第32話

 例のやたら見栄えのいい役所に向かうと、避難民もいた。

 まあ一番目立つ建物だし、役所と知っていれば籠城するには都合がいい。見た目はガラス張りだがガラスの強度にも手は抜いていないだろうしな。


 市長がさぞ文句を言っていることだろう、と思ったが声が聞こえない。目で探すがやはりエントランスにはいないようだ。

 仕方ないので知らないうちに寄ってきていた小娘に尋ねることとする。


『市長はどこだ?』

「さっきまで大声でいろいろ言ってたけど、部下の人と奥に行きました」


 となると、市長室か?

 場所は覚えている。他に当てもないし、とりあえず行ってみるか。

 歩き出すと後ろから小娘が付いてきた。


「言われた通り、見張ってたら変な鉄獣がいました」

『ほう。それで?』

「早くに見つけられたのに私はどうやって伝えたらいいかわからなくて。とにかく、話しては見たんですけど、結局こんなことになってしまいました。だから」

『違う』

「……はあ?」

『私は貴様の見つけた鉄獣について聞いている』


 まったくこれだから話の通じない子供は困る。

 この緊急事態に終わったことの話をして何になるというのだ。

 曲がりなりにも鉄狩りとしての知識は仕込まれている小娘が変な鉄獣というからにはホクセンにはいない種だろう。その鉄獣が襲撃の引き金になっている可能性もある。

 どう動くにも情報は集めておきたい。


『どこで見た? どんな姿だ? 何をしていた?』

「……入ってきた門から壁を左にぐるっと回って川近くの山側で見ました。姿は……二本足で立って人に近い形をしていた、と思います。人よりずっと大きかったけど」

『曖昧だな』

熱探知サーマルで見ただけで、目じゃ見えませんでしたからね」


 まるで、カクレグモだな。

 しかし、二足歩行の鉄獣でそんな特性を持つ種は記憶にない。


『体の一部に特に熱量の多い場所はなかったか?』

「……あったかも。胸の真ん中が赤色が濃く見えた気がする」


 言われた場所に手を置いてみると、ほのかに内側から熱を感じる。

 そこには赫石がある。


 であれば、その鉄獣もそうなのだろうか。私がマインワームでしたのと同じようにそいつはカクレグモを喰うことでその能力を吸収し、光学迷彩を手に入れた。赫石もそうありふれたものではないはずだが、現状の情報では他にこじつけようがない。


『他に気になったことは?』

「都市を観察してました」

『なるほどな』


 市長室まで行くと扉を挟んでも聞こえるくらいに市長が声を荒げているのが聞こえてきた。

 以前、訪れたときにいた警備員は今はいない。


「どこの馬の骨とも知れない鉄狩りごときに門を壊されるとは何事です! あなた方がわたくしたちに売りつけたのはその程度のものなのですか!」

「他に比べれば開閉部分は脆弱ですので……。鉄殻衣も日々アップデートされていますから、金に糸目をつけなければそのようなことも可能でしょう。しかし、ご安心を。ホワイトガードが必ずやお値段通りの働きをご覧にいれましょう」

「当然です。どれだけの財貨を注いだか理解していらっしゃるのかしら」


 どうやら急を要する話ではないな。

 私と小娘が市長室に入ると市長はぐっと唇を噛みしめてこちらをにらんだ。年の割によく感情が顔に出る人間だ。わかりやすいのは嫌いではない。


『失礼する』

「あなたは?」

「凍土狩場の鉄狩りではないでしょうか」

「なるほど。確かにあの火傷腫れと一緒にいたような気がしますわね。いかがなさいました? 一階は解放したでしょう。これ以上面倒は見切れませんわよ」

『警告に来た』

「警告ぅ?」

『まだ鉄獣は来る。おそらく、さっきの入口とは別の場所からだ』

「そうなのですか?」


 市長が鋭い目つきで白スーツの秘書を見た。

 こいつもPECから派遣された人材だったはずだ。


「監視からの報告はありません」


 秘書は首を振る。


『都市北側の山林だ。おそらく、そこに鉄獣の群れが潜んでいる』

「見たのですか?」

『この娘がな』


 小娘が透明な人型を見た場所は都市の裏手だ。

 なのに、攻撃を受けた場所は正面。となると、そちらは陽動の可能性が高い。防衛に戦力が集まったところを反対側から攻撃し、都市を破壊するつもりだろう。凍土狩場と同じように。

 しかし、説明しても秘書の男は眼鏡を無意味にいじるだけで理解を示そうとはしなかった。


「話になりません。あなたの言うことは非現実的です。鉄獣がそんな軍隊のような行動をするわけがありません。どうせ昼に見た群れが南門に移動しただけですよ」

『凍土狩場で同じことが起こったと言ってもか?』

「あなた方の失敗を打ち消すためのデマになんかに付き合っていられませんね」


 薄ら笑いを浮かべ、布でぬぐった眼鏡をかけ直す。


「よしんば、あなたの言ったことが正しいとしましょう。しかし、それは杞憂と言わざるを得ません。何故なら、要塞市場には無敵の大壁があるのです。開閉のために軽量化された門とは違い、最硬の素材で鍛えた大壁がね。これを突破するのはいかに強力な鉄獣を集めようが不可能。あるいは人間が最新の装備を持ってきたとしても破壊されることなど百パーセントありえま――」


 閃光。

 大きな爆発音がして、空気が震え、声が聞こえた。

 それは鉄獣の咆哮。世界を呪うかのごとく恐怖を煽り立てる声。


 すぐ窓辺に向かった。

 市長と小娘も私に続いた。


「PECとの契約は見直さなければならないようですわね……」


 吹雪の向こう側に打ち破られた大壁とうごめく鉄獣の大群があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る