第二章 きさらぎ駅を求めて右往左往 全6話

第一話 紅月汐という少女に“きさらぎ駅“を教えてみたら予想以上に食いついた話

 嘘から実はどうやって出てくるのだろうか?


「汐、今日は学食に行かない? ちょっと相談したい事あってさ」

 

 私、倉田永空くらたとらは私の幻想認識症候群FRSが生み出した男として成長していた“俺“が私に願った汐とたまに話して欲しいという言葉に従い、いつものメンツと関わる時間以上に汐と共に学校生活を過ごしていると思う。と言うのも今回は私は少しばかりを仕掛けてみようかと思ったのである。

 

「私にとらが相談したい事とは実に興味深いね」

「大体分かるでしょ?」

 

 おやおやとか言いながら汐はお弁当箱と水筒を用意している。お財布と中身を確認しているのは、食堂で菓子パンの一つでも買うつもりなのかもしれない。こっちが誘ってるんだから菓子パンの一つや二つはジュース付きで奢ってあげるのに。

 学食に到着すると、汐は適当に空いている席に座り、弁当箱を開いた。卵焼きにタコさんウィンナー、ミニトマトに焼き魚と小さい曲げわっぱの弁当箱におかずが一杯だ。

 そして水筒からコポコポと水筒の蓋でありコップにお茶を入れる。汐のランチの準備が完了したという事なんだろう。私は券売機で適当に選んだ天ぷらうどんの券を購入して食堂のおばさんに天ぷらうどんと交換してもらう。

 

「おぉ! 頼んでこんなにすぐに出てくるとは素晴らしい」

 

 こいつ学食使った事ないんだろうか? うどんとソバは秒速メニューのマストでしょ。

 

「かけそばとかかけうどんとかだともっと早いよ。汐、早速だけど相談したい事って言うのは、中学の後輩の子で““ってのを見たって子がいて」

 

 都市伝説で有名なあの駅の名前に汐はギラついた瞳で卵焼きをパクりと食べた。

 中庭の池で飼われている鯉より食いつきが良さそうだ。

 

「そこはどこの県のどこの駅だい?」

「えっ?」


 まさかとは思うけど汐はこんなメジャーな事も知らないの。

 

「ネット上で噂になった話なんだけどね?」

 

 私は汐に簡単に“きさらぎ駅“について説明してみた。“きさらぎ“とは如月なのか? 鬼と書くのか聞いてくる汐を無視してネットに書いてある事を次々に汐の頭にインプットさせてみた。汐はある程度知識をつけさせて興味を持てば勝手に理解を深めてくれる。これは幼稚園の頃から変わらない。汐の表情を見れば“きさらぎ駅“にご執心だ。


「なるほど、見知らぬ駅か、とらは後輩くんが見た“きさらぎ駅“をFRSと言いたいんだね?」

「うん……じゃないかなって」


 オカルトの大半は解明された。

 大抵が幻想認識症候群を発症した人による証言だという事だった。

 

「確かにこれは極めて、FRSの症状っぽいね。面白い!」

「もし発症しかけているとかなら汐、助けてあげてくれないかな?」

 

 汐にはFRSを発症した人が見えている物が見える筈だから。

 興味を示さないはずがない。

 

「ふーむ、もそうだったが、私を買い被りすぎだよ」

 

 汐はそう言うけど、私とは救われた。幻想認識症候群の発症理由は多岐に渡るらしいけど、私みたいに精神的な悩みからの発症であれば原因を解決すれば抑える事ができるかもしれない。

 

「で? その後輩くんとは待ち合わせでも?」

「それが“きさらぎ駅“を見てから学校に来てないんだって」

 

 汐は目を細めて私を見つめる。こんな時汐には私の姿はどういう風に映っているんだろうと少し心配になる。

 

「成る程な。後輩くんの元に放課後向かうと?」

「汐さえ時間があればそうしてもらいたいかな」

 

 そう返しながら綺麗なお箸使いでもきゅもきゅとお弁当を食べる汐、アスパラガスを食べないのは嫌いだから? それとも最後の楽しみにとっておくのだろうか? 

