第12話
第三大陸では企業が大きな力を持つ。
都市連合国は国を名乗ってはいるもの実態としては独立した都市の集まりに近い。巨大な都市であれば単独で発言力を持つが、それでも都市をまたいで影響力を持つ企業には勝てない。
大企業は資金力でも武力でも充実しており、それらを背景に都市の経営に口を出すほどになっている。中には企業が主体となって開発し、運営している都市すらある。
地下農場もそんな都市のひとつ。
ホクセンファームという企業がその母体だ。
かつて、彼らは地下廃墟郡に目をつけた。巣くっていた鉄獣たちを追い出し、瓦礫を地上に運び出した。そうして残った広大な地下施設で農業をやり始めたのが始まりだ。
極寒の上に最前線とも隣接するこんな場所で農業をやるなど正気の沙汰ではない。
だが、彼らは地下という安全な場所で最前線の鉄獣から得たエネルギー資源を使い効率的に農業を行った。一見、マイナス要素しかないと思われた立地を上手く利用してみせたのだ。
大陸を統べる二大企業ほどではないが、ホクセン内での影響力は計り知れない。何せ胃袋を握っているのだからな。彼らに逆らおうとする都市はいないだろう。
そのホクセンファームがだ。
野良の鉄狩りに討伐依頼を出している。
これは妙な話だ。
雪が溶ければ地上でも農業を行うのだから、そのときの危険を排除するためにお抱えの鉄狩りもいる。凍土狩場から拾い上げた鉄狩りなら弱くはないだろう。
よほどの事情があるのか、手に負えない鉄獣が現れたか。
凍土事変とも関係している可能性もあり得る。
これは気になる話ではないか。
一度、地上に戻って、ホクセンファームの本部に繋がる場所へと向かった。
入り口で用件を告げれば、一度値踏みされるように見られたものの、すぐに地下招き入れられる。
地下道の両脇には透明な壁で区切られたいくつもの畑が連なっていた。天井からは太陽光と変わらない暖かな光が降り注いでいる。
ゴーズが感嘆に息をつく。
「本当に立派は畑があるじゃねえか」
『これはデモンストレーション用の小さなものだがな』
「デモンストレーション?」
『よく見ろ。植えてある作物が部屋ごとに違う。見せつけるために目玉商品を並べているのだ』
「へえ。おもしろ」
車を止めた後、四人で応接室に通される。
我々は見るからにボロボロな格好だったが、対応した奴は笑顔を崩さなかった。鉄狩りというのが大なり小なり汚らしいものとはいえ、よく教育されている。
しばらく油でも飲みながら待っていると、小綺麗な身なりをした老人がやってきた。張り付いたような笑顔で、こちらを品定めしているのが見てとれる。
「お待たせ致しました。わたくし、ホクセンファーム代表のザンカと申します」
「チームのリーダーを勤めるメイズですわ」
「弊社からの依頼を受けてくださるとのことですが」
「ええ。依頼を拝見しました。大型の鉄獣に手を焼かされているそうですね。ですが、ご安心下さいませ。私どもが必ずや打ち破ってご覧に入れましょう」
普段はIQが低そうなメイズであるが、見てくれは美人の部類に入る。猫を被るのも案外上手く、こうして取り繕っているのを見るとなかなかのものだ。
しかし、ザンカはそうは思わなかったようだ。
「それは頼もしいですな。ですが、件の鉄獣というがなかなかに厄介な個体でして、恥ずかしながら、うちの戦闘部隊でも手に負えない始末。並みの鉄狩りでは相手にならんのですよ」
「大型討伐なら私の最も得意とするところです。最前線で何度も経験がありますわ」
「最前線で活動を?」
「ええ。私どもはここより南の、もっと苛烈な場所から旅をして参りました」
「ほう。旅を……」
ザンカの視線がメイズ、ゴーズ、私を撫でて、最後に小娘のところで止まった。
「ところでメイズさん。そこの子供は一体?」
「凍土狩場のことはご存じかしら?」
「ええ。痛ましいことです」
「その生き残りですわ。道中で拾って、避難している方々のところに送り届ける途中、といったところかしら」
「なるほど。ですが、何故この場に?」
「ひとりで車に置いていくわけにも参りませんから」
「まさか、たった三人で? 討伐を?」
「やってみせましょう」
「無茶です」
ザンカとしてはここにいるのはチームの代表だけで、もっと人数がいると思っていたのだろう。依頼書に書かれていた敵のサイズもそれなりに大きなものだったからな。
私もメイズも不可能ではないと考えているが、誰もが同じように考えるわけではない。
そもそも彼女はここでは無名で信用がない。
旅の鉄狩りの限界だな。
『できるかどうかは詳しく話を聞いてから考えたい。この女の言う通り不可能とは言い切れん』
私はフードを外した。
ザンカの顔から笑顔が消えて戸惑いが浮かぶ。
