第19話

 昔の話だ。

 まだ私もタロも子供だったときの話。


 凍土狩場が凍土狩場になる前、そこには廃墟だけがあった。

 当時の俗称で廃墟拠点と呼ばれるくらいには見るも無残な都市だ。


 私たちが住んでいたのはそこにある廃墟のひとつだった。

 ろくな家具も整っていないが広さだけは十分にあって、親代わりの爺さんと孤児たち八人で暮らしていた。ろくな暮らしではなかったがなんとか生きていくことはできた。


 かつては開拓地として栄えていたと言われるが、私からしてみればそんな戯言は信じられない。

 旧時代の廃墟に色でも塗って余った土地にハリボテを並べただけに決まっている。そうでなければ十年足らずでこんなにも落ちぶれているわけがない。

 開拓のために送り込まれた人間も犯罪者や債務者など、居場所をなくした人間ばかりだったというではないか。我々のような孤児が増えるわけだ。


 私たちは小さな鉄獣を捕まえて売ったり、遠征にやってきた鉄狩りの小間使いのようなことをして日々の食事を得ていた。住む場所としてはクソだったが、鉄狩りの遠征拠点としてはそれなりに優秀だったおかげで私たちが飢えることはなかった。

 隙間風に文句を言っていたのも今になって思えばいい笑い話だ。

 いや、やっぱりクソだ。


 しかし、あるとき、そんな生活に終わりが訪れる。

 ザンカだ。


「この物件は私が買い取った。ガキどもは今すぐに出ていけ」


 ホクセンで商売を始めたザンカは廃墟都市に店でも構えようと思ったのだろう。

 人数だけは多かった鉄狩りのチームのボスに律儀にも金を払って土地を買い取った。そのチームが都市を統治していたわけではなく、土地の所有権が彼にあるわけでもない。ただ、廃墟で一番偉そうにしていたのが奴らだっただけだ。


 鉄狩り相手に商売するつもりなら、そんな奴でも客。

 義理を通さないわけにはいかない。

 浅はかだが悪くない選択だ。


「この家は俺たちのものだ」


 タロが言い返した。

 このとき、一緒に住んでいた唯一の大人は長い留守の途中だった。


「そうだ。ずっと前から住んでたんだ」

「他に行く場所もないのよ」

「バーカバーカ」


 孤児たちも口々に反論する。

 しかし、すでに高い金を払っているザンカがあきらめるわけもない。


「そうか。それは残念だ。荷物くらいはまとめる時間をやろうと思っていたが、仕方ない。お前ら、そこの汚いゴミどもをつまみ出せ」


 ザンカが顎をしゃくって合図をする。

 すると、後ろにいた屈強な傭兵たちが私たちを捕まえては外に放り投げた。逃げ回っていたものもいたが、ひとり、またひとりと投げ飛ばされていく。最後まで抵抗していたタロも四人に囲まれ、ボコボコに殴られた後に道端に転がされた。

 中に置いてあった荷物も次々と運び出されている。

 大人しく出て行ったのは私だけだった。


「ああ、ちくしょう」


 鼻血をぬぐい、タロが立ち上がる。

 外は雪がしんしんと降っていていた。

 薄着で放り出された体に冬の寒さがよく染みた。


 住む場所は失ったが、選ばなければ他にも廃墟はいくらでもある。今まで使っていた場所は状態が良くて広さもあって隙間風が入り込まないから使っていただけだ。


 私たちは遊びで使っていた秘密基地に逃げ込んだ。

 おっさんが戻ってくればなんとかなるだろうと皆、楽観的だった。

 ちびどもが寝静まって私とタロだけが起きていた。


「なあ、ガウ」

「うるさい。読書中だ」

「聞いてくれよ。これから町はどうなると思う?」

「知らん」

「商人がやってくるってことは見込みがあるってことだろ。上手く軌道に乗りゃ話で聞いたような大都市になったりすんのかな」

「無理に決まっているだろ。商人は商売に来ているだけだ。町を変えようなんて考えているはずがない。いつものように道中で襲われて死ぬだけだ」

「そうかあ」


 言葉にしなくてもタロなら知っていたはずだ。

 だが、それでも確認せずにはいられなかったのだ。


「居場所が欲しい」


 ぱち、と炎が弾けた。


「安心して寝られる場所が欲しい。食うものに困らないともっといい。誰にも脅かされず、追い出されず、平和に暮らしたい。どうすればいいと思う?」

「西へ行くしかないだろ。こんな廃墟よりずっといい場所がたくさんある」

「そいつはどうかな。大人たちから聞いた西ってのはあんまりいいもんじゃない。弱い奴は奪われ、すべてを失って最前線へ送られる。どうせここに戻ってくるなら俺はここを変える。西なんかよりずっといい場所にしてみせる」

「不可能だ。鉄獣がいる」


 廃墟拠点は鉄獣に脅かされている。

 過酷な環境と相まってこの脅威を取り除くことは難しい。


「エクシオに鉄狩りのチームに誘われた」


 当時のエクシオは私たちと同年代ながら鉄狩りチームに所属していた。さほど大きなチームではないが、腕は確かだと聞いたことがある。タロも狩りを数回手伝っていた。


「皆で鉄獣を倒せばいい」

「できるのか?」

「俺はやる」


 炎を見つめるタロの瞳には決意があった。


「廃墟拠点だけじゃない。ホクセンから鉄獣を追い出す。大陸で一番平和な場所にする」

「貴様にそれができるなら私は世界平和を実現してやるよ」

「いいね。協力しよう」

「チッ」


 こういうときのこいつは本気だ。

 昔から考えなしにでかいことばかり言って、周りも巻き込んでやらかしておきながら、それなりに結果も出す。都合が良すぎてむかつく奴なのだ。

 私にないものを持っている。

 嫌いだが、使える奴には違いなかった。


 本を閉じる。

 代わりに鞄から一枚の封筒を出した。


「金が必要だな」

「金なんか隠し持ってたのか」

「持ってるわけないだろう。取りに行くのだ」


 封筒の中身は手書きの地図だ。


「前の家の地下に隠し通路がある。この都市は旧時代の都市があった場所だ。こんな仕掛け探せばいくらでもある。入り組んでいるが、ここから入れば物置きに出る。あのくそったれな商人が金目のものを運び込んだ後にでも一度荷物を取りに帰ろうではないか」

「いいね。やり返さなきゃ気が済まなかったんだ」


 それから忍び込むための算段を話し合った。

 出かけている時を調べよう。

 どうやって人数を集めるか。

 盗んだものをどこに置いておくか。


 散々な一日だったが、そのときだけはわずかに楽しかった。

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