第三章 きさらぎ駅から電車に乗って旅行に行ってみた話 全9話
第一話 “きさらぎ駅“から乗り換えて新幹線に乗ってきた不思議な女の子の話
深淵は意外と、覗き込んでくる相手に恐怖しているかもしれない。
何が起きたのかまだ学生の自分には分からない。この話を何度か親しい人にしてみたもののいつも笑い話しとて片付けられてしまう。あれは一体なんだったのか? これには自分にも原因があるのだが、しかし解せない。あれは私が統京から大坂へと向かう新幹線の中での六時間少々の間の話であり、今尚当時の事を思い出してしまう。私は自由席を選び、貰っていた小遣いで駅弁なんか購入して楽しい一人旅気分だった。
携帯電話のワンセグでテレビを見るもいいし、友達とメールで「今何処にいる」「お土産何がいい?」などと浮かれたやり取りを私はしていた。そしてお酒好きの父から長文のメールが送られてきた。
『
未成年の娘にお酒の購入を依頼する父親ってどうなの? いきなりブルーな気持ちになりながら、私は駅弁を開けて気持ちを切り替えた。
扶桑を見ながら食べれば良かったかな?
私は2024年の夏休み、たった一人で大坂にある親戚で親友。
礼子からのメールが来ていないかお弁当を食べながら開いていると、私の隣に座る少女の姿。
「失礼、ここ座ってもいいかな?」
わっ! と息を呑むような美少女というわけじゃないけど可愛い女の子が特徴的な話し方で隣に座って来た。年相応よりやや幼め、大きな瞳、眉は太いな。キューティクルの効いた赤みがかった綺麗な髪、そして否応なしに目が行くのは平均より大きな彼女の胸だろう。
なんせ、私は彼女に比べてかなりスレンダーなのだ。
「どうぞ」
私がそう答えると、彼女は「ありがとう。一人旅かい?」だなんて話しかけてきた。私は自慢じゃないが、陰キャではないという自負があるのだけど、この子何系のキャラなんだろう?
年齢は同じくらい、やや虚ろな瞳と作ったような笑顔。クラスにいるこの手のタイプの子は大概教室で一人静かに本でも読んで過ごしてそう。そして知らない人にこうやって話しかけてくるような事もないのがお決まりだ。
礼子から新大坂駅に16時頃に待っているので、その足でユニバに行こうといいタイミングでメールが入ってきた。それに返信して時間を潰せるので私は隣に座った女子に「えぇ、まぁ」と私の方が陰キャみたいな反応をしてしまったのが少し気に入らない。
私はこの時、少しばかり自分に対してムキになったらしい。「貴女も一人旅なんですか?」と普段知らない人とは話さない私がそう聞き返していた。彼女は意外と可愛らしく人懐っこい表情で私に頷いた。
彼女を動物に例えるとしたらなんだろう? カラス? 違うか? しっくりくる動物が思い浮かばないけど、「そうだね。一人旅と言えるね」と含んだ言い方で返してきた。
「なんで白衣着てるんですか?」
彼女はカットソーとロングスカートのノームコア的なファッションに白衣を羽織っている。もしかすると、何処かの大学生とかなのだろうか?
