第7話

 さて、小娘がさらわれたわけだが、どうすべきか。


 正直面倒になっていたところもあるし、鉄狩りたちの善性を信じて見送るという手もある。

 だが、鉄狩りというのは考えるよりも先に手が出る暴力的な人種だ。そんな奴らに若い女を渡せばどうなるかなど火を見るよりも明らか。

 一応、あんな反抗期真っ盛りの小娘でもタロの子供だ。

 経過観察くらいはしてやるとしよう。


 こぼれた荷物を拾い、鉄狩りたちが消えた方を進む。

 怪我した子供に速度を会わせる必要もないので走ることにする。軽く走ったつもりでも人間のときとは比較にならない速度が出る。時速でいうと六十キロはあるだろう。これで疲れも感じないのだから鉄獣とは素晴らしいものだな。


 少し行ったところで大型車両の轍を発見した。雪の上に残っていることから極最近できたもので間違いなく、先程の鉄狩りの残したものである可能性が高い。

 轍を追う。


 大きな廃墟があった。

 広さがあり、高さがあり、かつてはデザインにも力を入れていたのであろう前衛的な形をしている。おそらく元は娯楽施設か商業施設だな。今となっては骨だけになった化石のようなものだが、かつての面影を感じられるくらいには原型を留めている。


 轍はその中へと続いている。

 直接都市を目指さなかったのは彼らがここを狩りの拠点としていたからか。


 こういうとき、素直に正面から入っていくのは愚か者のすること。

 慎重な鉄狩りはどんなときにも油断しない。罠のひとつやふたつは準備しているだろうし、最低でも警報装置くらいは設置している。仲間だって大勢いるかもしれん。


 都市の外で活動する鉄狩りの敵は鉄獣だけではない。人間も敵となる可能性がある。

 だから、厳重に守りを固めているはずだ。


 もちろん、丸ノコの鉄狩りも油断できない。

 とりあえずは見つからないように潜入し、中を確認すべきだろう。


 考えをまとめた私は荷物を雪の中に隠し、壁をつたって天井付近の窓から中に入った。窓とはいってもすでにそこに嵌まっていたガラスか何かは砕けてなくなっている。入ることは容易だった。


