第23話
門を通って要塞市場に入る。
私たちは大通りを進んで都市中央に位置する大きな建物へと足を踏み入れた。凍土狩場の廃材を張り合わせて造った家屋などとは違って、強化ガラスをふんだんに使ってデザインされた爽やかな外観だ。
これが役所らしい。
大壁も含めて経済的な豊かさが至る所から察せられる。
凍土狩場も大きくなったとは思ったがここに比べればまだまだだ。
それからエクシオに連れてこられたのは扉の前に武装した警備員のいる部屋の前だった。
ここに来るまでも何人か警備員らしき人間を見たがどれも白い制服を着ていた。
警備員は私たちに武装解除を求めた。
エクシオは鉄殻衣を着たままで、私も同じく着ている状態という設定になっている。だが、来訪者がエクシオだとわかると武器だけを提出すれば良いということになった。身元は確かだし、市長はヘルムの下を二度と見たくないからだと言う。
エクシオは腰の大ナタを預けた。
鉄狩りが何も持っていないのも不自然なので、私は間食用に取っておいた鉄の棒を提出する。さっき切り取った鉄格子の一部だ。先が尖っているし、武器としても使えるだろ。
警備員はその鉄の棒を不思議そうに眺めている。
「これはどういう武器なのですか?」
「……鉄狩りはおいそれと手の内を明かさないものでしてねえ」
事実ではある。
この場合は嘘に近いが。
厳重なんだかそうじゃないんだかよくわからん警備態勢を通り抜け、市長室に入る。質のいい家具に足首まで埋まるような絨毯、棚に並べられたワインの数々。そうと知らなければ公的に使用される部屋だとは思わなかっただろう。
そこで待っていたのは五十ごろの歳の女だ。白い顔に彩度の高い口紅が浮いて見える。
彼女の後ろには白いスーツを着込んだ若い男が控えていた。
エクシオが軽く頭を下げる。
「お時間頂きありがとうございます、市長」
「お構いなく。凍土狩場は要塞市場にとっても大事なパートナーですもの。かの街が栄えてからというものホクセン全体の鉄獣被害は減り、ここに持ち込まれる素材は増えました。この度の被災にはわたくしも強く心を痛めていますのよ」
言葉と違って、あまり悲しそうな雰囲気はない。
「ところで、人手は集まったのかしら? 随分といろんなところに出かけていらっしゃたようですけれど」
「それなりといったところですねえ」
「早く討伐して欲しいものですわ。この辺りに鉄獣の集団がいるなんて知られたら皆さん、困ってしまいますわ。要塞市場が安全だと思っているからこそ足を運んでくださるのよ」
要塞市場の市長は想像よりもずっとドライで馬鹿正直にものを言う。
面倒な言い回しが嫌いな私としてはわかりやすくて助かるが、こんなので上手く都市運営ができるのか疑問だ。ブレインとなる存在が優秀なのかもしれん。
私は白スーツの男に視線をやった。
胸元のバッジはいくつもの事業を展開する大企業PECのものだ。先程の警備員たちの制服にも同じロゴが刺繍されていた。専門的な知識やスキルを持った人材の派遣はPECの得意とするところだ。PECの人材は優秀だと評判ではあるが、その分金額も高い。
「再三のお願いになるのですが、凍土狩場の住民を壁内に入れて貰えはしないでしょうか。避難してきた中には子供や老人もいます。寒さにいつまで耐えられるかわかりません。川近くに広場があるでしょう。あそこならテントを張るのに十分な広さがあると思います。小生としても食事や住居がままならず、危険な環境に人々があるときに遠征に出かけるのは落ち着きません」
「無理ですわね」
市長はもうエクシオを見ていなかった。
つまらなさそうに爪の先をいじっている。
「あの広場は月末に露天市を開く場所ですのよ。各地から持ち寄って来られた珍しいものを売買するのよ。要塞市場はそのときの税金がなければ成り立たないわ」
「であれば、月末まで」
「無理なものは無理よ。でも、つらいのはわかるわ。ねえ」
「はい。市長」
秘書が動いた。
私に中身のずっしり入った袋を手渡す。
