第34話
赫石があったとしても巨大なエネルギーの放出は体力を大きく消耗する。
私がこの身をもって体感した事実だ。
もしも、今も万全ならアルファは更に壁を破壊するか、鉄獣の群れに混じって殺戮へと繰り出していたことだろう。そうしていないということはアルファも私と同じように疲れるということだ。
体力は無限ではなく、大規模破壊攻撃は連発できない。
しかし、逃げてもいない。少し休めば戦える程度の消耗と考えられる。
この前提が成立するのなら、回復する前に仕留めることが最善だ。
跳ぶ。そして、大壁の段差になっている部分を踏んでもうひとつ高く飛ぶ。
四度それを繰り返して私は大壁の上にたどり着く。
結局、私の攻撃手段はこのシンプルな熱量の暴力しかない。戦闘経験は極わずか。技量もセンスもあったものではないが、当たれば殺せるなら十分だ。
走る。腕を振りかぶる。
アルファが私を向いた。
間違いなく視線が交錯していた。
重い金属音がして私の振り上げた右手は手首を打ち付けられ、攻撃を外された。続く左手の攻撃は私のボディに重たい一撃を喰らってしまったことで無力化される。強い衝撃に逆らわず、私は数メートルの距離を転がった。コートの留め具が弾け、壁下へ飛んでいく。
奇襲はかわされたが、無策で殴りかかったわけではない。
今の私には仲間がいる。
響く重低音は丸ノコの高速回転の唸り。どんな金属だろうが切り裂く破壊の音だ。敵だったときは恐ろしかったその振動も、味方であればこれほど頼もしいものはない。
メイズの攻撃は確かに何かを切断した。
光学迷彩が解けた金属の切れ端が地面に転がる。鉄獣が叫んだ。
しかし、足りない。致命傷にはほど遠い。
メイズが両手の丸ノコで斬りかかり、アルファがそれを受け止める。火花が散った。
受けきれないと悟って、すぐに敵は後退する。
追い詰めようとしたメイズだったが、すぐに足を止める。
アルファのすぐそばで地面が炸裂したように弾けた。
わずかな攻防の間にいくつもの駆け引きと発見があった。
「こいつ、武器を持ってるのね」
それは巨大な鉄槌だった。密度の大きい金属であれば運ぶのにも苦労しそうなほどのサイズ。丸ノコを受け止めたのも鉄槌だったのだろう。あの質量は簡単に切断できるものではない。
アルファはその鉄槌を軽々と振るっている。
しかし、武器か。
頑丈な体を持つとはいえ肉弾戦はどうしてもリスクが生じる。私も最初にメイズと戦った時は丸ノコ相手に苦労させられた。ならば、道具を使う人類に対抗するには同じように武器を持てばいいと考えるのはごく自然なことだ。
鉄槌をどうやって用意したのかはわからないが、アルファが持つには重さもサイズもちょうどいい。光爪と同じく振り回せばいいだけなのでテクニックも必要ない。
こうなっては認めるしかない。
敵は賢い。赫石と肉体の強さに甘え、より確実な強さを求めなかった私の未熟さを恥じるほどに。
アルファが鉄槌を振り回す。
その一撃は必殺。当たれば一発で体がひしゃげるだろう。
二対一だというのに一瞬たりとも気が抜けない。手数は押しているのだが、あと一歩が足りない。
状況は膠着していた。
そこに割って入る攻撃があった。
口径の大きな銃弾。
狙いはアルファではない。私だった。
一発が顎先をとらえ、とっさのことに飛び退ったところを腕に二発、三発と喰らう。小娘の拳銃などとは違う対大型鉄獣用の弾丸だ。その威力に体がバランスを崩す。
その致命的な隙を逃す敵ではなかった。
アルファは鉄槌を振りかぶり、私を正面から殴打した。
交差させた両手で受け止めるも金属の軋む音と共に腕はいびつな方向に曲がる。それでも衝撃は受け止めきれずに私の体は宙を舞った。大壁から転がり落ちていく。
私が落ちた先に待っていたのは白い鉄殻衣の一団、ホワイトガードたちだった。
彼らは周りの鉄獣を圧倒的な暴力でねじ伏せながらも私への距離を詰めてきた。
乱れることなき統率力と最先端の武装、個々の強さは凍土狩場の鉄狩りに劣るが、集団としての強さは第三大陸でも一、二を争うほどのものだ。
そんな優れた彼らが誤射をしたのか。
いや、あり得ない。彼らは私の姿を見て鉄獣であると看破している。だから射った。
アルファとの戦いでコートを失っており、見た目はただの鉄獣そのもの。見えないだろうが武器を持っている敵の方がまだ文明的な姿をしている。
端末もなく、人の声の出せない私は彼らに弁明する手段を持たない。
参戦前に伝えておけば良かったと後悔してももう遅い。
「エリアE7にて敵アルファ個体を補足。ただ今より撃滅を開始する」
角付きのホワイトガードが無線に向かって告げた。
世界で最も厄介な戦闘集団が敵に回った瞬間だった。
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