第13話

 早朝、地下農場を出た。

 トレーラーは雪原を走る。

 私とメイズは荷台に入って戦闘が始まるのを待っていた。


「なんでこんな依頼受けたの?」


 小娘が尋ねた。

 まるで詰問するようだった。

 依頼の間はホクセンファームに置いていくつもりだったが、気づいたら付いてきていた。できることもないだろうに面倒な性格をしている。


「さっさと避難してる皆のところへ行こうって話だったのに急に討伐依頼なんかで時間を無駄にして……それも私たちだけなんて。無謀だと思わないの?」

『それはな。困っている人がいたら助けるのは』

「当然なんでしょ。建前はもういい」

「私たちへの義理じゃない?」


 そう言うメイズは笑みを浮かべながら鉄殻衣に装備する凶器を磨いていた。

 愛着が湧く気持ちはわからんでもないが不気味だ。


「大型で、そこそこの鉄狩りでも倒せない相手なら報酬は期待できるわ。十メートルもあるなら素材だっていい額になるでしょうし、一攫千金よ」


 うひゅひゅ、と頬を緩めて笑った。

 一方、小娘は眉間に深く皺を寄せてメイズをにらむ。


「もうグラスハウンドの分で十分だと思いますけどね」

「あら、手厳しい」


 小娘が私に向き直る。


「どうやって倒すつもり?」

『うむ。敵は巨大。体当たりでも食らえばひとたまりもない。地下を掘り進み、土の重みに耐えるだけの耐久力もある。半端な火器ではダメージも与えられんだろう。薬品で外皮を溶かすことも考えたが莫大な量が必要になる。搦め手を使おうにも敵がでかすぎるのだ。ああでもないこうでもないと昨晩ずっと相談を重ねたのだがな』


 マインワームはシンプルな鉄獣だ。

 中身の構造も簡素で複雑な知能もない。

 しかし、肉体のスペックが飛び抜けている分、そのシンプルさが厄介だった。


 であれば、どうするか。


『策はある。だが、最終的には力押しの根比べでなんとかするしかない』


 小娘が呆れた顔で頭を振った。



 ◇



 不自然に雪が盛り上がっているのを見つけた。

 盛り上がった部分は線になってどこかへと続いている。


『マインワームの通った跡だな。地表近くを移動したことで隆起したのだろう』


 私がそう言うとメイズはわかった風に頷いた。

 すでに彼女は鉄殻衣で完全武装している。

 少々思うところはあるが、この状態のメイズの頼もしさは身をもって知っていた。


「近い?」

『ああ。盛り上がり方からして西に向かったな。途中で途切れているが、進めばいずれ見つかるだろう』

「オッケー。ここからはゴーズはネイロちゃんと車で待機ね」

「りょーかい」


 前回に続いての留守番だ。

 ゴーズもそれなりの鉄狩りとはいえ、手持ちの火器では威力が足りないし、一撃が死に直結する。


『何かあれば発煙筒で知らせる』


 雪の盛り上がった跡は小高い丘の方に続いていた。

 雪が積もってなければ荒れた地面があるだけの殺風景な場所だ。


 かすかに揺れを感じて立ち止まる。

 メイズに手のひらを開いて見せ、ハンドサインの合図を送った。彼女も動きを止める。


 また揺れた。

 今度は先ほどより大きい。

 私たちは揺れの震源へと静かに向かった。


 マインワームは目が見えない。その代わりに振動を頼りに周囲の様子や生き物などを感知する。


 つまり、故意に大きな音を出せばそこに引き寄せることができるのだ。

 私は離れた場所に爆竹を投げた。


 大きな音と光。

 そして、地面から龍が昇るようにそれは現れた。

 鋼の鱗、その内側の蛇腹、地面ごと爆竹を飲み込む巨大な口。見上げるような大きさのそれ。そのマインワームは化け物と呼ぶに相応しい。

 狩るには少々手間がかかりそうだな。


 私が巨体に飛び付く。

 同時にメイズの丸ノコが勢いよく回転し、胴体を切り裂く。

 鋭い回転音は強靭な鱗とぶつかることでより強烈な音を立てる。


 一見、派手な攻撃だが、これは囮に過ぎない。

 本命は私だ。光爪プラズマクローを突き立てて頭の方へとよじ登る。


 すべての鉄獣は電脳から出される信号によって体を動かしている。つまり、ここを破壊してしまえばどんな強力な鉄獣であろうが死に至る。

 体がでかいのと表皮が固いのをクリアさえすれば他の鉄獣と変わらない。

 まあマインワームの頭はドリルとして地面を掘るために尋常じゃないくらい硬く作られているので、隙間を探して腕をねじ込まなければならんのだがな。


 私の苦悩を知ってか知らずか、マインワームは暴れ狂った。

 メイズを押し潰そうと地面を転がり、私を振り払おうと体をよじる。手負いなのか、それとも飢餓のせいか。聞いた通り、巨体にも関わらず、動きは素早い。


 あまりの負荷に爪が、腕が、脚が悲鳴をあげる。

 もうしがみついていられない。

 私は一度目の挑戦を断念せねばならなかった。


 敵から離れ、ハンドサインを出す。

 丸ノコの音が止まる。

 目の前には獲物を見失い、ただ無作為に暴れるだけのマインワームがいた。


 再び、爆竹を取り出し、構える。


 ようはこういうことだ。

 音でしか索敵できないのをいいことに爆竹で釣って、食いついた隙を削る。あわよくば一息に電脳を仕留める。危なくなったら引く。

 あまりのも単純だが、その単純な策とも言えないような手にも引っ掛かるのが鉄獣だ。

 ククク、己の愚かさを恨むがいい。


 爆竹が炸裂し、マインワームがそちらを振り向く。

 そして、口を大きく開いた。

 嫌な予感がした。


 口の中いっぱいに赤い光が広がり、光は白く収縮して一直線に爆竹へと向かって吐き出された。

 辺り一面が真っ白に染まる。瞬時に雪が蒸発して水蒸気になったのだと少し遅れて気づいた。

 霧が晴れた後には雪はなく、えぐれた地面が露出している。


「今のビーム、何? マインワームってそういう鉄獣なの?」


 メイズが少し震えた小さな声でささやく。

 私は力なく首を振った。

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