第28話

 トレーラーが揺れる。

 速度は全開まで上げているが、そのせいだけではない。横から叩きつけるような強風とぶつかる雪のせいだ。加えて路面の悪さも振動に拍車をかけている。


 凍土狩場を出てからすぐに降り始めた雪は次第に強くなっていた。

 いずれは走行不可能なほどになってしまうのではないかと思うほどだ。


「これは報酬を上げて貰わないと割に合わないわね」


 窓から外を見ていたメイズがつぶやく。


『無理に付いてこなくとも良かったのだぞ』

「こっちはエクシオさんから前金受け取ってるのよ。あなたをずっと監視するようにってね」


 結局、私が姉弟を雇うという話はうやむやになっていた。

 私が金を出してもいいのだが、それでは名目の問題だけだったとしても監視の意味がない。だから、凍土狩場が雇った体でエクシオが身銭を切っている。頭の悪い話だ。


『夜の吹雪を突っ切ろうなど正気の沙汰ではない』

「あなただってひとりで行こうとした癖に」

『私はこの体だ』


 体の前で尻尾を揺らす。

 最初は新しく生えてきた部位に戸惑ったが、これの操作もだいぶ慣れてきた。


『私なら、鉄獣であればどんな場所でも踏破できる。たとえホクセンの凍土であろうとな。しかし、人間には過酷だぞ』

「現地の人でもきついんでしょ。出ていくとき止められたわ」

『わかっていながら向かうのか』

「そういう生き物なのよ」

『貴様はもっと慎重な性格だと思っていた』

「あら。そんな風に見えたかしら」

『大胆な行動に気を取られてしまうが危険な場面になると急に注意深くなるだろう。土壇場に強いタイプなのか、それとも危ないことを意図的にやっているのか。それとも別の理由があるのか』


 メイズは意味深に笑うだけだった。

 鉄狩りの思考はよくわからん。その中でもメイズは特にわかりにくい。

 まさか、わざと自分を窮地に追いやって修行でもしているつもりなのだろうか。


「そろそろ聞かせて貰いましょう」


 大きな石でも踏んだかトレーラーが少し浮いた感覚があった。


「どうして凍土狩場に戻るの? 鉄獣が犯人だとする理由は何?」


 メイズは長話になる覚悟ができているのか、スティックタイプの携帯食を積み上げた。

 そのうちひとつを開封する。一口で半分をほおばった。


『以前、凍土狩場を襲った鉄獣を手引きした者についてふたつの仮説を話したな』

「そうね。三つあるって言ってたけど、ふたつだけだった」

『その三つ目が鉄獣だ』

「以前から考えてたってわけね」

『しかし、鉄獣は計画的な行動を起こせるほど知能は高くない。簡単な道具を使ったり、罠を張ったりはできるがな。凍土狩場でやったような陽動や待ち伏せ、夜間を狙った計画的な襲撃。これを複数種の鉄獣の使役して行うなど人間でも難しいだろう』


 犯人は鉄獣を森に潜ませていた。

 予兆はあった。タロがカクレグモの存在に気付いたように他の鉄狩りも見慣れない鉄獣がいるのは確認していた。だが、私はその先を予見できなかった。


『考えられる可能性はふたつ。赫石を得た個体が独自の能力を得て進化したか、あるいは未知の鉄獣が高い知能を持っていたか、だ』

「どっちなの?」

『どちらもありうる。赫石はもちろん、私が問題なく思考を行っていることからエカと同種であれば鉄獣が人間の域まで到達することは十分に考えられる。これまで発見されてこなかったのは非常に不自然ではあるがな』


 鉄獣の研究に関しては隠されていることも多い。

 というのも、黒鉄とPECの二大企業に情報が吸い上げられて外に出回らないのだ。奴らは情報を制限することで自分に有利な状況を作り上げてきたからな。二大企業同士でなら情報共有はあり得るだろうが、どのみち我々が奴らのデータを覗き見る機会はない。


「ふーん、あり得ないってわけなじゃないのね」

『研究者であろうと、いや、詳しいほど信じる者は少ないだろうがな』

「じゃあ、要塞市場が狙われるっていうのは?」

『要塞市場を出るときに鉄獣の声がした。鉄獣除けを聞いて逃げるものであれば大した脅威ではない。鉄狩りが始末する。しかし、それが凍土狩場を襲った群れのものだとしたら……』

「動機は?」


 私は首を横に振った。

 鉄獣が積極的に人間を襲う理由については他人を納得させられるような説が思い浮かばない。しいて言うのなら、というものはあるが、それは勘からきた思い付きでしかない。思いついた自分でさえどうかと思うような感情的な理由だ。そんなものを他人に話せない。


「聞いてるとそこまで信憑性の高い話には思えないわね」


 積みあがった保存食の包みを丸めてゴミ箱に入れた。

 メイズの感想は的外れなものではなくおおよその人間が抱くものと同じだろう。私が抱いたかすかな違和感を言葉にするのは難しいもので、そのほとんどが経験から来る微妙な差によるものだ。こればかりは常に鉄獣に注目していた人間にしかわからないだろう。


 だが、予測したことを放置したままにしておけなかった。

 もう一度、凍土狩場と同じことが起きたら、私は私を許せなくなる。


「しかも、予想が当たっていればやばい鉄獣の群れが来るわけでしょ」

『戻るか?』

「さあ、どうしようかしら」


 思わせぶりなことを言って唇の端についた食べかすを指で落とす。その堂々とした態度は戻ることなどひとつも考えてなさそうだった。


 ガン、と大きな音がした。トレーラーが止まる。

 前から申し訳なさそうな表情のゴーズが顔を出した。


「雪の下に岩かなんかがあったみたいでぶつけちまった。動かねえから外からどうにかしてくれ」


 外へと出る。

 すっかり日が落ちており、その上、光で照らしても雪しか見えない。よくもまあゴーズは今まで車を走らせることができたものだ。


 すぐ近くには大きな建造物があった。

 トレーラーがぶつかったのは廃墟の残骸のようだった。


 押したり引いたりしても一向に動く気配がなかったのでメイズと協力してトレーラーを廃墟の中に運び込んだ。いかに巨大な車両といえど鉄獣と鉄殻衣の力があればなんとかなるものだ。


「ダメだ。タイヤがいかれてる」


 車両を見て、すぐにゴーズが言った。


 まだ要塞市場までは距離がある。

 私は吹雪をにらみつけた。

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