第2話

 第三大陸は北を上としたとき、上の辺が下の辺より長い台形の形をしている。

 人間が住んでいるのは主に東半分側。東西の中央、人と鉄獣の領域を分ける境界は最前線と呼ばれ、人間と鉄獣が一進一退の争いを繰り広げている。


 第三七三否認可都市“凍土狩場”は最前線の北にある。

 ずっと凍っているわけではないから凍土は言い過ぎではあるが、冬になるとありとあらゆるものが雪に埋もれる。あまり人間が住むには向いていない場所だ。


 流石の鉄獣もこの過酷な寒さには耐えられないらしく、最前線の中では生息数が少ない。


 だからといって人間にとって住みやすい環境なのか、というともちろん、そんなわけはなく寒さと鉄獣の両方を相手にして生き延びなくてはならない。

 鉄獣にとって過酷なら人にとっても過酷だ。


 凍土狩場を含めた十ほどの都市が属するここら一帯をホクセン地方という。

 実際、ここ二百年はホクセンに凍土狩場ほど発展した都市はなかった。ホクセン全体の人口が増えているのも凍土狩場に集った鉄狩りたちの活躍のおかげだ。地元の鉄獣を狩り尽くした奴等は遠征と称して出稼ぎに行くから、遠方でも鉄獣の被害は減っていた。


 積もった雪を踏みしめて都市を歩く。

 狭い道の脇にみっちりに詰まった家々がすっかり白く染まっている。

 すれ違う人々は分厚い上着を着込んで寒さに体を震わせている。

 軽自動車がスリップしないかびくびくしながら通り過ぎる。


 カレンダーではもうじき冬も終わろうとしていた。

 なのに、まだまだ雪は降るし、寒いし、道は凍っていて滑る。

 外に出ても何ひとついいことがない。


 それでも出掛けることを決めたのは趣味と実益を兼ねた知的好奇心からだった。


 目指しているのは凍土狩場で最も大きい解体屋だ。

 凍土狩場近くで狩られた鉄獣はほぼすべて解体屋に持ち込まれる。そして、素材に分解され、市場に並ぶ。素材目当てにたくさんの行商人が集まり、冬にも関わらず凍土狩場は賑わいを見せる。特定の企業の色が薄い凍土狩場ならではの光景だ。


 私は、タロの言っていたこの辺りにはいない鉄獣が解体屋に持ち込まれているのではないか、と考えた。

 まあ持ち込まれていなくとも解体屋に集まってくる鉄狩りから情報収集ができればいい。タロも仲間に聞き込みくらいはするだろうが、情報は多角的でなければな。


 ふと、良い匂いが鼻をくすぐった。

 凍土狩場でよく使われている香辛料の香りだ。

 匂いがする方には鳥を模した看板がかかった店があり、ここで飲食物を提供しているらしい。昼前だけあって客が入っているのか賑わいを感じる。


「知らん店だな。最近できたか」


 都市の発展はめまぐるしい。

 大通りはもちろん、脇道にも店が並ぶようになった。

 もっと都市を大きくできればいいのだが、凍土狩場の立地を考えるとこれ以上は難しいだろう。


 匂いに惹かれて食堂に入る。


 店内は昼間から酒を飲んでいる連中が目立つ。おそらく鉄狩りの荒くれ者どもだろう。解体屋の近くにあるから鉄狩りが常連になるのも当然の流れか。


 カウンター席に座り、女主人に適当に食事を頼む。若くはないが、愛嬌のある顔をしている。

 すぐに深皿いっぱいのスープとパンが目の前に並んだ。

 味は、うむ、まあまあだな。


「店主よ。最近妙な鉄獣が出たと噂になっているようだが、何か知っているか?」

「あー、たまに客が話してるね。あんたも商人かい?」

「いや、違う。私は……そうだな。学者のようなものだ」

「へえ、珍しい。こんな辺鄙なところに学者様が来るなんてね。でも、あいにくとあたしは鉄獣とやらにはあんまり興味がないんでね。気になるならあの子らに聞くといいよ。雪が溶けるまでは暇を持て余してるからね」


