第21話
私はおじさんが嫌いだ。
ガウついての話はいくつも聞いていた。
彼は頭脳明晰で行動力のある人物としてホクセンでは有名だった。
その頭脳は幼いときから優秀で栄光都市の学院をトップクラスの成績で卒業するほど。更に卒業数年後には教授となって学院に戻ってきた。
鉄獣の生態を明らかにしたり、鉄獣の素材を使って役立つものを開発したりといろんなことをやったらしい。父さんの鉄殻衣も彼の発明だ。
一方で悪い噂もある。
むしろ、そっちの方が大きい
おじさんは人の心がわからない科学者、いわゆるマッドサイエンティストだと噂されていた。目的のためには手段を選ばず、その目的は詰めた好奇心のようなもので他の人間には理解できるものではない。
実際、多くの犠牲者を出した人体実験を行ったために学院を追放されたと聞いた。
幼い頃を知る人々がおじさんならあり得ると言うのだから、根も葉もない噂ではないと思う。
なんにせよ、栄光都市で活動していたおじさんが凍土狩場に戻ってきたのは事実。
凍土狩場でのおじさんは丘の上に建てた大きな屋敷に引きこもり、時折怪しげな実験や鉄獣観察のために外出していた。
父さんを除けば彼に仲のいい知人はいなかった。
むしろ、彼を嫌っていた人の方が多かったはずだ。
特に鉄狩りの大人たちからはおじさんの評判は最悪だった。
だが、父さんはおじさんを頼る。他の誰かが何を言おうと彼のところへ通い、整備の腕がいいとか鉄獣への策を教えて貰ったとかを楽しそうに語る。
それが面白くない。
一度、ベテランの鉄狩りに父さんと同じように鉄殻衣を造って貰えばと言ったことがある。
近頃、鉄殻衣の性能と値段が高まっているという話の流れで、私はガウが父さんの鉄殻衣を造ったのを思い出したのだ。
無邪気な子供を装ってこう尋ねれば鉄狩りはおじさんを悪く言うと思った。
それを聞いた父さんは考えを改めると思った。
案の定、鉄狩りはおじさんがどれだけ危険で面倒な人物かを力説した。
いわく、ガウがただで鉄殻衣を造るはずがない。
実験に利用されるだけだ、と。
胸がすく気持ちだった。
しかし、父さんはそれを聞いて「ガウならやりかねないなあ」と笑った。
浅はかな目論見はあっさりと崩れ去った。私の幼さと嫉妬が浮き彫りになったようで、ひどくいたたまれない気持ちになったのをはっきりと思い出せる。
そして、今。
おじさんが捕まったと聞いて私は居ても立っても居られなくなった。
◇
要塞市場には刑務所はない。罪が大きすぎたり、罰金を払えなかった罪人は最前線の開拓地で働かされる。ここだけじゃない。多くの街がそうだ。
だから、あるのは留置所だけ。
留置所は壁外のさほど大きくない簡素な建物だった。
もっとも現在は凍土狩場の鉄狩りたちに詰所として貸し出されている。鉄狩りたちの武器や物資を置く場所が必要だったため、要塞市場側が仕方なくここを解放したらしい。
おじさんはそこに捕まっている。
留置所が巡り巡って本来の使い道に戻ってきたわけだ。
「通して下さい」
「どうしたんだ、お嬢」
「ここに捕まっている人に用があります。知ってるはずです。私がここに捕まっている人に要塞市場まで連れてきて貰ったって」
「あー、そりゃあ、無理だ」
「何故ですか」
「誰も通すなって言われてるからな」
私は見張りに立っていた鉄狩りを説得して中に押し入ろうとした。
相手は凍土狩場時代からの顔見知り。父さんよりずっと年下の若い男だった。だから、いけると思ったのにすごく頑固で融通が利かない。
言い合いをしているうちに時間が過ぎ、雪をざくざくと踏み割ってエクシオが現れた。
見回りでもしていたのか鉄殻衣を装備したままだ。そうでなくともこの人はヘルムを取りたがらない。火傷の痕を人に見せたくないからだ。繊細な人なのだ。
