第35話

 銃弾が私を襲う。腹に、顔に、足に、無様に曲がった腕に銃弾が突き刺さり、いくつかが貫通し、残りが体に深くに埋まった。全身に焼けるような痛みが走る。


 こちらから攻撃はできない。更に敵対関係を深めるだけだ。

 誤解を解くか。端末がない。その方法は使えない。

 なら、逃げ出すか。いいや、私はアルファを倒すと決めたのだ。敵を滅ぼすために再び大壁の上に向かわなければならない。


 ボロボロの体に鞭を打って私は走った。

 建築物を使ってホワイトガードからの射線を遮り、時には屋根へと飛び乗って攪乱した。それでもホワイトガードは付いてきた。鉄獣の群れの中へと飛び込んでもすぐに奴らは獣どもを掃討して私を追ってくる。

 ついには私の足を射ち抜き、雪の中へ倒れ込む。

 起き上がるよりも先に彼らがとどめを刺すのが早いであろうことは容易に想像できた。


 どこで間違えた?

 こんなことならば、先に伝えておくべきだったか。鉄獣の身なりでは信用されないと思って……いや、そもそも私は要塞市場とPECを信用していなかった。PECは研究のために私の身柄を欲しがるだろうし、市長は金のために私を売るに違いない。それでも鉄獣の死骸を使って体を機械化したと説明しておけば多少怪しいところはあるが、こんな無駄な死に方は避けれた。

 後悔した。今になって後悔。

 アルファが第三大陸を滅ぼしうる可能性に気付いて、私は焦り過ぎていた。


 数人のホワイトガードが近づいてくる。


 見上げれば壁の上からはアルファがこちらを眺めている。もうメイズとは戦っていない。

 まさか敗北したというのか。追い詰めて、囲んで、もう一歩のところまで迫ったというのに私は、私たちはまたあの鉄の獣に敗北するのか。

 悔しい。許せない。世界が、不条理が耐えがたい。


 沸騰するような激情とは真逆に体は重い。

 それでも立ち上がる。たったそれだけの動作で間接が軋み、装甲からぽろぽろと破片が散った。


 ホワイトガードが銃を構えた。

 やめろと叫びたかった。私たちの敵は違うと伝えたかった。向こうにいる、と。


「ガアアアアアアアア!」


 しかし、喉から出る音は常人の聞くことのできない高周波の振動だ。

 こうなればタキオン砲に頼ってでも突破するしか方法は――。


「待て」


 角付きが言った。


「今、連絡が入った。それは敵じゃない」

「ええ? どう見たって鉄獣ですよ」


 怪訝な声の部下を角付きは左手で制し、右手を自身の耳に添える。

 まだ無線で話をしている途中のようだ。

 そして、話が終わったのか私に向かって告げた。


「おすわり」


 一瞬思考が停止した。

 それが戦場においてあまりにも異質なものだったからだ。しかし、角付きの声と態度は真剣そのもの。クソ真面目で冗談の通じないPECの体質がよく表れている。


 その言葉の根拠はなんだ。

 通信相手が誰だったのかを考えればすぐにわかる。

 私だって数日前のことくらい覚えている。これは前例のあることなのだ。メイズと戦った時、小娘が仲裁したのと同じやり方ではないか。従えば隙を狙われる危険性もある。だが、アルファを撃破するためには私とホワイトガードが協力するのが合理的。小娘の進言に賭けるしかない。


 私は地面に片膝をついて座った。

 ホワイトガードがどよめく。


「鉄獣を飼いならす話は聞いたことがあるがこのタイプは初めてだ」

「狂暴そうだがよく躾けられている」

「でも、なんか見たことある気がするな」


「沈まれ。戦闘中だ」


 角付きが一喝する。

 都市内部ではまだ鉄獣との戦いは終わってはいない。壁外からの鉄獣の侵入は今も続いているし、役所に逃げ遅れた民間人たちが家の中からこちらを窺っている。


 ふと、もう一度、壁の方を見上げるとアルファがいない。

 気づけば奴は私のすぐ近くまで下りてきていた。


 ホワイトガードたちがすぐに銃を構える。

 装備の潤沢なホワイトガードは半数以上が高性能なヘルムを用意していた。シールド部分に暗視ナイトビジョンが仕込んであるのは一般的だが、PECほどにもなると熱源探知サーマルビジョンも備えているということか。


 しかし、不思議だったのは装備なしでアルファのいる方向を正確にとらえていた者がいたことだ。

 観察すると彼らが見ているのは鉄獣ではなく地面の方だった。雪の上に新たに作られていく足跡を頼りに狙いを定めている。やはり、中身の練度もバカにできんな。


「撃て」


 角付きの合図で一斉に射撃が開始される。

 数発は命中したのは視認できたが、アルファはすぐに物陰に隠れる。


 アルファが声を上げる。

 体の中がぞわぞわするような不気味な鉄獣の声だった。壁が爆破されたときに聞いたものによく似ている。

 それがただの鳴き声ではないことはすぐにわかった。街中に散っていた鉄獣たちがこちらの方に集まってきたからだ。無秩序に戦っていた多種多様な鉄獣の敵意がホワイトガードへと向けられていた。


 大きな熊型の個体がまず襲い掛かり、その後ろからグラスハウンドが飛び出てくる。ホクセンでは姿を見ない巨大な蛇の鉄獣が雪の中からもホワイトガードに仕掛けた。それらはひとつの殺意として動いていた。

 先程まで美しい連携を見せていたホワイトガードたちが圧され始める。


「やはりアルファ個体を先に叩かねばならんか」


 角付きが苦々しげにつぶやく。


「第一、第二小隊は私と共に敵アルファに突撃を仕掛ける。避難を担当する部隊以外は近づく鉄獣を排除し、余力があればこちらを援護しろ!」


 白い鉄殻衣の一団が雪の市街地を駆けた。

 彼らも自分たちの劣勢をよく理解しているはずだ。敵の物量はあまりにも膨大で、質すら並みの鉄獣とは比較にならない上に連携まで取ってくる。

 かつて愚かと断じた鉄獣の姿はそこにはない。


 要塞市場の人間は大壁に絶対の信頼を寄せていた。それこそ凍土狩場の住民が鉄狩りを信頼していたのと同じように。それが破られたことで都市全体に不安と恐怖、混乱が一体になって渦巻いている。もしもホワイトガードが失敗すればそれはそれは絶望へと変わるだろう。


 タロもこんな状況だったんだろうか。

 いや、もっと酷かったはずだ。突然の奇襲に情報もなく、圧倒的物量と未知の敵に蹂躙された。早々に敗北を悟って住民を逃がし、自身は敵を食い止める選択をした。


 タロは愚かな男だ。

 だが、その愚かさを無駄にはできない。

 エクシオの力が凍土狩場を救い、小娘の知恵が私を生かした。

 タロが、私たちが歩んできた来た歴史がいつか忌まわしき怪物の息の根を止めるのだ。


 倒れていた間に多少は体は回復した。

 まだ全はが熱く、スタミナも尽きかけているが戦うくらいできる。

 頑丈で回復が早い。私には赫石があるからだ。加えて、この体は、エカは優秀だ。なにせ私が手を加えているのだから並みの鉄獣ごときと一緒にされて貰っては困る。


 立ち上がる。


 さあ、終わらせよう。

 滅亡の再発は防止されるべきなのだ。

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