汐が矜持を損なわないワケ -怪奇現象へ至る病との付き合い方-
アヌビス兄さん
第一章 シュレディンガーの猫観察記録 全7話
第1話 紅月 汐という少女について知る事を語ろう
好奇心は猫くらいは殺せるのだろうが、果たして怪物を殺す事はできるのだろうか?
「あのさ、
「シンギュラリティ……AIが及ぼす人類の未来についてかい?」
「いや全然違う。いきなりなんの話だ……じゃなくてお前が持つその袋」
「まぁ、まちたまえ」
遠足のオヤツに全集中するクラスメイトに対して俺はどういう顔をすればいいんだろうかと真剣に悩む。
バスの隣の席で“行き““道中““帰り“と書かれたオヤツが入ったビニール袋を前にして難しい顔をしている女子生徒。
「なぁ、
「何?」
幼馴染故の腐れ縁と、それとは別の理由でバスの席が隣になった汐、彼女は鳴上くん、こと俺に話しかけてきては、駄菓子のこざくら餅を見せる。俺も何度か食べた事はあるし、駄菓子の入った袋については何も答えないのに何を言い出すんだろうというのが俺の感想。
「かつては明光製菓の至宝・こざくら餅、十八個入りだったらしいんだ? 驚きじゃないかい? 十八個だよ! 今より八個も多い。やばくないかい?」
「へぇ、そうなんだ……」
凄いどうでもいい話だ。
そう言ってこざくら餅をビニール袋に戻すとキャベツ太郎を食べ出した。どういう事なのか俺にはさっぱり理解ができない。そもそもこの汐を理解しようというのが間違っているのかもしれない。
ちなみに学校生活で汐は休み時間は専ら自席にてジャンル不問で読書をして過ごしているので俺以外の誰かと話しているところを殆ど見た事がない。
殆どの方も“次、移動教室だっけ?“ 的な無難なやつである。
「なぁ、鳴上くん? 君は猫派? それとも犬派?」
バスの中でまたしても唐突に脈絡のない質問で汐が俺に話しかけてきた。今日は恐らく遠足でオヤツ持参している為テンションが上がり、普段より饒舌なんだろう。反応に困る程の質問でもないが、俺は猫も犬も別に好きじゃない。
汐という人間を俺はおおよそ十年以上近くで見てきたが、こいつは何処に出しても何かをやらかす変人だ。この鳴上くんという生ける汐事典である俺を持ってして言い切れる。
最初にこいつやべぇなと気づいたのは俺の家と紅月家の合同でBBQを開いた時だっただろうか? 俺と汐が四つくらいの時だ。遠い所を見ている汐に「汐ちゃん、何してるの?」という俺の幼児らしい可愛い質問に対して「あの、建物の窓の数を数えてる」と見知らぬマンションの窓数を数えていた。
不思議ちゃんと言えばそれで済んだのだが、翌日汐はそのマンションの絵を描いて俺に見せてきた。子供らしい下手な絵なのに窓の数だけ正確に描かれた様子は当時なんだか不気味に思えた。
そして忘れもしないのは小学六年生の修学旅行、特に興味のない神社仏閣のある奈良、京都の定番旅行だった。お土産費用として五千円という大金を持ちみんな浮かれ上がっていたのが良い思い出だ。
そんな修学旅行初日、こともあろうに汐は出発する駅にある宝くじ売り場でなんとスクラッチを5000円分購入したのだ。「小学生がそんなの買っていいのか?」そう言う俺に「鳴上くん、宝くじの購入に年齢制限はないのさ」と勝ち誇った顔で俺にそう言った。
目的地についてもいないのに、汐はお小遣いを使い果たし、年期の入った十円玉でスクラッチを削っていき、5枚おきに200円を当選させ、5000円をわずか1000円にしてしまったのかと思ったが、汐はやりやがったのだ。
なんと二等の50000円を当選させた。小遣いが10倍になるとかいうイベントを自ら発生させた。
当然先生にバレて親に連絡、汐が当てた物だから本人の好きにさせてくださいとか汐の親も結構ぶっ飛んでいた事が印象的だ。
そして今現在高校一年生になった汐は平均より大きい胸と特徴的な太眉。一見すると大人しいそれなりに美少女故に男子からの人気が意外と高く、比例して女子からの評価が低い。これは汐にも問題があり、仲良くしようとした女子に俺同様意味不明な質問をして距離を取られ今に至るからだ。
そんな汐は俺の答えを待ちながら、キャベツ太朗を俺の方に向けているのはくれるんだろうな?