 

「もしかして何か今日は予定とかあった?」

「そうだね。図書室と駅前の図書館で暇潰し用の本でも借りようと思ってたよ」

 

 要するに予定は無かったという事ね。でも念のために私は「それ外せない用事?」と聞いてみる。

 

「実に大事な用事だけど、次の暇な時が来る時にとっておくよ」

「そう、それは良かった」

 

 ほんと厄介な受け答えをするのよね。これが面倒くさくてクラスメイトは進んで汐に話しかけようとはしない。

 

「よし、後輩くんに会う前にある程度予習をしておきたいのだけど」

 

 気がつくとアスパラガスがお弁当箱からなくなっているので、最後の楽しみの方だったらしい。そういえば私は汐に好き嫌いがあるという話を聞いた事がなかった。予習とやらは後輩くんの情報を知りたいという事だろう。

 

大前茜おおまえあかねちゃん、一覧台中学二年生」

 

 汐はお弁当箱を丁寧にしまうと、「それだけかい?」と珍しく困惑した顔を私に見せた。

 

「いつから? どのくらいの頻度でその駅を見てるのだ?」

「流石に汐でも遠く離れている茜ちゃんの事は見えないか」

「私を化け物か何かかと思ってるのかい? そういえば彼は私を好奇心の怪物って言ったっけ? ふふふ」


 汐は冗談で言ったんだろうけど、幻想認識症候群を発症している人を化け物と差別する人はいる。

 

「ごめん、そんなつもりじゃ」

「謝る必要はないよ、そう言われる度にむしろ私はまだ人の領域だと再認識できる」

 

 まだ人だと言う汐。ゆっくりとだけど確実に汐は自らが化け物になっていってる事を誰よりも感じているのかもしれない。私は後どれくらい汐と普通に話ができるのか、疎遠になっていた時間が恨めしい。

 

「私も茜ちゃんからメッセージを貰っただけなんだけど」

 

 私は汐に役立つかは分からないけど、茜ちゃんが相談してきたメッセージを全て見せる事にした。最初に“きさらぎ駅“を見たのは二ヶ月以上前と記載があった。

 

「それから頻繁に駅を見るようになったと?」

 

 汐は大きな瞳をさらに大きく見開いた。

 

「多分」

 

 私の返答を聞いているのか聞いていないのか、汐は財布を取り出した。

 

「デザートなら私が奢ったげるよ?」

 

 どうやら概ね私が思ったとおり、汐は学食でしっかり経済を回すつもりらしい。狙いは人気のミルクレープあたりだろうか?

 

「家の弁当が美味しいので卒業まで数える程しか使う事はないと思っていたけど、来てみればフードコートみたいで実にここは楽しいね」

 

 汐は女子に人気のスイーツには目もくれず、クリームパンと自販の牛乳を買ってた。

 

「わざわざ学食でその組み合わせを買うんだ……」

 

 両手に持ってご満悦の汐、クリームパンを一口齧った。

 

「いざ目の前にすると、現状維持バイアスでも働いたのかな? 身近なこれらを選んでいたよ」

 

 汐は興味のある事象に対して、かなり危険な領域まで足を踏み込む癖がある。なのに、学食のメニューにおいて汐は美味しくないかもしれないという選択を排除した。誰にでもある失敗に対する嫌悪が汐の中で働いている。「珍しいな」と私は声に出した。

 

「まぁ、クリームパンと牛乳に間違いはないからね」

 

 生徒の殆どが購入する事のない牛乳を選択しているのは汐らしい。

 

「牛乳以外だって間違いないよ?」

「牛乳は液体の単価が一番高そうだったから」

 

 変なところで汐は損得勘定が働くんだな。別に口福感を感じるならコーヒー牛乳やイチゴミルクでも高そうなのに。

 実に美味しそうにクリームパンを頬張り、牛乳で流し込む汐。さしてめちゃくちゃ美味しいわけでも不味いわけでもない学食のパンをこうも美味しそうに食べてくれれば学校側も販売している甲斐があろう。

