第10話

 早朝、仕掛けた罠を見に、トレーラーを抜け出した。

 廃墟の外に仕掛けられた罠には数匹のワレムシが死骸となって収まっている。


 私とワレムシの戦いの歴史は子供の頃に遡る。


 当時の凍土狩場はまだ凍土狩場とは呼ばれておらず、新旧の廃墟が密集して残されていた。


 この場所は過去に一度都市を作る計画が立ち上がり、そして、失敗した。

 寒さに晒され、産業は芽吹かず、企業の撤退し、都市連合は認可を取り消した。近くに鉱脈があったらしいが、採算が取れずに閉鎖されている。

 多くの人は逃げ出して、残ったのは出ていくための金も当てもないあぶれ者ばかり。まともな都市に住むための税金が払えなくなった食い詰め者や身寄りのない孤児、あまりいい噂のないアウトロー、あとは一攫千金を目論む鉄狩りどもくらいか。

 元々、開拓のために送り込まれた犯罪者などもいて治安がいい方ではない。


 そんなこの世の終わりみたいな場所が私たちの住んでいた都市だ。


 孤児が生きていくのもそれなりに大変だった。

 まともな仕事から盗みに狩り、いろいろやったが、最も安定したのがワレムシトラップだった。


 ワレムシはひし形の体に六本の足を持つ鉄獣だ。

 大きくなると自重で割れて細かく分裂し、それぞれが新たな個体となる性質を持つため、あまり大きな個体は存在しない。


 奴は電気を食い、断線を引き起こす。

 家電の修理を邪魔された鬱憤もあって、私はなんとか憎きワレムシを駆逐できないかと考えた。


 観察と実験を繰り返しいくつもの装置を食い荒らされ、そして、出来上がったのがこのワレムシ絶対殺すマシーンだ。


 丈夫な箱にバッテリーを取り付け、内側に導線を巡らせる。この状態で通電させると電気の気配におびき寄せられた愚かなワレムシが集まってくるのだが、奴らが食事にありつけることはない。細い導線に塗られた油に滑って箱の底、強い洗剤を溶かした酸の海に落ちてしまうからだ。そこそこ強力な洗剤であればワレムシは、死ぬ。


 放って置くだけで金になるということでこのワレムシトラップは一時的に流行した。

 一時的というのは近隣のワレムシがすべて滅んだからだ。


 もはや憎きひし形の姿を見ることはない。

 と、思っていたのだがな。


 廃墟周辺に仕掛けたトラップには数は少ないがしっかりとワレムシが引っ掛かっている。

 ホクセンではワレムシは絶滅した。

 つまり、よそからやってきた個体だ。


 何かが起こっている。

 一体、何が?



