第24話

 都市を出てすぐのところに小娘がいた。

 トカゲを腕に這わせたまま防壁に背中を預け、険しい表情で空中をにらみつけている。まるで、壁の上を何かが飛び越えていくのを見張っているかのようだ。


 私が近づいても気づかない。手の届く距離まで行くとようやく顔をこちらに向けた。

 何故か眉間の皺が深くなった。


「なんでのんきに出歩いてるんですか?」

『私が出歩きたいと思った時に出歩いて何が悪い』

「今、みんなおじさんが牢から逃げ出したって騒いでます! こんなところにいたらすぐに見つかっちゃうじゃないですか!」


 すごい剣幕でまくし立てる。

 しかし、私は小娘に迷惑はかけてないはず。理不尽だ。


「捕まったって聞いて、しかも、逃げたって聞いて私がどんな気持ちだったかわかります?」

『知らん』

「……このっ!」


 蹴られた。


『落ち着け。その件はすでに解決した。私はエクシオによってふたたび捕縛されたのだ。そこで私と奴とで取引を交わし、自由を得た。監視付きではあるがな』

「監視、ですか?」


 私の後ろからふたりの鉄狩りが前に出る。


「うーっす」

「また会ったわね、ネイロちゃん」


 メイズとゴーズ。

 最前線から流れ着いた歴戦の鉄狩りだ。

 言うまでもなく、小娘の知っている人物だ。


「……どういうことですか?」

『監視とは形だけのもの。他の鉄狩りを納得させるための方便に過ぎん。つまり、エクシオが目的を果たすためには私を自由にさせた方がいいと判断した、ということだ』

「結局、一緒に凍土狩場を取り戻すってこと?」

『まあ似たようなものだな』


 私は鉄獣の暴走について真相が知りたい。

 エクシオは元の凍土狩場を取り戻したい。

 私の目的を果たすには凍土狩場で調査する必要があるし、エクシオの目的を完全に達成するにはどこかへ行った鉄獣の群れを討滅しなければならない。


 私に故郷への思い入れがわずかにもないとは言わないが、タロのいなくなった場所にさほど価値を感じていないのも事実だ。廃墟だったものがまた廃墟に戻っただけ。

 しかし、小娘は私を自分と同じ価値観でとらえたようだった。

 どうでもいいので訂正はしないがな。


「いつですか?」

『早ければ明日』

「戦力はまだ十分じゃないって聞きました」

『凍土狩場には何もいない。貴様も見ただろう。道中で鉢合わせる可能性もあるが、それを考えても一度凍土狩場へと行くべきだとエクシオは判断した。今も鉄狩りたちと計画を練っている』


 率直に言うと、エクシオの判断は感情的と言わざるを得ない。かつてのエクシオならば、用意周到に足場を固め、堅実に成功させるか、あるいは手遅れになって嘆いていたことだろう。

 市長も出立を急がせるような言動をしていた。

 あの女を疑っていたエクシオがそれに従うのは一見矛盾している。


 だが、そうこう言っていられない事情もあるのだ。

 経済的な理由で凍土狩場の人間に残された時間は少ない。

 非認可都市である凍土狩場は都市連合という共同体に所属していない。だから、連合からの援助は受けられない。本質は鉄狩りという資源を使って都市の形を保ってきただけの集落だ。非常時に備えた財産もないわけではないが、ここまで持ち出せてはいない。


 要塞市場に援助を受けなければ生きていけないのが現状である。

 土地や建物を貸して貰い、食べ物も提供されている。これは凍土狩場と要塞市場がビジネスパートナーであったから行われた善意の施しだ。

 彼らも儲けているとはいえ、常に余裕があるわけではない。儲けるためにはそれなりに投資し続けなければならないし、今回のようにいつ情勢が変わるかわからない。金儲けに走るのは飢えと貧困におびえている裏返しでもあるのだ。

 凍土狩場と金銭的な取り決めがあったとしても、返ってくる確率は半分あればいいところ。残り半分はかつての失敗した開拓地のように消え去って何も残らない。


 戦火と貧困は人に非情な選択を迫る。

 凍土狩場奪還に失敗すれば避難民たちに未来はないだろう。


「私も行きます」

『行って何をする?』

「鉄獣を狩る以外にありますか?」


 いつか見た決意の火が彼女の瞳の奥にあった。


『貴様のような小娘が』

「父さんは私と同じ年のときには狩りに行ってました。違いますか?」

『それは正しい。だが、貴様はあの男のように強くはない。違うか?』


 小娘は悔しそうに唇を噛む。

 だが、これで説得できたと安心してはダメだ。

 あれなら引き下がらない。あれの娘ならまだ付いてくるという確信が私にはある。


『鉄獣と戦うだけがすべてではない』

「嘘です。戦わなきゃ凍土狩場は取り戻せません」

『そうだ。その思い込みだ。田舎者らしいその考えを捨てろ』

「じゃあ、何をしたらいいんですか? ここで大人しく待っとけっていうんですか? そんなの耐えられません。私は! 私は、何もしないまま凍土狩場を、私たちの故郷をあきらめたくない!」


 途中からは怒号だった。

 激しい感情が弾けるようだった。


『たとえば、キャンプの避難民がこれだけ生きているのは戦いよりも人を逃がすことを選んだ者がいたからだ。人がいなければ凍土狩場はただの廃墟に過ぎない。貴様も自分の適性を見極め、何をなすべきかを考えるべきなのだ』

「人の気持ちもわかんない癖に偉そうなこと言わないで下さい!」

『わかるが』

「わかるわけありません。わかったつもりになってるだけです」


 やれやれ、と首を振る。


『今でこそこんな姿だが私は鉄狩りとしての適性がなかった。だから、凍土狩場を離れて栄光都市へと向かった。そこで得た知識と経験こそが私の力だ。貴様のような奴らからは臆病者と思われていたらしいが私なりに凍土狩場には貢献したつもりだぞ』


 思えば、いろいろやったものだ。

 最新の装備を送ったり、各地の鉄獣のデータをまとめて送りつけたり。それらを鉄狩りたちがどれだけ有効に活用したかは知らんがタロひとりでも使ったなら十分だろう。


『しかし、貴様のような頭の固い奴に考えろと言っても難しいか。ヒントをやる』

「ヒント?」

『私たちは凍土狩場へ向かうが、実は罠の可能性があってな』

「じゃあ、行かなければいいじゃないですか」

『罠であろうと踏み抜いていかねばならないときもあるのだ。ずっと待っているだけではいつまで経っても凍土狩場が取り戻せないからな』

「……何をさせたいんですか?」


 私は要塞市場を囲む山々を指さした。

 一面に雪景色が広がっているだけで視界はいい。何か異変があれば見落とすことはないだろう。


『見張れ』

「何か来るんですか?」

『わからん』

「わからんって……」

『わからんから見張る意味がある』


 小娘は少し考えて頷いた。


「わかりました」


 私も頷いて、それから押し付けるように袋を渡した。


「何ですか、これ」

『市長様からの差し入れだ』


 怪訝な顔をした小娘が袋に手を突っ込む。

 中から出てきたアメ玉を見て、更に不可解な表情を浮かべた。


『それを餌に避難民に話を聞きに行くぞ。凍土狩場を襲った鉄獣を細かく把握しておきたい。貴様も来い。見知った人間がいる方が話が早いからな』

「仕方ありません。手伝ってあげます」

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