第五話 火起こし体験と焼き芋とショートパンツの汐リーダーと

 朝食はキャンプセンターの食堂でサンドイッチを自分で作って食べる形式。汐リーダーがトマトが大好きだと言ってトマトを多めに挟んでいるのを見て本当はトマトが苦手な直も、僕も涼しい顔をしてそれを頬張って汐リーダーの通達を聞いた。

 本日は火おこし体験を行うらしい。お箸作りの時と同じく説明する要員と各班のリーダーが僕らの火おこしを補佐して自分で起こした火でココアかコーヒーを沸かして飲むという実にナンセンスな事をしようというのだ、キャンプは面倒を楽しむと言うけど、僕には理解できない。


 他のリーダーと違い汐リーダーは必要な事しか言わない。「以上だ諸君」と「おっと忘れていたよ。お茶請けに焼き芋が出るよ」と甘い食べ物の時だけ少し嬉しそうにしている。「紅月リーダー、火おこしの後のあまご掴みって何?」と和也が尋ねるので、汐リーダーは「サケ科サケ亜科サケ属に属す日本固有種だよ。河川に残る物をアマゴ、降海する物をサツキマスと言うらしい」とアマゴがなんたるかを教えてくれた。

 恐らく、川にいる魚の事だと言えばそれで良かったのかもしれないけど、和也は感心している。

 

 火おこし体験が始まると火傷に十分注意して和也から火おこし器を使って回転するそれを火きり板の中におかくず等を入れて火を起こす。

   

「ほぉ! 噂には聞いていたけど、初めて見たね」

 

 汐リーダーが意外にもこんなアナログな物に興味を示してそう言った。

 

「煙が出てたら火種を乗せて息を吹きかけていってね!」

 

 指導員が「もっと強く!」と言うので僕らはフーフーと夢中になって火種に息を吹きかけると、火が強くなる。

 火が大きく燃えると、あとは指導員と汐リーダーがお湯を沸かす鉄製のケトルを設置する。あれだけ苦労したのにすぐにお湯は沸騰した。「みんなココアでいいかい?」と聞く汐リーダーに僕と和也はコーヒーを所望。なんと、汐リーダーは直と同じココアを選んだ。

 自分達で起こした火で沸かしたコーヒーは何だか少しだけ美味しい気がした。和也はブラックで飲んでいたけど、途中で砂糖とミルクを足して、僕も角砂糖を四つ入れてどうにかこの苦い汁を流し込んでいる最中だ。汐リーダーは直と一緒に地面を見ている。アリに砂糖を少しお裾分けしてその観察中のようだ。


 どうやら直は汐リーダーの話を聞いてノートをとっている事から夏休みの自由研究を同時にこなしているのかもしれない。聞き返しても何度でも説明してくれる汐リーダーみたいな人が学校の先生ならいいのに。

 他の班を見渡すと、親兄弟のように仲良くなっているリーダーと班員。正直、あーはなりたくないと思う。汐リーダーは僕らの事を年下だから君付けではなく敬称として呼んでいる事を一緒に過ごす内に理解した。親しき仲にも礼儀を忘れない。恐らくこの班は一番の当たりと言いっていいだろう。


 あんな馴れ合いをしないと仲良くなれないのはリーダーという役職の放棄と言っていい。どうせ、履歴書にでもこう言った経験を記述して心象を良く見せようとしているのだろう。

 焼き芋を美味しそうに食べる汐リーダー。今日は少し暑いからか、短いパンツスタイルなので僕は汐リーダーを見る際、少しだけ視線に困ってしまう。女性的なラインを保ちながら引き締まっている。そんな悶々とした僕の気持ちはうち消される。


 何故なら“くねくね“と思わしき現象が再びこの火おこし体験で起きてしまうのだ。甘い焼き芋に向けていた汐リーダーの興味がもう既に失われ、騒ぎ声が聞こえる方に視線は向き、そして立ち上がると、現場に彼女は向かって行った。

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