第8話

「どういうつもりかしら、ネイロちゃん?」

「その鉄獣は私の知り合いです」


 私の前に立った小娘は両手を広げてそう言った。


「あなたには言いたいことはいろいろあるのだけど、とりあえずひとつだけ。鉄獣はすぐに人間と仲良くなれるような生易しい生き物じゃないわ」


 鉄狩りの女はまだ警戒を解かない。

 いつこちらが動き出してもいいように身構えている。


「本当です。おじさん」


 小娘が手招きしている。

 隙を見せたくないのだが、戦闘を回避できる可能性があるのなら試してみる価値はある。相手もすぐにどうこうしようという気配はないしな。


 近づくと彼女は手のひらを突き出した。

 意図が読めない。何を要求しているのだろうと首をかしげる。


「……お手、です」


 小娘が更に手のひらを突き出す。

 考えたな。私の人間としての尊厳を犠牲にして家畜に見せかけることで無益な争いを終わらせようというのだろう。命に比べれば尊厳など安いものだ。


 その手に私の手を重ねる。切断された方の手だ。

 重かったのか、すぐに落とした。

 睨まれた。


 逆の手を置く。


「おすわり」


 座る。


「この通り、危険な鉄獣じゃありません」

「でも、一度言うことを聞かなかったわよね?」

「実を言うとおじさんは元々人間だったんですけど、実験に失敗してこんな姿になってしまったんです。私を助け……てくれたりはあんまりしてないような気はしますし、ちょっと変わったところもある人ですが、理性はあると思います」

「実験失敗って」

「本当に人間なの?」

「自信は持てませんけど、本人がそう言ってるので……」


 こいつ、普通に喋るのな。

 人見知りではなかったのか。

 逃げていたから敵かと思っていたが今は友好的に会話しているし、よくわからん関係だ。

 あと私は実験に失敗してない。


「おじさん、こっちの女の人はメイズさんであっちの男の人はゴーズさん。姉弟です。助けて貰ったお礼が払えない私を変な店に売り飛ばそうとした人たち」


 人身売買。

 うーむ、模範的な辺境の鉄狩り。


「ちょっとちょっと。それは弟の勝手に言ってたアイディアで私は賛成なんかしてないわよ。こんなかわいい娘を売るわけないでしょ」

「俺だって冗談で言っただけで本気じゃねえよ」

「でも、お金に困ってるんですよね」

「それはね。そう」


 メイズの声には実感がこもっている。

 本当に貧乏なんだろう。


 小娘が私の後ろに隠れた。

 身の危険を感じるのもわからんでもない。

 口ではやらないと言っていても余裕がなくなれば魔が差すものだ。


 ともかく、これで戦闘する理由はなくなった。

 金が必要なら私の財布から出してやればいい。


 いや、それよりももっと良い手がある。

 こいつらの境遇を上手く利用すれば私の手足にすることもできる。メイズの実力はなかなかのものだし、移動に便利な大型車両もある。これらを便利に使えるのならホクセンで何が起こっているか、調査するのに役立つかもしれない。


 会話に参加できないのも不便なので、私は荷物を取りに一度廃墟を出た。



 ◇



 このふたりは最前線から流れてきた鉄狩りらしい。


 元々はそこそこ名の通ったチームを組んで活動していたが、先日、主力メンバーが引退するのをきっかけにチームが解散することになった。

 最前線で活躍するチームだけあって金だけはあのでメンバーの多くはその金を元手に東側の都市に住むことを選び、商店か何かを始めたらしい。最前線で鉄狩りを続けるというのは過酷で、ひとつ間違えば命を落とす。やめていった連中はその危険性を理解していたのだろう。


 こうして解散後も鉄狩りを続けているのはこの姉弟ふたりだけになった。

 少人数にも関わらず、大型のトレーラーのや性能の高い鉄殻衣、潤沢な整備機器など高価な備品があったのはかつてのチームから引き継いだからだ。

 ただ、誤算だったのはメイズは生粋の戦闘員で、ゴーズはただの使い走りだったということ。


「依頼交渉とか情報の集め方は人任せだったから全然わからなかったのよ。本当なら最前線でやっていける人数でもないし。いろいろ回ったけど、あんまり上手くいかなくて……とりあえず、鉄獣の少ないところに行って目についたのを狩ってればなんとかなるかなって」

「凍土狩場にはたまに少数で鉄狩りをやりたいってチームは来ますね。実力さえ確かなら仕事を回して貰うこともできると思います」

『今は人ひとりおらんのだがな』


 端末に文字を打ち込み、電子音声で喋らせる。

 片手になってしまったから打ちにくい。


「襲撃で壊滅したんだってな」

「せっかく来たのにこれじゃ無駄足よね」

『ここに来るまでの都市で話を聞かなかったのか?』

「そういうのはよくわかんなくてぇ」

「その辺はエマーさんに全部頼りきりだったんだよなあ。姉貴に付いてきたら絶対に儲かるっていうのに、お前らに付き合ってると命がいくつあっても足りん、なんて言われてさあ」

「ね? 私って最強なのにね」

「ああ、姉貴は世界一だぜ!」


 なんという調子のいい楽天家どもだ。

 鉄狩りはただ強ければ続けられるものではない。だというのに、こやつらは情報収集能力や金策に関するノウハウが欠如している。


 たとえば、大型トレーラーを活かすなら凍土狩場を選ぶのはあり得ない選択肢だ。あそこはホクセンでも特に寒い地域。そこから西に進むほど寒さは増して、道らしい道もなく、除雪すらされていない。この時期であれば雪上車が必要になる。


 おそらく、以前所属していたチームでは分業が上手く機能していたのだ。

 大きなチームには事務や経理の専任メンバーがいるものだ。戦闘面でも近接特化のメイズを活かすためのサポートメンバー、斥候や工兵なんかもいたかもしれない。大手という話が本当であるならさぞ優秀な人材が集まっていたのであろう。


 そして、残ったのがその優秀な人材たちが匙を投げるくらいの問題児。

 いくら強くとも強いだけで飯は食えない。

 このままなら破滅だな。


「そちらの事情はわかりました。私の荷物も戻ってきたので助けてくれた分のお金はお支払いします。勘違いでしたし、それで終わりにしましょう」


 物怖じした様子もなく小娘が言った。


 私の戦闘力を当てにできると思っているのか、だいぶ精神状態が安定したな。

 あるいは、さらわれたことで一種のショック療法が上手くいった形か。自分の命が危ないときにいつまでも死んだ人間のことなど考えていられないからな。


『謝礼金など払う必要はない』

「ま、必要ない事故だったものねえ」

『代わりに私がホクセンでの狩りを手伝ってやろう』


 小娘は驚いて、私の顔をマジマジと見た。

 そんなに見られてもエカの顔から感情なんか読み取れないだろうに。


『その代わりに足を貸せ。機材を使わせろ。場合によっては力も必要だ。それで避難民のところに着くまでの間、場合によってはそれ以上の期間は協力してやる』

「……本当に狩れるの?」


 メイズが疑いの眼差しを向ける。


『私は確かに鉄狩りではない。だが、研究者だ。ここらの鉄獣の生態や生息地に関する知識において私の右に出る者はおらん。この一面の雪原を見て見ろ。他の場所と同じやり方で狩りを続けて、ここ、ホクセンでは上手くと思うか? 金欠で死ぬぞ』


 鉄狩りふたりは顔を見合わせて何やら囁き合っていた。

 しばらくして、私の提案に結論を出した。

 賛成だった。

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