第18話

「飯!」

「酒!」

『給油だ』


 街に入ってやることと言えばまず腹ごしらえだ。

 宿はまあなんとかなる。こいつらの場合、トレーラーで寝てもいい。


 そんなわけで我々は個室付きのレストランに入った。鉄狩りどもは飲み食いし、私は持参したバイオエタノールと鉄くずで腹を満たす。

 地下農場では野菜ばかりで物足りなかったのか、山のように盛られた肉が次々にやってくる。

 多少、物価が上がっていたがこいつらには小金と貯蓄を考えない脳がある。


 人間と同じ食事を楽しめなくなったのは体が変わってしまった数少ないデメリットだな。油と金属も悪くはないが、やはり調理された食事には創意工夫がある。土地や文化によって味付けも食べ方も変わるので、そこはかつての旅の楽しみでもあった。


「それで、私たちを呼んだってことは儲け話があるんでしょ?」


 皿の上が粗方片付いた後、口から鳥の骨を生やしたメイズがこちらを見た。

 次の獲物を見つけたとでも言わんばかりの獰猛な目だ。


 彼女たちとの関係は本来であれば小娘を送り届けた段階で終わっている。それでも一緒に要塞市場にやってきたのは彼女の言う通り、思惑があってのこと。


『ああ。貴様らをそれなりの腕の鉄狩りと見込んで仕事を頼みたい』

「凄腕の間違いでしょ?」

『面倒な奴だな』

「凍土狩場だっけ。襲われた都市を奪還するって言ってたな。俺には故郷とかねえからわかんねえけど、やっぱり取り返しに行くのか?」

『そこは本題ではない。私は気になったことは放置しておけないタチでな。何故凍土狩場が滅んだのかを解明したい。そのついでに都市の奪還できれば、する』

「ついでねえ」

「凍土狩場が滅んだのは鉄獣の暴走だと思ってたけど。なんらかの原因で餌がなくなって移動してきた鉄獣が都市を襲った。違うの?」

『そうとは限らない。私はここに来るまでに三つの仮説を立てた』


 ひとつ、指を立てた。


『うちのひとつが貴様の言う鉄獣の集団暴走スタンピード、つまり、西側未開拓地域の生態系が崩れ、鉄獣が無秩序に押し寄せたという説だ。この原因は鉄獣の群れの移住、大規模な災害、環境の変化による特定の鉄獣の極端な増加、あるいは減少』

「それ全部ひとつにまとめんのか」

「案外乱暴ね」

『静粛に。要点は生態系が崩れたという一点だ。ひとつひとつ検証するよりとりあえずまとめて置いておく方が都合がいいのだ』


 襲ってきた鉄獣の構成は中型から大型が中心、私が起きた後にはワレムシをはじめとした小型の鉄獣も確認した。その中にはこの辺りにはいない種も混じっていた。

 彼らのやってきたのは凍土狩場からかなり離れた場所のはずだ。


『これが真実であると証明するには最前線の先に行き、何が起こったかを調べる必要がある』

「行くの? 結構お金かかるわよ?」

『必要ない。この仮説は可能性が低いと考えているからな』

「それはどうしてだ?」

「一番ありそうだと思うけど」

『私が凍土狩場で目覚めたとき、都市を襲った中型以上の鉄獣は一匹残らず姿を消していた。自然発生的な暴走ではこんなことはあり得ない』

「そうとは限らないんじゃない? たとえば……そうね、マインワーム」

「マインワーム? 地下農場の?」

「ええ。あれが鉱山から流れてきて、鉄獣を食い荒らした。それで鉄獣たちは逃げてたんだけど、マインワームだってあの巨体を維持するためにはたくさんの食事が必要よね。だから、彼らはずっと追いかけっこをしてた。どう?」

『面白い説だ』


 メイズが得意げに鼻を鳴らす。


 赫石かくせきを飲み込んだ例のマインワームについては私も気になっていた。

 今回の襲撃と巨大な鉄獣、一見、何か関係がありそうに思える。


『だが、時系列が食い違うな。それに地下農場方面にも鉄獣が流れ込んでいるはずの鉄獣もいるはずだ。しかし、ザンカはそのようなことは一言も言っていなかった』

「……なるほど」

「じゃあ、おっさんは何が原因だと思うんだよ」

『まあ待て。順序だてて説明しているだろう』


 二本目の指を立てる。


『ふたつ目、人間が引き起こしたとする説』


 ふたりは意表を突かれたように目を大きく見開いた。


「できるの?」

『人間には鉄獣を操る技術がある。ザンカとの過去の仕事の話は覚えているか? 鉄獣除けなら貴様らのトレーラーにも装備されているだろう?』

「それとこれとは規模が違うじゃない」

『小規模でできるなら金さえつぎ込めば大規模でも不可能ではあるまい。難しいのは鉄獣をコントロールし、意のままに操ることだ。家畜を追い立てるのとはわけが違う』

「できるのか?」

『既存の技術では無理だ。だが』


 衝撃が体を襲った。

 一瞬にして天地が入れ替わり、視界がちかちかと瞬いた。

 私はいつの間にか椅子と一緒に鎖で拘束されていた。


「たとえば、そうですねえ。追放されたとはいえ栄光都市で学んだ過去を持つ優秀な研究者であれば、そんなことも可能ではないでしょうか」


 私を見下ろすのは鉄殻衣を着た大男だ。

 ヘルムの奥の目の周りには大きな火傷痕が見える。子供が見れば泣き出しそうなほど暗い雰囲気を漂わせた男。私はそいつに見覚えがあった。


「久しぶりですねえ、ガウ」

『乱暴な挨拶だな、エクシオ』


 すぐ近くからたくさんの足音が聞こえる。

 エクシオの他にも鉄狩りが個室に踏み込んできたらしい。

 抵抗しようにもメイズとゴーズは非武装だし、どうしたものかな。


「いやあ、申し訳ありません。小生としても不本意なのですがねえ。ですが、怪しい人物がうろついていると言われると放って置くわけにもいかないものでして」

『ここは要塞市場の領分だぞ』

「許可は得てますよ」


 エクシオが鞘が付いたままの大ナタを振りかぶる。


「まあ、そういうことですから、すみません」


 鈍痛の後、私は意識を失った。

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