第二話 その厨二病患者は汐というFRS発症者に恋をする

 後輩、大前茜の自宅に私達は向かっている。あらかじめ私は本日家に行ってもいいかと茜への承諾は取っていおり現在コンビニで手土産を選ぶフェイズだ。

 汐は真剣にプリン、チーズケーキなどのコンビニスイーツがいいか、それとも高級かりんとうにしようか悩んでいるが、女子中学生への手土産に後者は選択肢にあまり入らないだろう。

 

64でかりんとうだな」


 私の予想とは裏腹に汐の中ではかりんとうの人気がとてつもないらしい。それにしても最後にかりんとうを食べたのはいつだろう? おばあちゃんの家に行った小学生くらいの頃だろうか? 味も殆ど覚えていない。

 私と並んで大前茜の自宅へと向かう最中、汐はずっとスマートフォンを眺めている。この行動があまりにもぽすぎて少しばかり不気味だ。


 汐は他の学生同様スマートフォンというアイテムを生活するのに必須アイテムだという考えを持っているものの、流行りのアプリであるとか、友人との普段の会話ツールに使う事はない。私も何度かメッセージアプリで汐に連絡を入れると即座に着信が鳴ったくらいだ。


 いちいちメッセージを打つよりも電話をかけた方が早いと、中年のオジサンみたいな発言に閉口した。汐のスマホ信仰は簡単に情報が手に入る一点にある。

 次の角を曲がれば大前茜の家に辿り着く、数少ない私と仲のよい後輩「あの大きめのお家が茜ちゃんの家」と私が汐に伝える。汐はコンビニの袋を大事そうに持って大前茜の自宅を見上げる。「おぉ、金持ちだな」と感想を述べた。

 玄関の前でインターフォンを押す私、しばらくするとガチャリと扉は開いた。

 

「いらっしゃい。倉田先輩」

 

 青いインナーカラーを入れたショートカットの少女、思いの外元気そうな顔で大前茜は私たちを出迎えてくれた。

 2階の部屋に案内してもらうや否や汐は初対面の大前茜のベットに腰掛けて聞いた。

  

「“きさらぎ駅“が見えるのかい?」

「はい、見えます。いつもじゃないけど、貴女が先輩の?」

「失礼、申し遅れた。紅月汐だよ」

「大前茜です。“きさらぎ駅“が見えてから外に出られなくて」

「それは大変だ。是非、初めて見た時の事を教えてはくれないかい?」

 

 私は嫌な予感がした。汐が何故か初対面の筈の大前茜に対して質問責めを始めた。それに負けず大前茜も返答を繰り返す。

 この二人はなんだか混ぜちゃダメな気がする。

 

「あれは……月がよく見える夜だったように思えます」

「5月23日はフラワームーンだったね。その日かい?」

「あぁ! 多分そうでしょう。きっとその日です」

「ふむ、しかしその日は梅雨前線の北上に伴い雲の切れ端から月が見えていたように覚えているけど」

「私が見た時は雲なんて一つもありませんでした……まさか! その時点から?」

「なるほど、月も含めてFRSという事か」

「その後、突風とも言えるような風を感じたと思ったら、汽笛の音。目の前に見知らぬ駅が現れて」

「そこが“きさらぎ“駅だったか」

 

 汐と大前茜の会話は熱が入っていた。同類のように思える二人が分かり合ったように頷いていているのだ。私はとりあえず話に加わってみた。

 

「汐は何か見えたりするの?」

 

 大前茜とは私が高校受験の時、進学塾で知り合った関係だ。性別を女子に変えると決めた辺りから私は汐と疎遠になり、今思えば少し変わった大前茜に私は汐を重ねていたのかもしれない。

 

「紅月先輩も私と同じって聞いていたけど、やはり見えるんですか?」

「FRSの発症者ではあるけど、今の所何も」

 

 そう言って汐は参ったというポーズ、そして汐はこうも語った。

 

「私にも見えないタイプのFRSの症状という事であればこれはこれで興味深い。是非、後輩くん、もとい茜くんと私もお近づきになれればと。あと汐で構わないよ」

「へぇ、汐先輩ってかなり面白い先輩なんですね! もちろん!」

 