そりゃあ、勿体ぶって顔を見せたら鉄獣の顔をした怪しい相手がいたのだから当然だ。
『一昨年、少し勉強を見てやったトマト屋のガキがいただろう。ウォルトだったか。数学に関しては見どころのあるやつだった。栄光都市の学院には受かったか?』
「受かりましたが……あなた様はまさか……」
『ガウだ。久しぶりだな、ザンカ』
反応は劇的だった。
一瞬、目を見開いたザンカは再び作り笑いを浮かべる。
「先生も意地が悪い。いるならそう言ってくださればよかったのに。一体どうしたのですか、そのお姿は?」
『凍土狩場が襲われたときにやらかしてしまってな。元の体も悪くはなかったが、今となっては鉄獣だ。前より使い勝手がいいと前向きに考えている』
親しげに話す私たちを同行者たちは不思議そうに見ている。小娘までもだ。
「知り合いなの?」
『ああ。良い商売相手だよ』
「まともな知り合いがいるとは思わなかった」
ぼそっと小娘が呟く。
『きっかけは鉄獣避けの超音波装置だったか。業者の説明とは逆に鉄獣をおびき寄せていたというのが気になってな。ネットで情報を見た私がこちらに赴いたのだ』
「懐かしい話です」
「それ、解決したの?」
『もちろんだ。あれにはグラスハウンドの鳴き声を模していて小型鉄獣を遠ざける効果があった。だが、この地ではグラスハウンドが多く生息する。業者は理解せずに販売していたようだが、装置が模していたのは求愛の鳴き声だった。だから、逆に同族を引き付ける結果を生んだのだ』
「それからも度々お力をお借りしているのですよ。先生には頭が上がりません」
『気にするな。困っている人がいれば助けるのは当然のことだ』
小気味良くザンカが笑う。
『そろそろ本題といこうではないか。ずいぶんな難題のようではないか。鉄狩りの力だけでは無理でも私の頭脳があれば解決できるかもしれんぞ』
「ええ。ええ。わかっていますとも。今回の依頼の鉄獣ですが、大きく成長したマインワームなのです」
マインワーム。
カブトムシやカナブンの幼虫のような形をした鉄獣だ。
本来は鉱山に生息し、岩盤を砕くほどに発達した顎を持つ。時にはドリルのように回転して地面を掘り進む。それだけに頭の硬度はかなりのものだ。
一般的な個体は人間の指一本程度の大きさで、多くは他の鉄獣に補食される。
しかし、極まれに天敵から生き延び、鉱脈を食い尽くして巨大化した個体が誕生する。過去には十メートルを上回るマインワームも発見されている。
だが、鉱物を主食とするマインワームがこちらに流れてくるのは少し妙な話だな。
凍土狩場付近ならともかく、こっちに鉱脈はなかったはずだ。
『こんな場所にか?』
一応、ホクセンにも鉱山はある。
地下農場とはだいぶ距離があるが、凍土狩場の近くにある廃鉱がもっとも近い。
「私どもも不思議に思っているのです。ですが、実際に戦った者もおりますし、あの大穴を見れば間違いなく鉄獣であると確信できるでしょう」
『いるのは間違いない、と』
「ええ」
ここでもまた異常事態。
凍土事変といい、おかしな出来事が続く。
だからといってすぐに関連性を見出だすのはよくない。結論は熟考の末に出すべきだ。
「まだ距離はありますが、雪解け前に畑を荒らされるのはどうしても避けたいのです。その上、育ったマインワームならば都市への攻撃すらやりかねません。旧時代の建造物とはいえ、件のマインワームは巨大です。リスクは避けたいでしょう?」
旧時代の技術で作られた壁を破るのではないかと危惧するほど。
よほどの大物か。
『任せておけ。どれだけ大きかろうが、しょせんは屑鉄の虫けら。打つ手はいくらでもある』
「頼もしいお言葉です」
『今日は戦った者から話を聞いて準備を整え、明日に一度当たってみよう。差し当たり、打てる手は打っておく。必要なものは揃えてくれるな?』
「もちろんですとも。それに泊まられるとなれば、今晩は最上級のおもてなしを用意させましょう。新鮮な野菜や肉をふんだんに使った料理を……いや、先生は鉄獣でしたな。植物油で大丈夫でしょうか。それともガソリンの方が?」
『燃料になればなんでも構わん。が、種類を用意してくれると助かる。私もまだこの体には慣れていなくてな。何が口に合うか探っているところだ』
「苦労しますなあ」
油さえあれば解体屋が引き取らなかった部位だけで十分に腹を満たせるだけの金属はある。
ずっと走り続けたトレーラーの方がよほど空腹だろう。
交渉は済んだ。
やはり、顔見知りであれば話もスムーズに進む。
私は早速、ホクセンファームの鉄狩りに話の聞き取りに向かった。
ホクセンに何が起こっているか、未だに見えてこない。
できるだけのことはやらねばな。
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