第二話 汐という少女は聞いた事のない千葉という場所か魔法の粉がかかったお煎餅を持ってきた
チバって場所を何気に調べてみたけど、地区町村含めて、何も検索にヒットしない。もしかして聞き間違えたのだろうか?
「車内販売でーす」
そういえばパパに頼まれてたな。「あの、山崎っていうのの十二年ありますか? あとアイス二つ」車内販売のお姉さんは、私の年齢を聞いてきたけど、父に頼まれているとメールも見せて、理解を得る事ができた。ついでに汐と私のアイスクリームも手に入れたし御の字だ。
パパのウィスキーをリュックにしまうと、私は車内販売でのみ売られている妙に硬いアイスを汐に一つ手渡した。
長時間保存する必要があるのは分かるが、木のスプーンが全く通らないアスファルトみたいに硬いアイス。これを解けていい感じの柔らかさになるまでちょびちょび食べるのが意外とオツなのだ。
「遠慮なく食べちゃってよ! と言っても硬すぎるんだけど」
汐はアイスをつついて「確かに」と感動している。私はなんだか汐を少しばかり驚かせる事ができて変な達成感を感じていた。しばらく二人して黙々と硬いアイスに悪戦苦闘しながら食べ進めていた。汐は硬いアイスを見つめながら面白い仮説を立てた。
「電車に乗っている小さい子とかが、少しでも長い間静かにしておけるようにこんなにアイスを硬くしているのだろうか?」
駄菓子はできる限り長く食べられるようにというコンセプトがあるという話を聞いた事がある。もしかすると汐の考えている意味合いもこのアイスにはあるのかもしれない。それだけ洒落にならない程硬いのだ。
「汐はどこまで行く予定なの?」
「いけるところまでかな? 特に目的は決めていないんだ」
年下の女の子の台詞とは思えない。汐は「“きさらぎ駅“から乗ってきたんだけど、行き先までは知らなくてさ」と語る。“きさらぎ駅“って「結構辺鄙なところから来たんだね」と私が言うと、汐はアイスを食べる手を止めて、少し考えているようだった。
「成る程、“きさらぎ駅“は辺鄙なところにあるんだね。蓮美くんは使った事は?」
いくらなんでもそんな場所「用もないし、降りた事もないよ。というか、“きさらぎ駅“から統京駅まで来たの?」と普通に驚いた。
「うん、どうやらそうらしいね。そんなに距離があるものなのかい?」
汐はつい最近まで海外にいたんだろうか? あまりにもこの辺りの事に関して無知がすぎる。「冗談じゃないよね?」と念を押してみた。
「なるほど、蓮美くんの反応からして“きさらぎ駅“とこの電車の出発した場所は相当離れているんだね。やはり夏休みを選んで正解だったらしい。手作りのお弁当も持ってきたし、オヤツだってリュックに沢山入れてきた。どうだい? 蓮美くんにも一つ差し上げよう」
そう言って汐は見た事のないお菓子を私に一つくれた。オレンジ色の袋に入ったお煎餅だろうか? ご丁寧に一枚一枚ビニールの包み紙に包まれている。そんなお煎餅に汐はアイスを乗せて食べている。
「うん、あまじょっぱくて美味い」
確かに不味くはないだろう。私も同じように汐に倣ってアイスを乗せて食べてみた。
「んんっ! おいし!」
思っていたお煎餅じゃない。何か味つのついた粉がついてる。
「魔法の粉がかかってるからね」
「魔法の粉って……味付けでしょ! でもなんかクセになるかも」
私が汐が持ってきたお菓子に感動しているのに汐が気をよくしたのか、座席のテーブルにそのお菓子のパッケージを底に置いてこう言った。
「このお菓子はカルト的な人気があってね。蓮美くん、好きに食べてくれたまえ」
どこか背中が痒くなるような喋り方「このお菓子って汐の地域でしか売ってない銘菓とか?」と聞いてみると。
「うーむ、まぁ、そんなとこかな」
汐の含んだ一言、「ほんと美味しい」「それは良かった」と私達はしばらく硬いアイスを削っては粉のかかったソフト煎餅に乗せて食べながら、新幹線の旅を満喫。
「そろそろ1時間か、扶桑が見えるよ!」
私が窓際を指差すと、「扶桑? 富士山かい?」と汐は聞き返す。
「富士山ってそんな呼び方もあるの?」
「蓮美くん、その扶桑は日本で一番大きな山かい?」
「当たり前じゃん! 写真でも撮る?」
いくらなんでも扶桑まで知らないなんてわざとだろうか? 外国の観光客でも扶桑目当てで登山に来るくらいなのに。それにしては汐の反応に嘘っぽさは微塵も感じられない。汐をみていると柔らかくなったアイスを美味しそうに食べていた。
「その扶桑。いいねぇ、是非写真を撮ろうと思う。タイミングが来たら教えて欲しいよ」
今時水筒を持参で新幹線に乗ってる女子高生なんているんだろうか?