お供扱いは気に入らないが、何もしない言わないが協力する条件だったから我慢する。
「わたくしのポケットマネーから用意したものです。大したものではありませんけれど、これで少しでもその子供たちの飢えを癒して上げなさいな」
「……ありがたく頂戴します」
「それから、そうねえ。後で要塞市場で暇をしている鉄狩りにもあなたに協力するように声をかけておきましょう。あまり数は多くありませんけれど、敗残兵だけでは不安ですものね」
エクシオが拳を強く握りしめた。
一瞬だけ、暴力的な殺気が漂ったがすぐに霧散する。
「ありがたいですが、守りは大丈夫なのですか?」
「誰にものを言っているのです。ここは難攻不落の要塞市場。鉄獣ごときでは絶対に破れない市場の大壁がありますわ」
「しかし、精強と名高い凍土狩場が落ちたのです。心配になるのもわかります。来訪者の方々を不安にさせないためにも、PECに追加の傭兵を送らせるのはいかがでしょうか?」
と、白スーツが口を挟む。
市長は流し目でそちらを見た。
「口が上手いわねえ。いいわ。やりなさい」
「すぐに手配いたします」
今日の会談で実のある話はこれくらいだった。あとは周辺の鉄獣の動向や集まっている戦力について説明、遠征資金をどうするかなどのどうでもいい話ばかりだ。私が持ってきた情報については確証が持てないからか口にしなかった。
退屈な話が終わって、役所を出る。
「どう思いました?」
『何がだ』
「あなたは凍土狩場の事件について、人為的なものの可能性があると言っていましたよね」
『ああ』
「小生も仲間たちもその可能性が高いと思っていました。敵に統率と戦術があったからです。小生たちが凍土狩場から出ようとしたときは先回りされ、違う道へと向かえば伏兵が襲い掛かってきました。人間が裏にいるとしか思えません」
『初めて聞いた情報だな』
それでいくつかの点が腑に落ちた。
凍土狩場の鉄狩りが数が多いだけの敵に後れを取るのはおかしいからな。夜を狙って攻め込んだり、破壊工作されたような爆発があったりと端々から悪意と知性を感じる。
『すべてを仕組んだのが要塞市場だとでも言うのか。何のメリットがある?』
「要塞市場にはなくともPECにはあるかもしれません」
『PECが?』
「役所の様子を見たでしょう。要塞市場はPECのもの同然です。彼らならばその技術を持っていてもおかしくはありませんよ」
『まあやれるとしたら大企業だろうがなあ』
ふーむ、なるほど。
私に罪をなすり付けようとした本当の理由が見えてきたぞ。
身を寄せている都市が黒幕で凍土狩場が襲われた原因と広まれば戦争になる。
エクシオがそう考えても仲間には言えんわな。私のせいにするわけだ。まだ推測の域だとしても一度動き出してしまえばエクシオの統率力では止めるのは難しい。
「どう思います」
『判断は変わらん。保留だ』
「またですか」
『決めつけるには情報が少なすぎる』
「壁の中に入れたがらないのも反乱を恐れてのことだとは思いませんか」
『単純に守銭奴なのではないか』
「先ほど気前よく資金を出してくれたではないですか」
白スーツが渡してきた袋を指さす。
私は袋をじゃらじゃらと振った。金属よりも音が軽い。
『金ではないぞ』
怪訝な目でエクシオは封を解き、中身をひとつ取り出した。
それは一口大のアメ玉だった。
「これで……これで飢えを癒せ、と……!」
贈り物が常に相手を喜ばせるとは限らない。
自分や組織を軽く見積もられたものや押しつけがましい善意が透けるものをもらった時、人は感謝よりも怒りを抱く。
私の知る限り、エクシオは温厚で大人しい人間だった。
不器用なせいで恐ろしい人間だと勘違いされることはあったが、実際には滅多に怒ることはなく、誰よりも人のことを案じる責任感の強い男だった。
だが、根は凍土狩場の鉄狩りなのだ。
人差し指と親指の間にあったアメ玉が、粉々に砕け散る。
鉄狩りは何より舐められるのを一番嫌う。
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