 私は自販で購入したミルクティーを啜りながら汐のオヤツタイムが終わるのを待った。

 

「次の授業、体育だよそれ食べたら着替えに行こう」

「ふむ、学校側はただでさえ代謝が良い私に運動させるつもりか、もう一つ買っておこう」

 

 もう一つ、と言うのはクリームパンの事だろう。汐は平均よりも大きな胸をしている割にどちらかといえば痩せ型だ。それ故に、男子人気は意外にも高い。

 

「運動してそれ食べたら、栄養がまた胸にいくんじゃない?」

「一部はそうだろうね」

 

 私は以前は男だった。だから、時折こういう下衆な事を言ってしまう事がある。と言っても当然汐の前だけなのだが。汐は私の下ネタに気付きもせずに素直に返してきた。

 もしかすると、私はこの汐と恋人になり、男女の仲になっていたのかもしれない。とか全く想像できないのが汐の変人度合いの高いところだ。クリームパンではなくチョココロネを買って戻ってきた汐。

 

「よく考えたらあのクリームパンの味は普通だったよ。だから次は冒険をしてこいつを食べてみる事にしたよ」

 

 冒険も何もチョココロネも外さないでしょ「どうだい? うまそうだろ?」と私にチョココロネを見せてくる汐。私はそれに適当に頷いてみせた。

 汐は体育終わりにも「普通だ」とか感想を述べるだろう。とはいえ普通に不味くはない。汐の言う現状維持バイアスは健在らしい。

 

「今日の体育は何をやらされるんだい?」

 


 本日の体育は持久走。大抵の女子が歩くか本気では打ち込まないだろう。そして終わった生徒は適当にその辺に座ってだべって時間を過ごして本日の体育の時間は終わるだろうと容易に想像がつく。

   

「まぁ、なんにせよカリキュラムに沿って教師の相手をしてやるのが生徒の勤めだからね。ベストは尽くそう」

 

 汐は何事にも真面目に取り組む模範生と言える。きっと持久走も平均より大きな胸を揺らしながら息を切らして頑張って走るに違いない。そういう所を私は評価している。

 その反面、私は持久走という虚無みたいな体育の時間に汐が何か面白い事でもしでかしてくれないかと少しばかり期待している自分がいた。

汐を見つめながら「今日持久走だよ。疲れない走り方とか知らない?」と聞いてみると、汐は思い出したように「ナンバ走りという物があると記憶している」と言った。


「何それ? というか本当に疲れない走り方とかあったんだ? それ覚えて私も走ろうかな?」

 

 冗談で言ってみたんだけど、汐のインプットした知識の中に疲れない走り方という物が実在して、私は汐に簡単なレクチャーを受ける事になる。ほんとにどこでこういう知識を仕入れてんだ?

 上半身を動かさずに踏み出す足と同じ側の手を上下させて走る。「これ本当に疲れないの」と聞いた私だったけど、疲れない事をすぐに実感した。

 

「ふむ、とらは運動神経が割といいんだな。ナンバ走りをこんな短時間でマスターするとは」

 

 私と汐は少しばかり周囲に注目されながらも体育の持久走を走り切った。そして本当に疲れにくかった。

 

「うん、体育終わりのチョココロネは堪らないな」

「そりゃ良かったよ」

 

 制服に着替えて、残すところホームルームを待って本日の学校は終わり。

 

「そのまま茜ちゃんの家いく?」

「私はそれで構わない」

 

 汐はホームルームが始まるまで、チョココロネを堪能して「牛乳が欲しいな」と独り言を言った。私と目が合うと、ふふんと笑う。

 

「さて、今日の放課後は待ち遠しかったよ」

 

 汐の知的好奇心をくすぐる超有名な“きさらぎ駅“を見る後輩、大前茜の家に私たちは学校が終わると向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る