偏見はいけないと思いつつも、珍しい蓋がコップになっている水筒を見つめながら私がそんな事を考えていると、汐は私の分のお茶も入れてくれた。「麦茶だけど、私の家の麦茶は中々美味しいよ」とこれまた珍しい麦茶をご馳走になってしまった。確か麦茶って有名なホストがお酒代わりに飲んでたとかで昨今知名度が上がったお茶のハズだ。
「いただきます。へぇ、麦茶って初めて飲んだけどこんな感じなんだ。美味しい」
「ふむ、口にあって光栄だよ」
汐は麦茶を飲んだ私に「もう一杯飲むかい? このカチコチのアイスをご馳走になったわけだしね」と言ってくれたので、厚意に甘えてもう一杯。なんだろう。懐かしいような、それでいて苦味を感じる不思議な味だ。
「コーヒー飲むより良さそう」
私のその言葉に反応して、汐はこの麦茶の美味しい飲み方を教えてくれた。
「煮出して牛乳で割って飲むと、ノンカフェインのコーヒー牛乳になるよ」
そもそもどこで麦茶は売ってるのか、「へぇ、汐はよく麦茶を飲むの?」と聞いて見ると、汐は「パンを焼く前に吹きかけたりもするね」とちょっと意味の分からない回答が返ってきた。
「同じ麦だから焼きたてのパンの香りがするんだ」
なるほど、言われてみれば美味しそうだなと思った。
「もしかしてなんだけど、汐の家ってお金持ち?」
「父の実家は寺らしいけど、私の家は一般家庭だよ」
「そうなの? なんか持ってる物も珍しいし、お金持ちっぽそう!」
改めて見ると、汐の服装。どこで売ってるのか、カジュアルなジャージの上下。ウェストは細く、大きな胸が目につく。
「服のセンスもいいよね。どこで服買ってるの?」
最初こそ何も知らない田舎から出てきたと思っていたけど、今や逆に私は汐に遊ばれているんじゃないかとそんな風にも思えてきた。
「色々だよ。これは渋谷で友人とお揃いを買った」
「渋谷? あんな場所にそんなお店あるっけ?」
「当然ユニクロや、しまむらなんかも使うが」
聞いた事のないお店の名前を次々に言う汐、携帯で調べてもいいんだけど、後で一人になった時にしよう。汐の利き手は左なのか右手首につけている時計もこれまたオシャレなデジタル統計だ。時折、心拍数を表示しているが、メーカーによる遊び心ななんだろうか?
「蓮美くんの服も中々可愛いよ。黒のタートル、チェックのスカートはバーバリーかい? それにニーハイブーツか、いいチョイスだ」
「はは、ありがと」
そんな話をしていてふと思い出した。
「汐、窓の外見て! 扶桑が見えるよ!」
私は携帯を構える。汐も同じく「成る程あれか」と言いながら、私の前で見た事もない形状のカメラ? 携帯を構えた。
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