第33話
「あり得ません! 鉄獣の姿はどこにもありませんでした! それがこんな……一瞬で大壁を破壊されるなんて……」
想定が崩れた動揺を隠せないとは三流だな。
平時は仕事ができても緊急時には役に立たないタイプなのだろう。
「目に見えない鉄獣がいます。きっと、そいつの仕業です」
「バカな。ホクセンにそんな鉄獣がいるなんて情報はありませんよ」
『よそから来たのだろう。今はそんなどうでもいい推論に時間を使っている場合ではない。早く戦力を回せ。穴の空いた場所を包囲し、被害を広げるな』
「動かせる警備隊はすべて動員しましょう」
眉間のシワを深くした市長は通信端末を取り出して私たちから離れた。
見下ろした先では次々に鉄獣が都市内に侵入している。やはり、数が多い。門前で戦った以上だろう。それに加えて大壁を破るほどの火力を持った個体がいる。
私も戦力として早く動きたいところではある。
しかし、そうすると市長らに情報を共有できない。時間さえ許せば話しておきたいことはたくさんある。鉄獣の種類と対処法、襲撃を主導する存在、考えられる今後の攻撃。
要塞市場は凍土狩場から距離があることもあってあまり真剣にはとらえられていなかったのだろう。情報はもたらされていたにも関わらず、彼女らは準備を行ってこなかった。カクレグモが敵に紛れていると知っていれば小娘と同じように襲撃を察知できたはずだ。
「市長さん、いい人ですね」
小娘が端末に向かって怒鳴ってる市長を見ながら言った。
『あれがか?』
「都市が危険だったらああやって必死になってくれます。トラブルが起きたときに頼りになるのはああやってとにかく行動できる人なんだと思います」
小娘は市長の一面しか見ていない。だから、必死に頑張っているように見えるのだろう。
実際の市長は凍土狩場の住民をずっと壁外で過ごさせた冷徹な人間だ。その上、防衛に関わる重要なことを秘書に丸投げして……いや、これは秘書が無能なだけで専門家に金を投げて仕事だけ任せるのはまともと言えなくもない、か?
結果として危機を招いているとはいえ、要塞市場の人間だけは守ろうとしていたあたりまだマシな指導者といえるかもしれん。凍土狩場の市長はさっさと逃げたしな。
『まあそういう面もあるかもしれん』
「アメもくれましたしね」
『安い』
考えてみれば要塞市場の市長の行動原理は非常にわかりやすい。
自分の財産を守りたい。
それだけのために動いている。その財産の中には都市があり、金があり、人がある。よそ者に厳しいのも自分のものを守ることがどれだけ難しいかを知っているからかもしれない。
市長が戻ってくる。
「警備隊とホワイトガードの半分で内側の対処をすることに致しましたが、警備隊長と連絡が途絶しています。おそらく、壊れた壁の近くに詰所があったせいですわね」
言うまでもなく狙われたのだろう。
どうやって急所を見抜いたのだ。
「凍土狩場の戦力も出してもらわなければなりませんわ」
『奴ら、すでに出ているようだぞ。待遇改善は期待していいな?』
「それはまた高くつきますわね」
『死ぬよりは安かろう。それで、壁を破壊された原因はわかったか?』
「いいえ。突然爆発した、としか。雪で視界が悪かったとはいえ、壁を破壊できるほど巨大な鉄獣が近づいてきたのなら見逃すとは思えませんわ」
となると、先程小娘が言った見えない鉄獣の仕業か。
ただ見えないだけならばともかく、火力まで持ち合わせているとなると相当の敵だ。自ら偵察するだけの知能もある。
赫石のポテンシャルは私が想像していた以上ということか。
……いや、違うな。それだけでは説明が苦しい。
偶然に偶然が重なりすぎている。しかも、我々に都合が悪い方にだ。
奇跡的な幸運が重なったと考えるよりも運用方法を知っていると考える方が自然に思えるほどに。
まさか。
ひとつの思いつきがあった。
それからすべてがつながるような感覚がした。
『鉄獣が主犯』とした場合に立てた仮説ふたつを合わせたものが正解なのではないか。