 そう言って、あごで店の奥の若い一団を示す。


「しょうがねえだろ、姐さん。冬は外に出たって鉄獣どころかウサギ一匹狩れやしねえ」

「そうだそうだ」

「せめて森に入れりゃなあ」

「俺らみたいなのはまだ装備も少ねえし、遠征にも連れていって貰えねえ。飲むしかねえのよ」

「時間は有効に活用しないとな」


 どっと笑いが起きる。

 私は硬貨を一掴みカウンターに置いた。


「これで酒とつまみでも差し入れてやってくれ」


 青年がひゅう、と口笛を吹かせた。


「いいね、学者さん」

「最近よそからやってきたという見慣れない鉄獣について聞きたい」

「ああ、あれね。でも、奥地には行ってないからな」

「直に見たのはワレムシくらいだ」

「俺は山でケムリオオカミを見たぜ」

「遠征組がでかい鳥の鉄獣を狩ったのは知ってる」

「森にも何かいるらしいけど、よくわかってないんだよなあ」


 だんだんと情報が集まってくる。

 やはり、最前線より西、あるいは南から鉄獣がやってきているようだ。本来、暖かいところに棲む鉄獣の名前が上がっていることから考えてもかなりの異常事態である。


「にしてもタロさんもちょっとビビりすぎだよな。一発貰ったくらいで森に入るな、なんてさ」

「タロといえば凍土狩場の発展に貢献した英雄だ。何百何千と鉄獣を狩っているはず。これまでの経験から危険だと判断したのだろう」

「へえ、学者さん詳しいね」

「この辺りでは有名な話だろう」


 話がタロの悪評のことになったのでつい反論してしまう。

 批判した男はぐっと酒を煽って笑った。


「確かにベテランからはタロさんの評価高いよな。最近じゃ見回りくらいしかしてないのにさ。なあ、お前らここ一年でタロさんが戦ってるの見たことある?」


 鉄狩りたちの半分くらいが首を横に振った。


「昔見たときは小型を片付けるのは上手かったぜ」

「大した鉄獣じゃなくても時間をかけてた気がする」

「最近は全然狩りもやってないんだろ。遠征にも行かないしさ。昔はすごかったかもしれないけどもう鈍ってんだよ。じゃなきゃ不意打ちなんか食らわないわな」


 散々な言い種に頭に血が昇っていくのがわかった。

 タロが見回りを強化し、遠征に行かないのはおそらく娘のためだ。自分が死んだら孤独だとか、万が一がないようにとかいろいろ考えてるに違いない。あの親バカが。


「それにあれだよ。あの鉄殻衣」

「ざっくりやられたんだったっけ」

「あれ作ったのは丘の上に住んでる変人なんだろ。ガウっていう研究者だかのよくわかんないやつ」

「へえ、見慣れないデザインだと思ったら」

「あいつ、栄光都市の学院追放されてるらしいぜ」

「うわー胡散くせえ」

「タロさんもあんな得たいの知れない奴が作った鉄殻衣なんか着てるからやられるんだよ。せっかくの素材も作った奴がゴミならゴミだぜ」


 一言、一言に血が沸騰するようだった。


「しかし、タロはそれを着てずっと活躍していたのだろう?」

「そうだっけ? 知ってる?」

「いや、知らん」

「前はもっといいの使ってただろ」


 思い知らせねばならないと思った。

 一息にスープを飲み干し、パンを胃に押し込む。

 すぐに店を出た。

 中ではまだ私とタロの話で盛り上がっているようだった。


「愚か者どもが!」


 確かに私は自分の作った鉄殻衣の性能に胡座をかいて改良することを怠っていたのかもしれない。

 他の研究に現を抜かしていたのかもしれない。

 現にもう少し傷が深ければタロが怪我を負っていた。


 ただの修理だけでは足りない。

 私にも意地がある。

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