「どうかしたましたか?」
「ちょうど良かった。エクシオさん、お嬢が言うことを聞いてくれなくて。どうにかして下さいよ」
「おじさんを解放してください」
ヘルムの隙間からぎょろりとした瞳が私を見下ろす。
「できませんねえ。彼には鉄獣を呼び寄せた容疑がかかっています」
「おじさんはそんなことしません」
「それは、何故?」
とっさに答えは出なかった。
静寂が降りる。
自分自身でも理由に一瞬悩んでしまった。なんで私はおじさんを助けようとしているのか、どうしておじさんが犯人じゃないと思ったのか。
でも、答えはあっさりと出た。
「凍土狩場が好きだからです」
「あの男が?」
「あり得ませんねえ」
「おじさんは確かに人のことを考えないし、研究のためならなんでもしそうなところがあります。でも、凍土狩場に鉄獣を呼び寄せるなんて危険な実験はしないと思います」
「一緒に行動するうちに絆されましたねえ」
「違います。私はそんなにおじさんを好きじゃないです。むしろ、嫌いだって言っていい。でも、助けられたことは忘れていないから。やり返さなきゃ気が済みません!」
「他の誰がやったってんだ。あいつがやったのは確定してんだよ。あとは喋るかどうかだけ。んで、情報さえ絞れば用はねえ」
鉄狩りは手にしたメイスを軽く振る。
「俺がぶっ殺してやる」
頭に血が上っていくのがわかる。
もう自分を抑えることはできなかった。
私は上着から拳銃を取り出し、突きつけた。
もう弾はないけど、ふたりはそんなこと知るはずもない。
「おじさんのところまで案内して下さい」
エクシオはゆっくりと首を振った。
「いいですか、ネイロさん。あの男が凍土狩場に特別な感情を持っているわけないじゃないですか。タロ……あなたの父親という都合のいい存在がいる場所がたまたま凍土狩場だっただけです。他に行き場もないから仕方なく凍土狩場に戻ってきただけかもしれないですがねえ」
「聞こえませんでしたか? 早くして」
トリガーに指をかける。
弾が出ないとわかっていても知り合いに銃を向けるのは息が詰まった。
そんな内心を見透かしたかのようにエクシオが動いた。
一瞬の隙をついて銃を持つ手を上に弾き、浮いた手を反対の手で押さえつける。
あまりの早業に私はどうすることもできなかった。
これが、鉄獣を相手に戦う鉄狩りの力。
「あら、弾倉が空じゃないですか。これじゃ人は死にませんよ」
「鉄狩りも鉄獣も、どうせ撃っても死なないやつばっかりじゃない!」
「小生は死にますよ。人間ですから」
エクシオが銃を奪い取る。
私はよろめいて地面に手をついた。
それでもエクシオを睨みつけることだけはやめなかった。
「協力はできませんか?」
「誰と誰がです?」
「あなたとおじさんに決まってます」
「ははあ。面白い提案ですねえ。あの男に他人と協力するという概念があるのでしょうか。
「多分、目的は同じ」
「それは協力とは言いませんねえ。たまたま同じ方向に歩いているだけの他人でしょう。だいたい容疑も晴れていないうちからそんな話、ありえないですねえ」
唇を噛んだ。
エクシオは動かない。見張りの鉄狩りもどかない。
本当に私は無力だった。
「それでも私は――」
留置所の中から慌てた様子で男が出てきた。
この人も顔を知っている鉄狩りだ。頬に殴られた跡がある。
「教官! ガウが!」
「どうしました?」
男は息も絶え絶えに告げた。
「牢から、逃げ出しました!」
「はぁ!?」
想像もしなかった言葉に今まで考えていたことはすべて吹き飛んだ。
代わりに湧き上がってきたのは抑えようのない怒り。
「……許さない」
なんで大人しく私に助けられないんだ。
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