 用心して進むが気配はない。生き物といえば小型の鉄獣がうごめいているくらいだ。それも私の存在を認識すると物陰へと隠れてしまう。


 もしかすると、ここは拠点ではないのだろうか。

 腕利きのようだったし、この廃墟も広い。それなりに大きなチームで動いていると思ったのだが、どうもホクセンの鉄狩りのやり方とは食い違う。

 ふと、この付近にはめぼしい鉄獣はいなかったのを思い出す。

 となると、一時的な休息のためかもしれない。


 吹き抜けを見つけ、そこから下を覗くと大型のトレーラーがあった。

 トレーラーひとつで鉄殻衣も鉄獣の素材も運搬できるほどの大きさがあり、銃眼や装甲を取り付けてカスタマイズされた本格的な仕様だ。

 それ一台だけとはいえ、少人数のチームとは考えにくい。


 彼らは凍土狩場の状況を確認しに来た、いわば斥候のような役割で、あとからここに他の鉄狩りが集まるのかもしれない。都市奪還の布石というわけだ。

 これなら一応、筋は通る。

 しかし、まだ不自然な部分もある。

 斥候であればもっと小さな車両を使うはず。凍土狩場の話を聞いて金目当ての鉄狩りが先走ったという線も否定できん。あるいは逃げ遅れた者の救助か。

 手持ちの情報だと断定は難しい。


 頭を捻っているとトレーラーの後ろが開いた。

 真っ青な顔の小娘が飛び出してくる。


 続いて、丸腰の若い男。


 更に少し遅れて半端に武装した鉄殻衣の女。さきほど戦った相手だ。歳はおそらく二十代半ば。鉄殻衣の隙間から見える筋肉さえなければ本当に鉄狩りか疑うほどの美人だ。

 ヘルムがなく、武器も片腕だけでよほど急いでいたと見える。


 小娘は逃げ出そうとしているらしく、手を伸ばした男にヒフキトカゲの炎で抵抗した。

 ひるませたはいいものの鉄殻衣の足から逃げられるはずもない。


 悪い方の予想が当たったか。

 非常に不本意だが、吹き抜けから飛び降りた。


 リスクはある。

 だが、エカの性能を試すまたとない機会でもある。

 せいぜい死なないように気を付けるとしよう。


 光爪を構えた。


「追いかけてきたの? 変な鉄獣ね」


 鉄狩り女の手には大きな丸ノコ。

 しかし、両手に持っていたはずのそれが今は右手にしかない。


 長い髪が揺れる。

 丸ノコがギュンギュン唸る。

 女が目の前に迫っていた。加速が速い。

 やはり鉄殻衣の性能がいい。


 下からすくい上げるような一撃を寸前でかわし、蹴りを加える。ただの蹴りでもエカの体であれば頭蓋骨を粉砕するだけの威力を持つ。

 女は脛に軽く手を添えるだけで蹴りのエネルギーを受け流した。

 足首をつかみ、今度は力任せに投げ飛ばす。


 私は壁に叩きつけられた。

 再び迫る回転する刃の音から逃れるために必死で体を動かした。


 丸ノコは固い廃墟の壁を火花を上げて削った。

 あんなもの食らえばいくらこの体でも真っ二つだ。


 女は過激に、しかし、冷静に私を追い詰めようと攻撃を重ねる。

 防戦一方で攻撃の隙を見い出せない。

 ただの力業や鉄殻衣の性能に頼りきった戦い方であれば私ももう少し楽ができただろう。だが、彼女は歳のわりに老練で、見た目のわりにしたたかだった。


 これが鉄狩り。

 これが恐怖。

 鉄獣を狩るために技を磨き続けた者の力が、鉄獣となった私に襲いかかる。

 もはや肉体的有利などないに等しい。


 私は覚悟を決めなければならなかった。

 ここまで事態がもつれればどのみち無事では済むまい。


 距離を取っていた私に対して鉄狩りが猛スピードで迫る。横凪ぎの丸ノコを避けたはいいが、彼女が速度を落とすことはなかった。


 結果、私は体当たりを食らって弾けるように転がる。

 瓦礫をいくつも巻き込んでようやく止まる。


 耳元で丸ノコの音。

 私は飛び起きて右腕を攻撃のために振りかぶった。

 爪の先が丸ノコとすれ違い、空を切って、それからぎゃりぎゃりと嫌な音を立てた。

 丸ノコが私の手首を切断する音だ。


 逆の手を振るうが、すぐに女は下がる。

 ギリギリで繋がっていた私の手が重力に負けて地に落ちた。


 女が丸ノコを持ち上げる。

 苦い表情をした。


「やってくれたわね」


 もう刃は回転しなかった。

 先程の攻防でエネルギーを供給するためのケーブルを絶ち切ったのだ。動くわけがない。


 黒鉄重工の鉄殻衣の構造について私はとてもよく知っている。一時期は開発に関わっていたのだからだ当然。少なくとも私が関わった時期より古いモデルは業務上の必要に駆られて覚えてある。


 元々黒鉄重工の鉄殻衣開発部門では品質よりも量産性と見かけ上のコストパフォーマンスに重きを置いている。カタログスペックは高く、値段は安い。

 だが、改善のためにコストのかかる弱点は野放しにしている。


 だから、私は敵の鉄殻衣を観察した。

 どの弱点を持つ機体かを見極めようとした。

 女の鉄殻衣は間接内側で主兵装のためのエネルギーケーブルが露出することがある。曲げた状態では隠れているそれが伸ばすと剥き出しになるのだ。重装甲で攻撃を受け止めるタイプのカスタムをしていればカバーしていただろうが、彼女の鉄殻衣は機動性を重視していた。


 武器のなくなった女と腕一本の私。

 相撲であればまあまあいい勝負になるだろうが、もう女に私に致命傷を与える手段はない。

 身体能力なら私に分がある。


 女が丸ノコを投げ捨てる。

 まだ目は死んでいない。ギラついた視線は闘争心に滾っている。


 だが、この勝負、私が勝つ。

 鉄殻衣があるとはいえ、武装のなくなった相手に後れは取らない。片手はなくともエカの体は全身が凶器のようなもの。ヘルムのない頭部につま先でも叩き込めばそれで終わる。なんなら石でも拾ってぶつけてやるだけでもいい。


 お互い、にらみ合う。

 いつか来るはずの瞬間を待った。


 じりじりとした熱が首の裏あたりを焼くような錯覚。

 ぴくり、と指先が動き、足裏に力がこもった。


 今。


「もうやめて!」


 喉が張り裂けそうな叫び声がした。

 小娘だった。

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