多分な。
「どちらかと言えば猫」
「そう言ってくれると思っていたよ! 今日は猫の習性を研究しようと思うんだ」
汐のこの台詞ぶったオタクくさい喋り方が女子には作っている感を感じさせ鼻につくんだろう。いじめられているわけでもないが、俺の知る限り、汐が他の女子と仲良くしている姿を見た事がない。
これに関しては汐にも問題が大いにしてあるのだから同情はできない。
というのも猫の習性というのは、その辺の野良猫の事じゃない。チュッパチャップスを咥えながらバスを見渡す。運転席のすぐ後ろを汐が選んだ時からなんとなく気づいていたが、汐は今日の遠足の楽しみを見つけたらしい。
汐と目があった男子が汐にウィンクするので汐は不適な笑みを返していた。そういう態度が相手に勘違いさせるんだぞ!
恐らく、汐はバスに乗っている配置を覚えているのだろう。猫というのは誰の事だ? 面倒ごとに俺を巻き込むなよ。
いや、ダメか……俺はこの汐の飼育係的な位置付けだ。
となると、飼育係が行える事はこの小さき猛獣が見物客に噛み付かないように注意する事だろう。
しかし猫というのは誰の事だ? 俺には見えていない何を汐は見ているのだろう。というか、汐の見ている世界はまだ俺達と同じ世界なんだろうか?
元々の性格が相まって治療方法が見つかっていない汐の
「多分本人には自覚があると思うのだよ。私の経験上芽吹くのはこの遠足の前後だと予測しておこうかな。遠出にて、人を辞めるか、猫娘。かな」
猫娘というワードからどうやら女子生徒の誰からしい。汐はその女子生徒をこの遠足期間中から監視対象にするつもりらしい。バスは目的地の牧場へと到着し汐は「さてと」と言ってオヤツの袋をリュックにしまう。
「そいつを助けるのか?」
「おいおい鳴神くん、私の事をなんだと思っているんだい?」
汐、君は俺の知る限り変人の日本代表だと思っているよ。むしろそれ以外だと一体なんなんだい?
「汐は好奇心の怪物だよ。違うか?」
「あはははは! 得てして見事に一本取られたな!」
汐はうまく俺が言い当てた事がよほどツボだったのかひとしきり笑っていた。それを見ていた女子グループが「えっ? 紅月さん?」「何あれ?」「ヤバくない?」とか聞こえてくるが、汐はそういう言葉を一切気にする様子はない。
そういやかつて中学の頃一度だけ汐をいじめの標的にした者達がいた。
汐はシカト無効化のスキルでもあるのか無視されていてもなんとも思わない。痺れを切らしたいじめグループは強硬手段に出た。そのグループと汐との間に一体何があったのか分からない。
結果、いじめグループの主犯が翌日以降学校に来る事はなかったのに汐は「彼等、割と話が通じて案外いい奴らだったよ」だなんて言って普段通り、長年一緒にいた俺ですら感じた不気味さをクラス中に振りまいてくれた。
高校生になってから汐は一見するとその本性を潜めていた。何故なら汐はオートバイの免許を取に行っていたからだ。免許の取得に学校の届が免除されているのも汐が深刻な
牧場に降り立った汐は新鮮な空気を肺に取り込み、俺や親しい人にしか見せない狂気的な表情を浮かべた。彼女の好奇心を満たす為の猫がこの地に放たれたのだから。
次の更新予定
2024年11月30日 10:00
汐が矜持を損なわないワケ -怪奇現象へ至る病との付き合い方- アヌビス兄さん @sesyato
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