第22話

 私は牢を抜け出した後、宿舎の東端の部屋、つまり、エクシオの居室で資料を読みながらくつろいでいた。電子機器にはロックがかかっていたが私にかかればないも同然。私の電子端末をつなげてものの数分で解除した。


 奴は各地にメールを送って凍土狩場を取り戻す救援を集めていた。

 集まりがいいとは決して言えないがそれでも数日後にはそれなりに頭数をそろえられるだろう。暴走する鉄獣がいつどこへやってくるかはわからない。放っておけば自分たちのところへ来るかもしれない。


 それにこういうときに率先して動いておかない後で困るのは自分たちだ。

 こういうときに戦力を出さない都市は凍土狩場のように襲われたとき、助けを得るのは難しいだろう。最前線付近ではいつ鉄獣に襲われるかわからないからな。

 凍土狩場が都市連合に所属していればもっと集まっただろうがなあ。


 ほどなくして、エクシオが帰ってきた。

 部屋にある唯一の椅子に座る私を見ると肩から脱力する。


『お疲れだな』

「タロの娘にあなたを解放をしろと詰め寄られましてねえ。銃まで向けてきたのですよ」

『貴様もか。小娘も見境ないな』

「小生もって、まさかガウもですか」

『狙いは良かったぞ。この体ではなければ死んでいたところだ』

「大人しい子だと思っていたのですが、思い切りの良さは父親譲りですねえ」


 エクシオは深くため息を吐くとヘルムを取り、テーブルに置いた。

 左の唇の端から頬、まぶた額を通ってつむじの近くまで届く大きな火傷。凶悪な鉄獣を討伐したときに負ったもので、エクシオはこれが原因で鉄狩りを引退した。

 名誉の負傷ではあるが、この顔を怖がる奴は多くいる。愚かなことだ。

 それから彼は胃薬をひとつ水で流し込む。


『それで、慣れない茶番までして私をどうしたかったのだ?』


 エクシオは申し訳なさそうに火傷痕をかいた。

 こいつが本心から私を疑っていたわけではないのは最初から分かっている。

 でなければ、ナタの攻撃で鎖にひびを入れなかっただろうし、普段の居場所をわざとらしく告げたりはしなかっただろう。


 おそらくエクシオが私のことを嫌っているのは演技と本心が半々。

 我々の関係は良好とは言い難いが、頭の働くやつだからな。


「どうもしませんよ」

『ほう。こんな場所に呼びつけておいてか』

「没収した物を返して欲しいでしょう」


 部屋の隅に置かれていた袋を指す。

 端末は牢屋に置かれていたから、中身は油と鉄くずか。重要なものではない。


『つまらんな』

「はあ。なら、一応聞いておきましょうかねえ。心当たりあります?」


 それが凍土狩場を襲った鉄獣のことを指しているくらいは言われなくてもわかる。

 言い方は違えど、牢屋のときとまた同じ質問だ。


『答えは変わらん。ない』

「そうですか。では、私の用件はこれで終わりです。お好きなところへ行って下さい。凍土狩場の人間がいないような、できるだけ遠い場所がいいですねえ」

『つれないではないか。こういうときこそ互いに協力して真相を解明すべきだろう? 形は違えど目指す場所は近いように思うが』

「皆さん、あなたには敵対的でして。血の気が多いのですよ」

『集団をまとめるのに一苦労か』


 はあ、とまたエクシオは心労のこもった息を吐く。

 メンタルが弱いのは昔と変わらないな。


「こんなときだけは凍土狩場に残って戦った人たちが羨ましくなりますよ。私も名誉の死を選べるならそちらの方が良かった。けれど、ブランクがありますからねえ。足手まといだからお前は皆を安全なところへ連れて行け、と言われたら断れないじゃないですか」

『ブランクと言っても狩りには出ていただろうに。損な性格だな』


 どうやらベテランの鉄狩りの多くは凍土狩場に残って戦ったようだ。

 凍土狩場に残されていた鉄殻衣からもそれは薄々察していた。


 彼らは住民を逃がすために戦い、散っていった。

 残された凍土狩場創設時代のメンバーはエクシオひとり。現在の市長は行方知れずのため、自然とエクシオが凍土狩場の代表になるように求められた。

 とんだ貧乏くじだな。


「小生に向いていないのはわかっています。けれど、任された以上、やらなければなりません。凍土狩場にはまだメアリーも残っていますから」

『メアリー?』

「……小生の家族ですよ」


 エクシオが弱々しく顔をひきつらせた。笑おうとしたのだろうか。

 その表情がメアリーとやらの生存は絶望的なのだと告げているようだった。


「奪還には戦力が必要です。鉄狩りたちにまとまって貰わなければなりませんでした」

『なるほどな。だから、私という共通の敵を作ったわけか』

「そこまで考えてはいませんよ。ただ、話の流れで」

『話の流れか』

「いやあ、申し訳ありません……」

『私の名誉を棄損するだけで平穏が訪れるなら安いものだ』


 どうせ私のことをよく知らない世代の仕業だ。

 まあ知っていても同じように言うやつはいる、いや、いたのだがな。


『しかし、凍土狩場を取り戻すだけならそう難しくはないぞ』

「難しくない?」

『私が目覚めたとき、凍土狩場には敵対的な鉄獣は一匹たりとも残ってはいなかった。人間も食い荒らされた死体ばかりで生存者は小娘以外いなかったがな』

「いやいや、噓でしょう?」

『本当だ』


 エクシオは沈黙した。


『やはり、貴様も鉄獣の行方は知らんようだな』


 真実かどうか確かめるには凍土狩場に行くしかない。本当に凍土狩場に何もいないならいますぐでも戻れる。しかし、戻ってどうする。真実だとしても鉄獣の群れの行方はわからない。そんな状況で戻って大丈夫なのか。また同じことが繰り返されるだけではないか。

 考えているのはどうせそんなところだろう。


 やがてエクシオは今日一番大きなため息を吐いた。


「どうやらガウに意見を貰った方が良さそうですねえ」

『鉄狩り連中は任せるぞ。私には無理だからな』

「頭が痛い話ですねえ」


 エクシオは時計を確認し、一度外したヘルムをもう一度被る。


「少々付き合ってください。ただし、喋ってはいけません。余計な行動をしてもいけません。何もせず私の後を付いてきてください」

『何をする気だ?』

「市長に会いに行きます。要塞市場のね」

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