そのうち世界平和を実現させるマッドサイエンティストおじさん
竜田スペア
第1話
人類が滅ぶ瞬間を想像したことがあるだろうか。
私は、ある。
私たちの住むこの第三大陸の大地を十としよう。
十のうち、人類の支配が及ぶのはわずか三程度。
では、残りの七はなんなのか。
それは
姿は通常の動物と同じく多種多様でひとくくりにはできない。しかし、奴らにはひとつだけ動物とは異なる共通の特徴がある。金属でできた強靭な肉体を持つことだ。
鋼の体は攻防に力を発揮し、人類は鉄獣と一進一退の戦いを続けていた。
ここに一匹の鉄獣の死骸がある。
形は猿か人に近く、体長180センチ弱。体表は毛皮がない代わりに鱗のような金属で覆われており、触れると指が切れてしまいそうな鋭さがあった。額にはバツ印の傷跡がある。このような傷は普通時間をかければ修復されるはずなのだがこの個体は古傷として残っていた。
この鉄獣の死骸が私の実験の材料だ。
死骸は開発室の中央におかれ、数多のケーブルに繋がれている。ケーブルの先にはデータを取るための計器。人型なのもあって昔大きな病院で見た重病人のような状態だ。
開発コード”エカ”。
私は鉄獣を兵器に変えようと試みた。
見た目は鉄獣の形をしているが、私が電脳部に手を加えて普通の機械と同じように操作できるよう改造を施した。完成はもう目の前で、あとは調整と試運転を残すのみ。
手応えはあった。きっと上手くいく。
実戦投入の日も近い。
「やあ、ガウ。今日も精が出るね」
「タロか」
開発室に入ってきたのは私と同い年の大柄な男だった。
痩せ型で聡明な私とは対照的に全身が筋肉でできているような奴だ。今はその肉体を金属の装甲で覆っており、背中には身の丈より巨大なバトルアックスがあった。
油の臭いがきつい。
戦場から直接来たな。
「これは?」
「鉄獣を利用した兵器だ。一体で腕利きの鉄狩り十人分の働きをする。これが量産に成功すれば世界征服すら可能だろう」
「ほー、そりゃすごい」
こいつ、信じてないな。
「どうやって量産するくらい素材を集めてくるんだ」
「貴様が集めてくればいい」
「おいおい」
今回はたまたま素材が綺麗な状態で手に入ったから上手くいったが、神経や電脳を傷つけずに強力な鉄獣を仕留めるのは難しい。
的確に弱点を見抜き、最小限の攻撃で仕留めなければならんからな。
タロは鉄獣を狩る仕事を生業とする鉄狩りだ。ベテランの中のベテランで、腕前はこの都市――凍土狩場で一番。こいつであれば私の望むような素材も仕入れられるだろう。
だが、彼はあまり乗り気ではなさそうだ。
「しかし、どうしたその
珍しいことに今日のタロは失敗したらしい。
着ていた緑の
これは鉄殻衣と呼ばれる頑丈な鉄獣の表皮を材料に造られる。特にタロのものは私の造った特別製だ。そう簡単に傷つくものではない。
「森でやられたんだ」
「まったく。最近たるんでいるのではないか」
タロが鉄殻衣を脱ぎ、エカの横に置いた。
「おい。ここに置くな。修理するものは整備室に置けと毎回言っているだろう」
「後で動かすよ。それより原因を知りたいんだ。最近、この辺りでは見ない鉄獣がうろついているらしくてな。この傷もそれのせいじゃないかと思うんだが」
「確かに鋭利で深い。珍しいな」
「だろ?」
肩から脇近くまですっぱりと斜めに傷が走っている。
触れると指先から血がこぼれた。
鋭い。
「敵の姿は?」
「見えなかった。当てずっぽうで武器を振ってはみたが、どうにも妙でな。当たったとは思うんだが、姿が見えん。当たっていたとしてもすぐに逃げたか」
「となると、ふむ」
動物でも鉄獣でも補食対象や天敵に見つからないために進化した種がいる。ある動物は体表の色を変えて隠れ、ある鉄獣は光学迷彩で身を隠す。地形を利用したり、罠を張っていたりすれば見つけるのは困難になる。特に最後のならその場にはいないわけだしな。
