴーグルだ。暗闇の中や肉眼で見えない鉄獣を見ることができる。既製品にあるような機能だけでなく、より様々なものが見える優れものだ』

「どうしてそんなものを……」

『私がタロにくれてやったものだ。最後の戦いでもこれを使用していた。タロが死んだ今、こいつの所有権は貴様にある。気配を感じたら使ってみるんだな』


 エカにはゴーグルと同じ機能を取り付けてある。もはや鉄獣と化した私には必要のないものだ。ならば、私よりは彼女が持っているほうがいい。

 刺激が強すぎる録画データはすでに別の端末に移して消しておいた。


 小娘はそれをしばらく見つめた後、自身の首にかけた。

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