元々高度な知能を有する種の鉄獣がいて、赫石の力を引き出す方法を編み出したとしたらどうだ。
未開拓地の奥深くでひとつひとつ積まれた知識と技術の集大成を使った、人類とは違う知性体による攻撃だとすれば確率の問題を解く必要がなくなる。
多種を率いるのも、壁を爆破したのも、赫石を喰わせたマインワームを人里近くに送り込んだことすら特殊な能力などではなく、経験の末に会得した技術であるとしたら――。
閃きの興奮が一瞬のうちに冷めていく。
『市長よ』
「なにかしら」
『見えざる鉄獣、これを群れのリーダーと仮定してアルファと呼ぼう。カクレグモと同じ原理だと思われるが確証はない。調べる時間もない。今、アルファの姿を確実に可視化する装備がふたつある。ひとつは私の鉄殻衣に内蔵されており、もうひとつはその小娘の持つゴーグルだ』
「こんなゴーグルが、ですか」
『ああ。そうだ。これらを使ってアルファを叩く』
「あなたも出るということなら困りますわね。あの群れは特別なのでしょう。指揮を取るには凍土狩場側の人間から意見が必要ですわよ。私はもちろん、秘書も鉄獣の専門家ですらありませんし、要塞市場の戦力はすでに現場に出払っている上に指揮系統に混乱が生じていますわ」
この寒さにも関わらず、市長の額から汗が流れる。
今まで信頼していた大壁が崩れ、PECの秘書は心神喪失。何を拠り所にすればいいのかも見えない状況だ。
手伝いが必要だとは思うが、私も鉄狩りの音頭など取ったことがない。凍土狩場の連中が私の言うことを聞くとも思えん。かといって適任が誰かというと思い当たらん。
だいたい、そんなことより、今は一刻も早く動かねばならん。
私は小娘を見た。
彼女は不思議そうに私を見上げた。
『市長の懸念はよく分かった。であれば、私の代わりにこの小娘を置いておく』
「はあ。こんな子供を?」
『これは凍土狩場一の鉄狩りタロの娘だ。優秀な教育を受けており、鉄獣の知識に関してはそれなりのもの。これが不満ならば下にいる凍土狩場の者でも連れて来るがいい』
適当に思いついたことを並べ立てただけだが、それなりに信憑性はある気がするな。
結局、小娘の学力がどの程度か確認できてはいないが。
「本気ですか?」
『当然。ゴーグルを借りるぞ』
「構いませんけど、私にできることなんて……」
『凍土狩場を襲った鉄獣の種類と対処法くらいは伝えておけ。カクレグモについてもな。ホワイトガードの連中なら聞けば対処できるようになる。この混戦では別々の勢力が好き勝手に手当たり次第鉄獣を狩るようにしかならん。すでに指揮系統は崩壊しているからな』
呆然とした表情の小娘の肩を叩いてエントランスに戻る。
負傷した鉄狩りや要塞市場の住民たちも集まっているようで広かった空間が人でごった返していた。
凍土狩場の鉄狩りのうち、半分はすでに出撃している。残りは怪我の治療と装備の修理で、それさえ済めばすぐにまた戦いに戻るつもりだ。士気が高い。
メイズも同じく鉄殻衣の燃料を補給していた。
吹雪を踏破したせいで燃料切れが近かったからな。
受け取ったばかりのゴーグルをメイズに渡す。
『カクレグモと同じ光学迷彩を使う人型の鉄獣が敵にいる。それを私と貴様で倒す』
「それだけ? 作戦はないの?」
『見つけ次第ぶっ飛ばす』
「あなたって人は……」
『なんだ、不満か?』
「いいえ。その方が私にも合ってるもの」
メイズが獰猛な笑みを浮かべた。
一歩外に出ればすぐに破壊の音が耳に飛び込んでくる。
人の悲鳴、絶え間ない銃声、鼓膜を削られるような鉄獣の咆哮。
街灯と非常用のライトで照らされた壁内は夜なのに昼のように明るかった。
いたるところで鉄狩りと鉄獣が戦っている。
私たちはそのすべてを無視して破壊された壁の前まで来た。
そして、見つけた。
人の形をした熱源が大壁の上から戦場を見下ろしていた。
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