第20話
気がつくと私は薄暗い部屋の中にいた。
鉄格子のはまった窓から夕焼けが少しだけこぼれている。
体を起こそうにも上手い具合に起き上がれずに寝返りを打つだけに終わる。感触から察するに金属製の鎖でがんじがらめにされているようだ。ガチガチに縛り付けられてあって少しの隙間もない。これでは抜けるのにも苦労しそうだ。
部屋の反対側は小さな窓が付いた扉があるだけ。
客人を招くには簡素すぎる。
まあ、うん。
牢屋だな。
久しぶりだが何度か入ったことがあるからわかる。
「やっと起きたか」
若い鉄狩りの男が数人入ってくる。
そのうちのひとりが私を鉄の棒で殴りつけた。
音はでかいが痛くはない。多少表面がへこむ程度だ。
「てめえが鉄獣を手引きしたんだろ?」
男は冷たい表情で何度も何度も棒を振るう。
「いつも怪しいことばっかりしやがって。今度ばかりは許せねえ」
周りは、止めない。
私は縛られているから動けない。ひたすら殴られ続けるだけ。
やがて、棒の方が先に音を上げ、中ほどから折れてしまった。
「……返せよ」
次に男はこぶしを握り締めた。
手甲をつけているとはいえ、殴りつければ私のボディが勝つだろう。
「俺の家族とダチと、皆を――」
「そこまでにしましょうか」
影が差した。
見上げれば武装したままのエクシオがいた。
「困りますねえ。彼には聞きたいことがあるんですよ」
「聞くまでもないっすよ」
「そうです。こいつの仕業に違いありません」
「彼を痛めつけたところで何も解決はしないでしょう」
「だけど、教官」
「二度は言いたくありません」
エクシオが大股で近づくと若い男たちがさっと離れていった。
どうやら彼らは師弟の関係にあるようだ。
エクシオが後進の教育に力を入れていたのを思い出す。
「小生もあまり気は進まないのですがねえ。一応これでも凍土狩場のためにやらなければならないようでして。本当、お互い面倒なことになりましたねえ」
エクシオはのんびりした調子で私に話しかけながら、鎖を緩めた。
私の端末を握らせる。
「凍土狩場で鉄獣の暴走を引き起こしたのはあなたですね?」
『そうかもしれんし、そうではないかもしれん』
「ほう。言い切らない理由は?」
『私の主観では広い範囲に影響を与えるような実験は行っていなかった。鉄獣を呼び寄せるようなこともだ。だが、実験の過程でそのような現象が起きる可能性を私は否定しない。複数の研究を並行して行っていたし、先行研究がない分野も調査していた。とても低い可能性だとは思うがな』
「小生はイエスかノーを聞いたつもりだったのですが、残念です」
『答えを急ぎすぎるのは良くない』
「他に何か言うことはありますか?」
『夜襲があったときの状況が知りたいから教えろ』
蹴り飛ばされた。
「話が上手く通じないようですねえ」
『正確な情報がなければ正確な答えは出せない。故に現状は保留という選択肢を取るしかないというのがわからないのか、愚か者』
「申し訳ありませんが、あなたには信用というものがないのですよ」
『そして、曖昧なものを偏見で決めつけるのか』
エクシオは近づくと私の頭を握って、目が合う高さまで持ち上げた。
「鉄獣を呼び寄せるデバイスを作ってたことありますよねえ?」
おそらく、ザンカとの件でのことだ。
鉄獣避けが鉄獣を呼び寄せる原因を調べていたので、街の近くでその装置を起動させたことがある。その後も追い払えるかどうかの実験を数度行った。
『元は黒鉄の粗悪品だ』
「子供の頃から小型鉄獣向けの罠なんていうのも造ってましたねえ。あれはどうやって鉄獣をおびき寄せてたんでしょうねえ」
『ワレムシなんか電気を流せば寄ってくる』
「それで皆さん納得してくれますかねえ。ガウは他にもいろいろやってますよねえ。鉄獣を捕まえてきたり、怪しい装置を森に置いてきたり。街の内外で怪しいことをしてると噂になっていますし、皆さんが不気味に思われるのも仕方ないのではないでしょうか」
『その程度のことで私が犯人だと決めつけるのか?』
「その程度、ですか。若い人たちはその程度で済みますが、小生の世代だと、ねえ?」
エクシオが黒光りする大ナタを抜いた。
これが奴のメインウェポンだ。多くの鉄獣をこの分厚い刃で葬ってきた。エカの装甲であってもこれを全力で振るわれてはただでは済まない。
「あなたは裏切り者ですよ」
大ナタの一撃が脇の下の空間に突き立った。
私に人間らしい呼吸ができたなら、それは今の一瞬、止まっていたことだろう。
「凍土狩場を捨てて、栄光都市へと逃げた裏切り者。あなたがいなくなった後、私たちは必死に鉄獣と戦い、たくさんの血を流して平和な都市を手に入れました。すると、あなたは戻ってきた。追放者の汚名と共にね。どの面下げてそんな恥ずかしい真似ができるんでしょうねえ」
何も答えることができなかった。
凍土狩場に留まらなかったのは私に鉄狩りの才能がなかったからだ。
栄光都市を追放されたのは私に社会性が欠けていたからだ。
戻ってきたのは凍土狩場が私の故郷だったからだ。
そして、私たちは対話もないまま今日を迎えた。
ツケが回ってきたのだ。
「また来ます。よく考えておいて下さい」
エクシオが私をつかんでいた手を放す。
若い鉄狩りに向き直る。
「小生は宿舎東端の部屋にいます。何かあったときは伝えに来てください。忙しい身ですので、必ずいるとは限りませんが」
「……了解です」
こつ、こつ、と地面を打つ音が遠ざかる。
私は音が聞こえなくなるまでずっと今の会話の意味を考えていた。
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