第11話
十五匹分の鉄獣素材を載せてトレーラーは雪道を進む。
このトレーラーはパワーがある。深い雪をものともしないし、重量を感じさせることもない。ゴーズの運転技術もなかなかのものだ。最前線のチームが使っていただけのことはある。
私はある廃墟の前でトレーラーを止めさせた。
車両を降り、柱のひとつを調べた。
「こんなところに何があるんだ?」
ゴーズが窓を開け、不思議そうに私に尋ねた。
『見ていろ』
柱の側面に開く場所がある。小窓くらいのその内側には数字の書かれたボタンが並んでいた。
記憶通りの順番で数字を押す。
すると、廃墟内部の地面が沈み、道が出来た。
旧時代の技術の一端だ。
『第四〇一都市、俗称“地下農場”。その名の通り、地面の下に都市がある。普通の鉄獣であれば入ってくることすらできない絶対に安全な場所だ』
「農場ってことは野菜でも作ってるのか」
『今から入るのは外の人間用の場所だがな』
こんなところで話していても寒いだけなので、車を出させる。
ゆっくりと地下へと降りていき、広い空間に出た。
天井は仄かに黄色く光り、壁は透き通るような未知の素材で構成されている。ここが天然の洞窟などではなく、綿密な都市計画の末に作られたことは直角に交わる道やまっすぐな横穴を見ればすぐにわかる。
地下農場は旧時代に作られた複数の地下施設を利用して再構成されている。
広大で入り組んでいる上に地下のすべてが繋がっているわけではない。より重要度の高い施設のある場所は地下農場を治める企業によって秘匿されていると言われ、全貌は私でも把握できない。
その食料生産量はホクセンの人口すべてを養えるほどだという。
『先ほどの続きだが、地下農場の土地の大半はその俗称の通り、畑に利用されている』
「わざわざ地下でやるのは電力もかかるし、高くつくんじゃないか」
『だが、安全だ。余裕があれば地上に上がって土を耕したりもするが、極寒のホクセンでそれができる期間は非常に短い。それほど肥沃な土地でもないし、どんなに警戒していても常に危険が付きまとう。鉄獣あふれる西側で安全に農業ができる場所があるなら利用しない手はない』
「なるほど。最前線近くじゃそうなるわけか」
植物を主食とする鉄獣は少ない。食べるとしても水分が抜けて燃えやすくなったものの方が適している。そんなものがいたとしてもその辺の森で十分に満足できる。
問題は人間を襲う鉄獣だ。
広い畑を作るほどリスクは高まる。
最前線への輸送費の高さを考えれば、食料生産は欠かせない。
地下農場とはそうしたやむにやまれぬ事情から生まれたひとつの答えだった。
トレーラーはゆったりとした速度で地下を進んでいくが、大通りといえる場所なのに活気がない。
ここは地下農場のお客様用の区画だ。農作物を買い付けに来た商人や補給を求める鉄狩りが集まり、たまに住民が商店街として利用する。
しかし、人がどうにも少ない。
これは当てが外れたか。
凍土狩場は近隣では最も大きな都市だ。
しかし、その避難民をすべて収容するには地下農場は向いていなかった。広さも食料も申し分ないのだが、農場としての役割がある。その役割を捨てればぎりぎり生活できるくらいにはなるとは思うが、まあここの指導者はそうはせんだろうなあ。
ここで食料を買い込んで更に西へと移動するのが一番有力な選択だ。
しかし、もう移動したにしても早すぎる。
この様子だと他の都市に向かった可能性が高い。
凍土狩場より狭いはずだが、どうしているのだろうな。
解体屋に到着する。
私はフードを被って車を降りた。
地下農場にはいくつか解体屋があるが、ここは看板が錆びるくらいには古くからある老舗だ。
若い鉄狩りふたり、怪しいフードと子供ひとりずつ。
そんなよくわからない組み合わせを見て、店の中で金属を加工していた白い髭の老人が怪訝な顔をする。
「店長さん、買い取りお願い」
メイズが言うと老人はのっそり立ち上がった。
「獲物は?」
「グラスハウンドが十五」
「また随分と狩ったな」
鉄殻衣を着たメイズがトレーラーの中から素材を運び出す。すぐに死骸で山ができた。
グラスハウンドは装甲そのものに最も価値がある。どこか一部分だけというわけにはいかない。
「状態は悪くねえな。これくらいでどうだ」
老人は端末をメイズに見せた。
おそらく査定額が表示されているのだろう。
メイズが頷きかけ、すぐに横から見ていた小娘が声を上げた。
「この数と質でこの値段は安すぎます」
「そうかねえ」
「ほら、この個体なんか胴体だけ綺麗に切断されて、手足も電脳も無傷です。凍土狩場だったらもう二割は高値が付きますよ」
「なら、そっちに持ってくんだな」
ぐ、と小娘が唇を噛む。
何事にも相場というものがあり、時と場所によって変わる。
地下農場は食料を除けば全体的な物価は高い。しかし、あまり金属は必要とされていなかった。
鉄狩りたちがもたらす素材を目当てに集まる商人がいた凍土狩場とは事情が違うのだ。
「凍土狩場が鉄獣に呑み込まれたって知ってて言ってますか? 意地が悪いですね」
「また滅んだのか。まあ場所が悪いわな」
このくらいの歳の人間になると凍土狩場の前の都市のことも生きている間に見聞きしている。
都市の消失などよくあること、動じる様子はない。
念のため、若い店員にもそのことを尋ねた。
やはり、凍土狩場の崩壊は知らなかった。
何人かがこちらに逃れた程度のことはあるかもしれないが、大半の避難民が地下農場に来ていないのは確定だな。であれば、次はどこへ行くべきか。
小娘はまだ何事か言い争っていたが、老人はしたたかで取り合うつもりはないらしい。
この値段で飲めないなら他へ行けの一点張りだ。
私は小娘の肩に手を置いた。
むすっとした表情でその手を払われた。
「決まりだな」
結局、老人の要求が通った。
他で売るのも時間の無駄だし、いつまでも死骸を載せていたって邪魔なだけ。
欲しけりゃまた狩ればいい。我々にはその力がある。
精算を待つ間、私は店の壁に張られた紙切れを見ていた。
これらは鉄獣の討伐を依頼するものだった。
ネット回線が都市の一部でしか使えないような場所ではこうして解体屋に依頼を書いて張り出すのだ。
大半は素材を求めるもので、だいぶ古くから張りっぱなしになっている。報酬と素材の希少性が見合っていないから、誰も引き受けたがらないのだろう。
凍土狩場に近いだけあって狂暴な鉄獣が暴れているから討伐してくれというような依頼は少ない。
私の視線は真新しい依頼書で止まる。
知った名がそこにあった。
トレーラーに戻ると現金が手に入った鉄狩り姉弟が表情をほころばせていた。
「いやあ、儲かった儲かった」
「これもふたりのおかげ。そして、私のおかげよね」
「よっ! 流石姉貴!」
元気がいい。
札束を扇にしてひとしきり騒いだ。
なんというか、刹那的に今を生きているな。
「さーて、じゃあこれからどうする? 買い出しして準備が住んだらすぐ次の都市に行っちゃう? それともまた狩りしちゃう?」
「今日は遅いし、泊まろうぜ」
「それよりまずはネット回線を借りましょう。誰かが情報を発信しているかもしれません」
『いや、私に行きたい場所がある』
私は先ほどひっぺがした依頼書を三人に見せた。
『この依頼を受けたい』
それは凍土狩場の夜襲の前日に現れた鉄獣の討伐依頼だった。
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