第9話
トレーラーの内部は住環境が良い。
エリアを三つに区切ったとするなら、前方が寝室、後方が整備室、その間が鉄殻衣や素材の置き場といったところか。これ一台で鉄狩りの生活が完結するだろう。
私としても実に理想的な生活空間といえる。
特にベッドがあるのがいい。文化的な生活を予感させる。
私の体は鉄獣となり、温度を感じにくくなってはいるが、こうして暖かそうなものを見ると人間だった頃の記憶が蘇る。
ホクセン地方はどこも寒い。
だから、暖かそうな場所には安らぎを抱く。
今は寝袋すらなくても風邪を引かないというのに不思議なものだ。
今日は日も暮れてしまったため、この戦った廃墟に泊まる。
そのため鉄狩りふたりは小型鉄獣除けの道具を設置している。これをしないとトレーラーが鉄獣どもにかじられてしまうからな。
小娘は食事の準備をしているので現在、私ひとりがトレーラーの中にいるわけだが、あのふたりは危機感というものがないのかちょっと心配になる。小娘が少し説得しただけで人間が鉄獣になったことを受け入れていたし、あまり深く物事を考えない性質なのかもしれない。
ともかく、私は手の治療をすることにした。
治療といっても難しいことはない。手が手首から外れないように固定するだけだ。
溶けやすい金属板を噛ませて切断した部分を繋ぐように溶接する。
かつて読んだ鉄獣治療の論文を思い出す。
動物と同じように鉄獣にも治癒能力が備わっている。
種によっては腕一本丸々失うような大怪我であっても自己再生することが可能だ。
私の場合は手首は残っているし、切断面も綺麗だ。神経が繋がっていないのですぐには動かないが、一週間もすれば元のように動かせるようになるだろう。
鉄獣の体が徐々に治っていくというのは一体どんな感覚だろう。
楽しみである。
「おじさん」
はみ出た部分を熱切断ナイフで削っていると小娘がやってきた。
体調は幾分マシになったように見える。
だが、機嫌は悪そうだ。眉間に皺が寄っている。
「どうしてあのふたりを助けるなんて言ったんですか?」
答えるのも面倒な質問であったが、作業も一段落していたので端末を取る。
『私が助けるなどと言ったか?』
「とぼけないで。狩りを教えるって言いました」
『それか。困っている人を助けるのは当然のことだろう』
「信じられません」
善意で説明が付くことは善意ということにしていおいた方が上手くいくと知人から聞いたことがある。実際、かの御仁は上手いこと誤魔化せていた。
だが、私が使うとどういうわけか上手くいかない。
今回もそうだ。
『私たちは移動手段が得られるし、護衛も手に入る。メリットも十分ある話だ』
「違います」
『事実だが』
「意味が違うんです。人を売ろうとしたり、襲ってきたりした相手と仲間になろうと思えるのが信じられないと言ってるんです。いつ裏切られるかわからないんですよ」
『怖いのか?』
「……怖くなんか、ありませんけど」
小娘がトカゲを持つ手に力がこもる。
『なら、良いではないか。どうせ金に困っている奴らだ。稼げる間は私たちに敵意は向かん。それとだな、これは奴らには言わんでいいことだが、鉄獣の生態調査がしたいと思ってな。夜襲、いや、凍土事変とでも名付けようか。鉄獣の生態が凍土事変の前後でどう変わっているか。あるいは変わっていないのか。それを調べることで何が起きたか見えてくる。ひとりでやるには手間だろう?』
遠くから観察だけで済めばいいが、戦闘になっては私ひとりでは心もとない。
逃げるにしても足の速い鉄獣は潰しておく必要がある。
メイズとの戦闘でも痛感したが、エカにも限度はある。凍土狩場から消えた集団が相手であれば戦力は多いに越したことはない。私が鉄獣だから見逃してくれたりするなら楽なのだが、普通の鉄獣は群れ以外の鉄獣には好戦的なのが通例だ。
ふとトレーラーに入ってきた小型鉄獣を見つけた。
親指ほどの大きさでカナブンやカブトムシのメスに似ている。毒はなく、甲羅が固い以外は個性のない鉄獣だ。羽はあるが重いため虫と違ってあまり飛べない。
それはつまみ上げ、首を捻って息の根を止めた。
「もしかして、戦力を集めて復讐でもするつもりですか?」
『再発防止の観点からの調査だが』
死んだ鉄獣を見ていると食欲が湧いてきた。鉄獣も体を動かすと腹が空くようだ。怪我を治すのには食事は大事だし、これの味も気になる。
ひょいと口の中に放り込む。
食感は悪くないな。
小娘が自身の体を抱いて、信じられないものを見る目をしていた。
「頭がおかしくなりそう」
私が復讐に興味のある人間に見えたのだろうか。
そんなものをしたところで死んだ人間は帰って来ない。非合理的だ。
「……父さんのことは悲しくないんですか?」
『タロが満足してるなら良い。お前を生かし、多くの住民を逃がした。奴が望めば逃げることなど簡単だったろう。そうしなかったのは奴の意志だ。私はそれを尊重しよう。どのみち人はいつか死ぬし、誰かの犠牲なしには生きられないものだ』
「あなたは鉄獣になって人間らしい感情をすべてなくしてしまったんですね」
『自分では感情豊かな方だと思っているんだがな』
小娘はトレーラーの出口を目指す。
そして、背を向けたまま立ち止まった。
「でも、おじさんが助けてくれたことにはお礼を言います」
『うむ。もっと実のあるもので恩を返すように』
「そういうところです」
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