第14話

 通常、マインワームは口から光線を吐かない。

 元々数センチの生き物にそんな機能は備わってないし、できたところで大した威力にはならないだろう。鉄獣だってエネルギーの保存の法則くらい守る。その上、指向性エネルギー兵器としても威力が高すぎる。ただ振動や光を浴びせただけではこうはならない。


 どうすればただの鉄獣があのような攻撃を可能にするのか。

 記憶をたぐり、ひとつの仮説を導き出す。


 赫石かくせきと呼ばれる稀少な鉱石がある。

 血のように赤く、光沢のある金属だ。とても大きなエネルギーを秘めた物質で、親指サイズのそれひとつで小さな都市の電力を十年は賄えるとまで言われている。


 この赫石は人間が手にすれば単にエネルギー資源として使われるが、鉄獣が口にすると変わった現象を引き起こす。

 鉄獣を大きく変異させるのだ。

 四足の鉄獣が六足で走り、羽のない鉄獣が空を飛び、弱肉強食の下克上をも可能にする。その変異に規則性はなく、鉄獣に何をもたらすかも予測できない。


 奴が光線を吐き出すとき、一瞬見えた喉元の赤い光。

 あれは赫石の光だったのではないだろうか。


 そう考えてみればいろいろなことにもつじつまが合う。

 マインワームにしては巨大に成長したのは赫石そのものの力、そして、それから得た天敵を倒せる光線があったからと言うわけだ。


 ここにいる理由だけは依然としてわからんが、赫石の影響と考えればあり得ない話ではない。赫石の持つエネルギーはそれだけ巨大で未知数の影響力を持つ。


「戻ろう。あれは危険過ぎるわ」


 メイズの声は低く険しい。

 確かに鉄殻衣であってもあの攻撃を喰らえば内側まで貫通してしまうだろう。彼女の言う通り、あれを相手にするのは一筋縄ではいかない。


 しかし、私は四本の指を立てて作戦を示した。

 撤退はしない。

 ここで決着をつける。

 それがこのサインの意味だ。


「一度、戻って対策を練り直すべきよ」


 理由はある。

 しかし、端末を手放してしまっているために言葉で答えられないことがもどかしい。


 私は説得より行動で示すことを選んだ。

 爆竹をひとつかみ放り投げ、そちらにマインワームの頭が向いたと同時に地を蹴った。


 奴は光線を吐かなかった。

 連発はできないか。

 あの熱量だ。当然だろう。


 鱗の隙間に爪を突き立て、登っていく。

 先程と同じようにマインワームは体を揺らすが私は振り落とされなかった。

 ざく、ざく、と巨大な口元に近づいていく。


 やはり、消耗している。

 光線を撃った後の様子からそうではないかと思った。


 鉄獣にも体力はある。傷の回復には体力を使うし、運動にも攻撃にもエネルギーは消費される。

 私自身もそう感じている。


 いくら赫石かくせきを持っているとはいえ、あれだけ巨大で燃費の悪そうなマインワームだ。エネルギーが足りたとしても内臓がその負荷に耐えられない。

 光線など撃つべきではなかったのだ。

 今までの敵はそれで逃げたかもしれないが、私はもう貴様に打つ手がないことを見抜いているぞ。


 疲れた敵を前に撤退など愚策!

 二回目でまたあの光線を相手にする方が御免被る。


 直立するマインワームの頂上に手をかけた。

 喉元を切り裂き、真っ赤な赫石を引っこ抜く。泥のように濁った油が吹き出し、穴を開けた場所から金属を擦り合わせたような甲高い音がした。


 間もなく、マインワームは重力にしたがってその巨大な体を雪の上に投げ出した。

 もう本来の動力源程度では動くことはできない。

 いや、よく見れば、すでに絶命している。


「まさか、本当に倒しちゃうなんて。あのビームは最後の切り札だったのね」


 メイズが感心した風に頷いた。

 そして、懐から取り出した発煙筒を起動し、青い色の煙が上がる。

 これですぐにゴーズがやってくるだろう。

 流石にこのサイズの鉄獣を一度に運ぶのは無理だし、解体屋を呼んだ方が手っ取り早いかもしれん。


 私は握った赫石かくせきを見た。

 油を滴らせ、赤黒く輝いている。握り拳より少し小さいくらいか。これでも赫石の中では大きい方になる。


 見ているとふつふつと込み上げてくる感情があった。

 好奇心だ。


 赫石かくせきを口にした鉄獣は変異する。

 報告例は少ない。赫石がなかなか採掘されない稀少な鉱石だからだ。それに危険も伴う。

 いくつか変異の過程を調べた論文があったが、それに使われた赫石が小さかった。このサイズであればより強力な変化を引き起こすだろう。エカも素体としては悪くない。


 赫石を食べた鉄獣はある種の選択を経て能力を得ているのか、無作為に変異していくのか、あるいはもっと他の要因が影響しているのか。

 ずっと知りたいと思っていたのだ。


 今、私はその答えに最も近い場所にいる。


「あ、何食べてるの!」


 メイズが叫んだ。

 エネルギー資源として重宝される赫石は金になる。しかも、この大きさ。ちゃんとした値段で取引されれば西の立地のいい都市に豪邸が立つ。

 それを口にしたのだから慌てるのも当然だ。

 だが、好奇心は抑えられなかった。


 吐き出させられる前に一息で飲み込んだ。

 すぐに腹の辺りから熱が沸き上がってくる。その熱は体全体へと広がり、怪我の治療のときよりもずっと熱く、燃え盛るような感覚を覚えた。


「オオ、オオオオオオオっ!」


 立っていられない。

 膝をつく。その部分の雪がすぐに溶ける。

 気づけば全身から湯気が立ち上っている。


「なんですか、あれ」


 小娘の声がする。

 ゴーズが到着したのか。


「鉄獣の体から取り出した石みたいなのを食べたらああなっちゃったの。赫石っていう珍しい鉱石なんだけど。大丈夫かしら」

「あのおじさん、なんでも食べますからね」

「喉に詰まらせたってだけじゃこうはならねえよなあ」


 かすむ視界の中でこちらを見下ろす小娘が呆れているのがわかる。


 もう体は動かなかった。

 意識が混濁する。考えがまとまらない。

 そして、私は気を失った。映像を回しておけば良かったと後悔するも後の祭りだった。



 ◇



 目覚める。

 いつもは仰向けに寝ているのに、このときの私はうつ伏せで寝かされていた。

 廃墟の中のようだし、おそらくメイズが運んだのだろう。


 マインワームと戦ったときの傷はすでに直っている。むしろより大きく頑丈になっているような気さえする。


 ごろり、と転がって違和感があるのに気づく。

 尻尾が生えていた。

 おかしい。

 エカには元々尻尾はなかったはずだ。


 それはまるで小さなマインワームをくっつけたようで、細くしなやかで、尻尾の先端が開閉するようになっている。長さは一メートルほどもある。

 赫石かくせきによる変化だろうか。

 少し動くか確かめ、軽い気持ちで力を込めた。


 光線が発射された。

 それは天井をぶち抜いて空の彼方へと消える。


 なんだこれ。

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