しかし、どれも付近に生息している鉄獣にはない特徴だ。
タロも知らないと言うのだから間違いない。
「いくつか思い当たるものはある。よそから鉄獣が流れ込んでいるのならそれが可能性としては高いのだろうな。特定と対策ができるまでは森には近づかない方がいい」
「その対策ってのは時間がかかるのか?」
「三日あれば十分だ」
「なら伝えておこう」
タロが言うのなら他の鉄狩りも従うだろう。
このマイペースな男にはそれだけの実力がある。
「しかし、そろそろ近場の見回りも飽きた頃だろう? どうだ。こいつの修理が終わったら新天地で山ほど鉄獣を狩ってみたいとは思わんか」
「またいつものあれか」
タロは呆れた風に手の甲で頬を撫でた。
手が塞がっていることの多い鉄狩り特有の癖だ。
「私は何度でも言うぞ。戦え。あの憎き鉄獣どもを追い出し、もっとマシな都市を作れ」
「俺ひとりでできることは少ないよ」
「貴様が声をあげれば鉄狩りたちは付いてくるだろう。私ではそうはいかん」
「はは、ガウは人望ないもんな」
「笑うな」
「最近、また変な罠を仕掛けただろ。若いのがびくびくしてて困ったぞ。変人がまた何かやらかそうとしてるってな」
「あれは極々小さな鉄獣を捕まえるためのものであって危険でもなんでも――」
ぴろんぴろん。ぴろんぴろん。
場違いな音が流れた。
タロが小型端末を取り出す。
「娘だ」
「あの幼児か」
「幼児って、もう十四だぞ」
ほら、と端末の画面を見せつけてくる。
画面にはタロと同じ黒い髪の少女が手作りの洋菓子を持ってにこやかにポーズを取ってるのが写っていた。斜めに線を引いたようにそろえた前髪から垢抜けた感じがする。
「晩飯ができたから早く帰ってこいだとさ。お菓子作りもお隣さんに習ったらしくてな。最近はこうして作ってくれるんだ。いいだろ?」
「どうでもいい」
「これで頭もいいんだ。俺と違って勉強ができる。大きくなったら栄光都市の学院に行かせたい」
「親バカが。そう簡単に行けるものか」
第一都市、俗称“栄光都市”は第三大陸の東端にある大都市だ。
経済も学術も政治もありとあらゆるものが栄光都市が中心に動いていると言っても過言ではない。
それだけに優秀な人間が集まってくるし、無能は滞在するだけでも大金がかかる。
その栄光都市の学院といえばトップクラスに優れた人間だけが入ることを許される大陸最高峰の教育機関であり、研究機関である。
こんな辺境の田舎から入学するのは無謀としか言いようがない。
しかも、戦うことしかできない人間の娘がだぞ。
「ガウも通ってたじゃないか」
「努力したのだから当然だ」
「今度、勉強を見てやってくれよ。俺じゃどうにもならん」
「私は忙しい。教材データくらいはくれてやるから勝手にやれ」
「まったく」
よ、と掛け声をかけて重いはずの鉄殻衣を持ち上げるタロ。
普通なら別の鉄殻衣を着て運ぶようなものだが、冗談みたいな馬鹿力だ。
「帰るのか」
「うちは母親がいないからなあ。子供をひとりで待たせるのもあまり良くないだろ」
「もういい。さっさと帰れ」
タロは丸くなった。
私が廃墟同然の凍土狩場を去って東に行く前はもっとギラギラしていた。どんな鉄獣の群れにも果敢に挑み、人間の生息域を広げようと戦っていた。
それが今はどうだ。
凍土狩場が中途半端に発展し、家族ができてすっかり牙が抜けてしまった。
もはや、どこにでもいる家族想いな父親だ。
戦士としてのタロはもういない。
私は開発室にひとり取り残されてしまった。
野心がくすぶっている。
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