第26話

 鉄獣の名前というのは基本的に動物に姿や行動が似てるものから取られることが多い。

 カクレグモも鋼糸を張るのと多脚を持つところが蜘蛛に似ているから名づけられた。

 この命名法はわかりやすいが、名前に引きずられて先入観を持ってしまう欠点があった。


 実際には鉄獣と名前の元になった生物では生態系は大きく違うというのは多々ある。

 カクレグモもその例に漏れない。


 たとえば、蜘蛛のほとんどは単独で行動する。群れて巣を作る種もわずかにいるが、集まってひとつの巣で生活する程度。虫のそれとは違ってカクレグモは複雑な社会性を持っていた。

 その点では蟻や蜂の方がまだに近いだろう。

 ……これもまた誤解を生みそうな表現ではあるが。


 今、我々の前にいるのは兵隊蟻ならぬ兵隊カクレグモとでもいうべきものだ。

 光学迷彩で姿を隠し、獲物の周りに幾重にも罠を張り、群れで巨大な獲物を仕留める。

 動物エサの少ないホクセンで群れを維持できるような鉄獣ではない。

 一体何故こんなところにいるのか。

 興味深い。


 しかし、生態系の考察よりも今はこの局面をどう切り抜けるかを考えねばならない。


 カクレグモが厄介なのは視認性の問題だけではない。

 蜘蛛は尻から出す糸で巣を作り、そこにやってきた敵を絡みつかせ、動きを止めたところを仕留める。一方、カクレグモは糸自体が敵を殺すための武器。張られた鋼糸の切れ味はすさまじく、歩いて引っかかっただけで手足が切断される。

 こちらは光学迷彩が付与されているわけではないが、単純に細くて見つけづらい。

 カクレグモに専用の道具が必要とされるもうひとつの理由だな。


『連絡を入れた。エクシオの気が向けば援軍が来るだろう』

「その前に死んだりしない?」

『奴らは愚かにもまだ自分たちの存在が気づかれたとは思っていない。罠にさえかからなければしばらくは生きながらえることは可能だ』


 私たちは広場の真ん中で身を寄せ合うという妙な陣形を取っていた。

 適当な建物に籠城するのも悪くはないが、一度それをしてしまうと出ていくのが困難になる。この状況で選択肢を狭めるのは良くない。


「じゃあ、この寒さの中で待つのかよ」

『待たない。私は援軍を期待していないからな』

「はあ?」


 エクシオは精神的に消耗しているし、鉄狩りから私の印象は最悪。

 待っていれば援軍より先に夜が来る。

 そして、夜の次に来るのは死だ。


『突破する。一度来た道を戻るのが一番だ。他の場所はすでに罠が仕掛けられている可能性があるからな。このルートであればそこらの奴らを蹴散らすだけでいい』

「もう仕掛けてそうだけど?」

『ならば焼き切る』


 私が光爪プラズマクローを出して見せればゴーズは引きつった笑いを浮かべた。


「おっさんって頭が良さそうな振りして案外脳筋だよな」

「わかりやすくて私は好きよ」


 腰の袋から鉄片を取り出し、一噛みする。


『合図を出したら走れ』


 端末を仕舞ってゆっくりと来た道を戻る。

 幾重にも張り巡らされていたワイヤー罠を切り裂いた。張力が弾けたワイヤーが暴れて私の体を打つ。傷はあるが、どうせ直る傷だ。


 カクレグモが反応したと同時に一匹仕留め、片手を上げた。

 サインを見たふたりが走り出す。


 金属のこすれあう嫌な音が一斉にこちらへと向いた。

 そのひとつひとつがカクレグモ。数十数百の金属製の怪物が迫りくる。

 蹴とばし、投げ捨て、切り裂く。追いかけてくるカクレグモの数は減るより増える方がずっと早い。


 一匹一匹を相手にするにはエカの体は大きすぎた。いくら叩き潰そうとも虫どもはひるまないし、次から次へ手出てくるから間に合わない。光爪はワイヤーを切断するにはちょうど良かったが、虫どもを潰すには不向きだ。


