第31話
故障したトレーラーを運んだ後、私とメイズのふたりだけで要塞市場を目指した。
鉄殻衣を持たないゴーズはトレーラーと共に廃墟に残って貰う他ない。雪に埋もれてしまうかもしれないが、彼もそれくらいは承知で付いてきたはずだ。実際、要塞市場の安全を確認した後に戻ってきてくれればいい、と軽口を叩いていた。よほどメイズを信用しているのだろう。
荒れ狂う雪の中、たどり着いた要塞市場はすでに戦闘が始まっていた。
壁の上段から光が戦場を照らしている。劣悪な視界、吹雪の轟音、それらの合間から漏れる金属のぶつかり合いと怒号。私たちもすぐに戦いに加わった。
鉄獣をなぎ倒し、進むと何故かまだ壁の外側に人間がいる。
こういうときのための防壁だと思っていたのだが、一体どういうわけだ。
その辺で震えていた小娘にメイズが問う。
「市長が門を閉じて入れてくれないんです」
うーむ、愚か。
仕方がないので尾の
こんなところであまりエネルギーは使いたくないのだが、これだけ頑丈な扉に穴を開けるには他に方法がない。ひとつPECの技術と勝負といこうではないか。
溜めたエネルギーを尾から放つ。
そうして扉に引いたいびつなラインを眺めて頭をひねった。
尻尾の光線で四角を描いて、出入口を作ろうとしたのは良かった。貫通もしている。だが、あまりにも歪んでいて溶断した部分が綺麗に外れてくれない。
尻尾の扱いに慣れたといっても精密な動きができるわけではない。右利きだった人間が左手で食事できるようになった程度のものだ。要練習だな。
まあ多少見た目が悪くとも人が通れればいい。
四角に焼き切った部分を思いっきり殴りつけると、人が三人は並んで通れそうな大きな穴が空いた。外れた部分は門の向こう側に転がっている。
目を丸くしている小娘の背を叩いて入れと促す。
まだ鉄獣が残っているからここにいられると巻き込まれるかもしれんからな。
避難民が都市に入っていくのを見守りつつ、寄ってきた鉄獣をさばく。
野犬型、山猫型、熊型……ここにいるのはホクセンでは比較的ポピュラーな種の鉄獣が多い。まあそうでなくてはこんな吹雪の中を動くのは難しかろうがな。
だが、いくらホクセン固有の種だとしても吹雪の夜に狩りをすることはない。
異種同士が群れて狩りをすることもない。
何者かが裏で糸を引いているのは確実だな。その答えがどれかまではまだ断定はできないが、私の中では第三の仮説の可能性が強まっている。
突進してきた山猫型の頭蓋を拳で砕く。
鉄獣の数は底知れず、いくら倒しても吹雪の向こうから補充される。
散らばって戦っていた鉄狩りたちが門前を守るために集まってきているので次第に楽になりつつはあるが、それ以上に敵の数が多すぎるのだ。
これはなかなか、体より先に精神的な疲労が来るな。
足が雪に取られる。
直後、背中に叩きつけるような衝撃が走った。
振り返れば白い鉄殻衣を着た集団がいた。その胸元にはひし形に羽のマーク。それはPEC傘下の民間軍事会社ホワイトガード所属を示している。
そのうちのひとりが手にした散弾銃で私を撃ったようだ。
「……鉄獣? いや、人間か?」
私は脱げかけていたフードを深く被りなおした。
視界が悪く、その上乱戦となったら私のボディは誤射の元だ。もし、ちゃんと見えていたなら鉄獣の姿をしていることがはっきりバレていたことだろう。
「チャーミングな鉄殻衣でしょ」
メイズが言う。
「紛らわしい。辺境の鉄狩りは鉄獣の素材をそのまま装甲に使うとは聞いていたが区別がつかん。お前らは下がれ。また標的に間違われたくなければな」
角付きの鉄殻衣から低い男の声がした。
視線を上に向ければ防壁の上にずらりと銃口が並んでいる。こちらもホワイトガード。
要塞市場はだいぶ金を絞られたな。
「ありがたいわね。もっと早かったらもっとありがたかったけど。狙いも正確だったら言うことなし」
「早く行け」
凍土狩場の鉄狩り共々、要塞市場の中に移動した。避難民たちはすでに入口付近にはいない。どこかの建物に立てこもっているのだろう。
全員通ったことを確認して壊した門も嵌め直しておいた。
元通りとはいかないが、見た目でここが壊れているとは気づかれないようにしておかんとな。
『一度、市長と話す必要がある』
「文句を言ってやらないといけないものね」
『そんなもの後回しだ』
「じゃあ、何よ」
『まだ夜襲は終わっていない。敵の物量は多かった。普通ならあれだけいればそちらにかかりきりになるところだ。夜、しかも大雪の中の奇襲だったことを考えれば、住民が逃げられたのは奇跡に等しい。残る鉄獣も時間はかかるだろうがホワイトガードが片づけるだろう』
歩き出す。
街の中の雪は多くの人間によって踏み固められていた。
『凍土狩場と同じならここからが本番だ』
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