 ◇



「冬のホクセンで鉄獣を見つけるのは難しくはありません。昨日の夜、少し雪が降りましたよね。雪に残った足跡を追って下さい。大きさに対して深い足跡が鉄獣です」


 出立前に小娘がメイズにアドバイスをしていた。

 メイズたちを警戒していたのによくわからん奴である。


 今回の狩りは鉄殻衣を着たメイズと私のふたりだけ。

 残りはトレーラーで留守番だ。流石に怪我人である小娘を連れ回すわけにはいかんからな。


 私とメイズなら歩調も合う。

 深く積もった雪の大地を重たい体でしっかりと踏み固めていく。凍った針葉樹の立ち並ぶ白い森は生き物がどこにも存在しないかのように静かだった。


「ネイロちゃんの言ってたことは合ってるの?」

『ネイロ?』

「あの女の子じゃない。名前覚えてないの?」

『覚える必要ない情報は切り捨てている。脳のリソースは有限だ』


 凍土狩場の縄張りの内側だから、敵対的な鉄獣はほぼ狩りつくされている。

 それでも数が少ないだけでいないわけではない。


『小娘のやり方は正攻法だ』


 もう切断された手の神経は繋がっていた。

 あまりの再生速度に驚いたが、早く治る分には困らない。他の鉄獣ではここまで早く再生しなかったと思うが、うーむ。これも要研究だな。


「正攻法じゃなかったら?」

『適当な動物を殺して死体を野晒しにしておくことだろうな。血の匂いに釣られて集まってくる』

「それじゃ良くないの?」

『制御できんからな。何が来るかわからんし、いつ来るかも計算不能だ。言ってしまえば運任せだな。今は金が必要なのだろう。金にならんもんを狩るつもりはない』

「南の方とは違うのね」


 凍土狩場より南の最前線はまだまだ鉄獣が多い。歩いているだけですぐに血肉を求める鉄獣と遭遇する。敵を選べないかわりに獲物には困らない。その分、リスクも高いが。


「あの子も結構詳しいのね」

『親が鉄狩りだった』

「へえ」


 足跡を見つけた。

 近くには中型鉄獣の死骸がある。

 ホクセンではポピュラーな鉄獣の死骸だった。私もよく知っている。


 複数の足跡から相手はグラスハウンドの群れだと推測する。

 この数では私ひとりでは手に余る。

 が、メイズがいればちょうどいい相手になるだろう。素材としては高くないが群れの半分でも狩れれば金欠は抜け出せるはずだ。


「あの子とはどういう関係なの?」


 思い出したようにメイズが聞いてきた。

 口数の多い奴だ。だが、敵意はもう微塵もないようで仕事と思えばやりやすい。

 もしかすると、友好を示すためなのかもしれない。鉄狩り同士は敵対することは多いからな。


『私の友人があれの父だ』

「聞いてる。死んだんでしょ」

『ああ。都市で、いや、ホクセンで一番の鉄狩りだった。最後まで凍土狩場に残って戦ったのだが、敵の数が多すぎた。何十匹屠ったかもわからん』

「会ってみたかったわね」


 メイズの声のトーンは変わらない。

 なんというか、ドライだ。


「みんな勝手に戦って、勝手に居なくなる」

『困ったものだな』

「どんなに強いって言われても死んだらおしまい。生き残った人間が最強なのよ」


 もしかすると、彼女のチームが解散した本当の理由は……。

 いや、私にはどうでもいいことだ。



 ◇



 しばらくして洞穴を見つけた。

 お喋りだったメイズも口をつぐむ。

 遠くから様子を見ていると何匹かのグラスハウンドが洞穴に入っていった。


 こちらを見てメイズが頷いた。私も頷いた。

 すぐさま飛び出して最初の一匹を狩った。

 地面に擦れた回転刃が雪を巻き上げて視界を白く染め上げた。その白を突き抜けて唸りが胴体を真っ二つに切断する。

 メイズは次から次へとグラスハウンドを両手の丸ノコで撫でていった。


 素早く動く鉄獣に重量のある武器を自在に操って狩っているのはなかなかに壮観だ。腕がいいとは思っていたが、第三者として見ると恐ろしさすら覚える。

 装備が欠けていたとはいえ、よく戦って生き残れたものだ。


 私も彼女に加勢し、光爪プラズマクローで戦った。

 洞穴の入り口を封鎖するように立ち回り、中の素材を逃がさないようにした。


 もう逃げ場はないと悟ったグラスハウンドが牙を剥く。

 一瞬の交錯の後、心臓部を切り裂かれ、動力を失った鉄獣が地に伏せた。


 エカは鉄獣の中でも優れた身体能力を持つ。

 データ上は可能でも、今の私が使う限り、腕利きの鉄狩り十人分の成果を出すのは難しい。戦闘技術というのは努力の継続が必要で、私にはその経験がまるでない。

 必要かどうかは別として、強くなるならば修行しなくてはならない。

 最初の試算を証明するにはまだ時間がかかる。


 数分後、洞穴に動くものはなかった。

 私たちは十五匹のグラスハウンドを狩った。

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