 このまま相手をしていても熱源の濁流に呑まれるだけ。

 私はカクレグモを振り払って逃げるふたりに合流した。

 ゴーズの体を抱え上げ、全力で地面を蹴った。


「うおっ。びっくりするじゃねえか」


 彼がいてはメイズも鉄殻衣の性能が発揮できない。

 以前までなら鉄殻衣を持たない人間の方が多い環境だったのだろうが、少数精鋭では全員が鉄殻衣を用意しないと足並みをそろえられんな。


 メイズも速度を上げた。

 驚くべきことに彼女は走りながらでもワイヤーを視ることができるようで丸ノコで撫でるように切断していた。速度すら落とさない。これが才能というやつだろうか。


 まだカクレグモは追ってくる。

 だが、もうここまで来れば十分だ。


 前方に鉄狩りの一団が見えた。

 先頭に立つのはいつものヘルムではなく、ゴーグルをつけたエクシオだった。

 エクシオたちは私たちを見るとその位置で防御を固めることを選んだ。鉄の盾とライフルを持った鉄狩りを一列に並べると、私たちにこちらに来るように合図する。

 勢いそのままに彼らの待つ防御陣まで駆け抜ける。


「撃て!」


 鉄狩りたちがカクレグモを攻撃する。

 物量にものをいわせた制圧射撃によって途方もないように思われたカクレグモがみるみるうちに減っていく。ゴーグルを付けているので、光学迷彩に対する対策はすでにできていたのだろう。


 メイズの呼吸が整う頃には動いているカクレグモはほとんどいなくなっていた。

 エクシオはショットガンを大ナタに持ち替える。


「残りは手作業で十分でしょう」


 陣地に肉薄したカクレグモにナタを振るう。

 天幕で頭を抱えていたのと同じ人物とは思えないほど鮮やかだった。

 見ていて不思議なのはカクレグモが一撃もエクシオに与えられないことだ。私が光爪を使って戦ったときはこうはいかない。彼は自分の距離より内側に敵を入れず、一撃で敵を叩き潰してみせる。一見、誰でもできそうな動きなのに私には真似できない。


「エクシオさん! あれを!」


 鉄狩りのひとりが小山のようなものを指さした。


「女王、ですか」


 家ひとつありそうな巨体のそれはカクレグモの女王に当たる個体だ。

 本来は巣にいて、子を産むのが役目だ。光学迷彩や糸を吐く能力はないが、戦闘力がないわけじゃない。加速した鋼鉄のボディと重量によって鉄狩りを容易く押し潰すことができる。


「……困りましたねえ」


 部隊の装備は小型サイズの兵隊カクレグモを対象としたもの。

 今、女王を相手できる装備を持つのは私とメイズくらいか。兵隊がいるなら女王がいるのも考えてみれば当たり前の話なのだが、すぐに戦うことになるのは想定していなかったな。女王を食い止めている間に対大型用の武器を乗せた車両を持ってくるのが定石ではあるが、被害は避けられん。


 メイズが進み出ようとした。

 しかし、私は片手を上げ、それを制した。


 ゴーズをその辺に転がして地を駆ける。

 小さなカクレグモをかわし、八本の足を避け、倒壊した建物を蹴って女王の上へと着地した。振り払おうともがく女王だが、その程度でエカを振り払えはしない。


 尻尾にエネルギーを集め、先端を女王の腹部へと向けた。

 射撃は得意ではない。だが、しがみついてる限り、この狙いが逸れることはない。

 熱が次第に高まっていく。


 そして、放つ。

 照射されたエネルギーは光線となって女王の体に風穴を開けた。

 体の内側から臓器と赤子になりきる前の幼体が零れ落ちる。

 動きの止まった女王の頭をメイズが刈り取った。


「なんだよあれ」

「旧時代の兵器じゃねえか?」

「あのマッドサイエンティストそんなものにまで手を出してたのかよ」


 そうだ。旧時代兵器で思い出した。

 超光子砲タキオンブラスターだ。

 タキオン粒子とは光速より速いとされる物質で、かつては理論上にしか存在しないものと思われていた。

 しかし、旧時代の廃墟からそれを使ったとされる兵器が発見された。その兵器はありとあらゆるものを溶かし、どんな堅牢な物質も瞬く間に貫通したという。


 私の尻尾からでる光線はかつて記録映像で見た超光子砲に非常に近い。

 暫定的に超光子砲と呼ぶこととしよう。

 虎の威を借ることになるかもしれんが、近い威力はあるだろう。


 エクシオを見ると視線が合う。

 すっきりした気分の私とは対照的に奴は心底疲れたように息を吐いた。


「……掃討に戻りましょうか」


 こなれた動きでカクレグモが駆除されていく。ものの十分足らずで近くから動くカクレグモの姿はなくなり、凍土狩場は元の静けさを取り戻した。手際の良さは見習いたいものだ。


 超光子砲を撃ったせいか、全身に気怠さがのしかかってきた。

 今日はこれまでだな。

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