第15話

 天井を見上げているとメイズがやってきた。


「何やってるのよ、ガウさん」


 彼女は鉄殻衣を着ていたが、記憶にあったものよりもだいぶ綺麗になっている。

 私が意識を失う直前はもっと薄汚れていたはずだ。

 つまり、私はだいぶ長い時間寝ていたと考えられる。


「何かすごい大きな音がしたけど」

『尻尾が生えてな』

「はあ」

『ワームに似ているだろう?』

「ええ」

『ここから光線が出る』

「そう?」


 あまりピンとこない顔をしている。

 私はもう一度光線を射ってみた。

 昔、こんな感じの兵器を見た記憶があるな。なんだったか。

 なんとかブラスターとかそんな感じだったが、うーん、思い出せん。


 先程は驚きが勝っていたせいでわからなかったが、体からごっそり力が抜けた気がする。エネルギーの消耗が激しいというのは間違いなさそうだ。体の内側にも負荷がかかっている。連発すると神経に相当するケーブルあたりが焼き切れたりするかもしれん。

 これでも軽く力を入れただけで、マインワームの光線よりだいぶ威力は低いのだがな。


「知らなかったんだけど、鉄獣って食べた相手を吸収できるの?」


 やっと正気を取り戻したメイズが問うた。


『そういう個体がいた記録はある。今の私よりもずっと大きく凶悪な鉄獣だった。手当たり次第に動物や鉄獣を襲い、一か月で体長を五倍にも増やした。たくさんの鉄獣をくっつけたキメラのようだと言われていた。あれも特別大きな赫石を持っていたから、その影響と見るのが妥当だろう』

「あの食べちゃったやつ」

『食べちゃったやつだ』


 赫石はそれを口にした鉄獣の遺伝子的なものが記録されているという仮説はどうだろう。それが宿主を変えるごとに他種の能力を鉄獣に与えるのだ。

 検証したいところだが、あまりにもサンプルが少ない。

 これはまた余裕ができたらだな。


 光線も検証をしたいが、こっちは私のエネルギーが足りていない。

 具体的に言うと腹が空いた。鉄と油が必要だ。

 早速、グラスハウンドの残骸で食事の時間にする。


「あなた、丸一日寝てたのよ」

『道理で腹が空くわけだな』


 マインワームの方だが、すでに解体屋は現地に到着していて、小分けにした死骸を地下農場に運び込んでいる最中らしい。手際がいいとメイズも褒めていた。

 ゴーズと小娘はそちらに付き合っており、メイズはわざわざ私が起きるのを待っていたそうだ。


『私を連れ帰ろうとは思わなかったのか』

「いや、だって、あなたよくわからないし? いきなり暴走とかしそうな雰囲気だったんだもの。マインワームみたいになっちゃうかもって」

『面白い仮説だ』


 赫石が鉄獣の遺伝子を記録するなら後で食べた側が先の個体の遺伝子に負けて体のほとんどを書き換えられる可能性だってあるわけだ。

 だが、メイズが今言っているのは精神面の話だろう。

 赫石を得て狂暴化した鉄獣の例はいくつも報告されていた。


『今のところ、内面は変わったように感じないな。それよりこの尻尾だ。使いようによってはいい武器になる。それなりに強くなったのではないか』

「あんまり使わない方がいいと思うけどね」

『何故だ?』

「取り外しできない武器にしては強力すぎるのよ」

『なるほど』

「鉄狩りだって都市じゃあんまりいい顔されてないわ。ガウさんはただでさえ体が鉄獣で一般人から見たら危険なのに、そんな兵器まで持ってたら……」


 あまり言いたくないような言葉を連想したのか、メイズはその後を濁した。

 最後まで言われずとも差別的な扱いを受けるであろうことはわかる。こんな危険なものを常時持ち歩いている奴など都市に入れたくはないだろう。

 一般人視点の意見は非常に参考になるな。


「それにあんまり強さを過信しない方がいいわね」

『過信?』


 メイズがヘルムを手に取る。


「食後の運動に少し組み手でもしましょうか」



 ◇



 両手の丸ノコを外して雪の上に突き立てた。

 彼女は鉄殻衣の身体能力だけで私と取っ組み合いをするという。


「武器はなしね。すっ転ばしたら勝ち。そうね、ガウさんは私の動きを止めたところに尻尾の先を突きつけても勝ちでいいわよ」

『少し私に有利すぎないか』

「やってみりゃわかるわよ」


 私と鉄殻衣を付けたメイズの身体能力にそれほど差がない。肉体の強度やスタミナでメイズの方が多少不利ではあるが、勝利条件を私有利にしたということは勝算があるということだ。

 言うだけのものを見せて貰うとしよう。


 早速、私はにじり寄って腕を振るった。

 渾身の右ストレートだ。メイズはそれを軽い力でいなしてカウンターに一撃を返す。悪くない攻撃だが私を倒すには生ぬるい。


 次にメイズは右手を振りかぶった。

 私がやったのと同じ右ストレートの構えだ。

 カウンターのときとは違う体重の乗った攻撃に両手を盾にして身構える。

 しかし、やって来たのは足払いだった。メイズはその足払いの勢いのまま回転し、軸足の支えを失った私の腹に痛烈な回り蹴りを叩き込んだ。

 吹っ飛ばされた体が雪の上を転がった。

 負けだ。


 その後、五回やっても私は勝てなかった。


「技術と経験が足りないのよ」


 メイズが初心者に諭すような調子で言う。


「あなたと最初に戦った時、違和感はあったけど普通の鉄獣だと思ったの。それはあなたが人間らしい戦い方をまるでしていなかったから。あなたは体は頑丈だし力もあるけど、鉄狩りの相手はそんなのばっかりよ。ちょっと腕に覚えがあれば対処できるわ。私は負けちゃったけどね」

『装備があれば負けていたのは私だ。気にすることではない』

「いつも万全で戦えるとは限らないのよねえ」


 メイズと私では根本的に動きが違う。

 おそらく他の鉄狩りと比べても私の動きは稚拙そのものだろう。

 人生のうちでかけた時間が違うのだから、どうしても私には分が悪い。奇策か相手がこちらを見極める前に勝負を仕掛けなければ勝機はなく、この場ではどちらも使えない。


 昔、タロに稽古をつけて貰ったときのことを思い出す。

 あのときはもっとひどかった。


(動くときにまず考えるな。その考える時間が戦闘中は致命的な隙になる。いい鉄狩りっていうのは考えるより先に動かなきゃいけない。だから、訓練で動きを体に染み込ませるんだ)


 あのときほど真剣なタロは記憶になかった。

 元々鉄狩りになるつもりはなかったが、その思いは一層強くなり、私は凍土狩場を出た。


『これに関しては才能も足りないな』


 メイズが構えた。


「体が覚えるまで練習すればマシにはなるわよ」

『皆、同じようなことを言う』


 その後、私は十数回ほども転がされた。

 強くなって損はない。少なくとも転がされる回数は減る。

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