「個人的な自由研究の旅だからね。形から入ろうかなって思ってるのさ」
大きな赤縁のメガネをかけているけどどうやら伊達らしい。私を見ていながら何か別の物を見ているような視線で「似合ってないかい?」と聞いてくる。
自分の着たい服を着るというファッションコーデのテーマに対して、彼女は上手く自分に似合うアイテムを選んで着ている事は否定できない。
私は、彼女が気を悪くしないように、身振り手振り、少し大袈裟に手を振って彼女の質問を否定する。「いえ、とっても似合ってますよ」と答えた。
「私は
新幹線で隣の席になった少女、紅月汐はなんと年下だった。
なんとなくだけどこの汐は共学では同性受けしないなと思った。そして悪い意味でなのだが、私の通う女子校では、彼女はカルト的に同性受けしそうだなとも同時に思った。
「
汐は私の顔を見て、そして私の身体。特に胸部を見て、そして何か考えるように頷くと鞄から自家製らしいおにぎりと水筒を取り出した。
「十崎くん、いや蓮美くん。私もお昼をご一緒しよう!」
この子は年上とかを気にするタイプじゃないらしい「一応、私年上なんだけどな」と念の為に彼女に言ってみるが、恐らく予想通りの言葉が返ってくるだろうなと私は思って彼女の返事を待ってみた。「一年、二年先に生まれた。後に生まれたなんて対した差じゃないよ?」と何故か諭すように言われた。
ここでムキになって汐と口論するのは得策じゃない気がした。なんとか、何処かで彼女をギャフンと言わせたいと思った私は「じゃあ私も汐って呼ぶけどいいよね?」と了承を得る前にそういった。特に汐は嬉しそうでも不快そうな表情もしない。というかどういう表情なの?
「もちろん、一向に構わないよ」
汐は今自分が食べているおにぎりの具の方に興味を持っているみたい。それにしても美味しそうに手作りのお弁当を食べるもんだ。なんだか背伸びして駅弁を買った私が損した気分になる。
「この電車は何処に向かってるんだい?」
新幹線の事を電車という汐、どこか田舎から出てきた子なんだろうか? でも今座ったって事は統京から乗車してるわよね?
「普通に大坂行きじゃない?」
私が当たり前の事を汐に言うとバカみたいな事を返してきた。
「大阪? 九時間くらいかかるんじゃないか?」
各駅停車にしか乗った事がないんだろうか? 新幹線を使えば大坂までは6時間あれば楽に到着できる。私は一つ、汐にマウントを取れる事にほくそ笑んだ。
「何処の田舎から出てきたのよ! 6時間くらいよ」
「ろ、6時間でこの電車は大阪まで着くのかい? 信じられないな」
「遅い方だったら7時間くらいかかるけど、これ一番速いから」
「やはり乗って正解だったね。これは実に面白い」
そんなに新幹線に乗るのが珍しいんだろうか?「汐って出身どこなの? この辺じゃないよね?」と私が尋ねてみる。すると、汐はおにぎりを食べる手を止めて。
「私か? 私は千葉から“きさらぎ駅“を探して来たんだ。こいつに乗るのに大変だったよ」
ほらやっぱり全然私の知らない所だった。しかも地元民でもない私にチバとか言われても「何処よそれ、都道府県で言って!」と苦笑した。
「ふむ、成る程。それは失礼した」
そう言って汐は出身を誤魔化してしまった。
「ごめんね。悪い意味じゃないんだけど、知らない地域だったからさ!」
年下相手に少しムキになり過ぎてしまった。これは私が反省すべき点だ。汐は気にしていない素振りをしているけど実のところどうか分からない。誰だって自分の故郷に思い入れが少なからずあるだろうし、ディスられたらいい気はしない。
「ほんとごめん、何か奢るよ」
「いやいや全然気にしてないよ」
「うん、でも私の気が晴れないから」
「そういう事なら、是非何か甘い物でも」
まいったな。二つも年下の汐に気を使わせてしまった。自分が何か所望した方が私のプライドが保たれると瞬時に理解したらしい。この娘を色眼鏡で見るのはよそう。
「あとよければ蓮美くん、現地に到着するまでの間話し相手になってくれないかい?」
悪い子じゃないし、私も新幹線の暇つぶしとて同世代とのお喋りはありがたい。
「もちろん、私でよければ」
「やはり頼るべきは先輩だね」
一本取られてしまった。ここにきて「先輩って……もう」と私は少し変わった汐との電車の旅がとても有意義な物になるとこの時は思っていたこれは、私がキツネに摘まれたという言葉がよく合う摩訶不思議な世界に片足を踏み入れてしまったお話なのだ。
私はこの6時間と言う長いようで短い時間、紅月汐と言う少女に出会った。
この少女、一体何処から来て何処に行ったのか……これは私が唯一体験した不思議なお話である。
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