 ほんの少しばかり友達を取られたような気持ちになった。そして冷静によく考えると、なんだか汐に大前茜を取られても、大前茜に汐を取られてもそこまで私にデメリットは生じないなと思った。むしろ、この展開は少しばかり面白いと思ってしまった。実は大前茜は……FRSではないを患っている。


 その名前は……自分はFRSを発症していると思っている厨二病発症者。

 要するに、自我が作り出した変人なのだ。もはや私は汐のFRSに悲観する事なく彼女が楽しんでいるのであれば私もそれに付き合おう。先天的変人と後天的変人を合わせるとどうなるのか?

 汐は素直なので、大前茜に対して、あらゆる角度からFRSの症状を調べていくだろう。

 

「じゃあ、連絡はメッセージアプリで」

「学校にいる連中が使ってますけど、私、こういうのあんまり使ってなくて」

 

 ん? おかしいぞ? 汐はメッセアプリより電話を使いたがる。というか、私と連絡取る時はそうしてる。なのに、大前茜と連絡する際はメッセージアプリを使うというのだろうか? 汐の行動なんて私も理解できないのだが、やや納得がいかない。

 

「汐、メッセージアプリとかあんま使わなくない?」

 

 私がお風呂入ってる時とか、友達とお茶してる時もいきなり電話してくるのに「そんな事はないよ」と平然と嘘をつかれた。

 

「茜くんは話を聞くに特殊なFRSを発症している。発症時、電話なんかよりメッセージアプリで記録を取ってくれる方が見直しもできるし、カメラ機能でリアルタイムの場所の撮影も共有できるじゃないか! そして、助けが必要な時、一文字何かを送ってくれるだけで位置情報を確認して直行できる」

 

 これは緊急時なんだよと、私が何か間違っているかのように答える。

 

「でも、私の時もそうしてよ」

「やれやれ、とら。君は真弓くんやその他大勢といる事が多いだろう?」

 

 要するに私のは緊急を要する事じゃない「いきなり電話は」「着信を見てかけ直してくれて構わない」とばっさりこの話を終わらされた。

 

「グループチャットにしよう。とらも見れるし」

「そうですね。じゃあ倉田先輩とのチャットに汐先輩を招待します」

 

 私の承諾とか一切取らずに二人は話を進めていく。そして大前茜の家で高そうなお茶と汐が持ってきたかりんとうをいくつか摘んで私たちは大前茜の家を出た。大前茜のお母さんが夕食を一緒に取っていかないかと提案されたが、汐がこの後予定があると言ったので私もそれについて帰る事にした。

 

「中々面白くてキュートな子だね。茜くん」

 

 確かに、少し拗らせているが大前茜は可愛い「そうだね」と適当に返す。

 

「汐ってさ? これ聞いていいのか分からないんだけど。普段ちゃんと私の事……というか、私たちの事って見えているの? 男の可能性だった私が気にしていた事だったんだけど、そういえば私も気になっちゃってさ。まだ汐の見ている世界に私っているのかな? 汐のFRSの症状の事最近気になっちゃって……」


 このイタズラを私が仕掛けたのも、汐との思い出を作りたい私のエゴかもしれないと急に思ってしまった。私のこの突然くる不安感も性別を変えた事の後遺症みたいなものらしい。

 

「うん、黒髪の美人が私の前にいるよ」

 

 汐のしてやったりな表情を見せらせる。これに以前はなんだか腹が立っていたけど、私は少し安堵する。困惑した表情なんて汐にされたらいよいよその時が来たと覚悟しなければならない。

 

「私はさ、一年、いや二年くらい汐と疎遠になってじゃん? だから、汐との疎遠になった時間を少しでも楽しい事。というか汐が興味を持つ事で埋めていきたいと思ってるのね? もし、不快なら言ってよね? お願い」

「ふむ。私は楽しいよ。とら、君と一緒にいるだけでね」

 

 そういうところ、汐の瞳には私がどう映っているか分からないけど、まっすぐで目を逸らしたくなるくらい純粋な瞳。

 

「そして茜くん、あれはいいね。実に面白い娘だ。ここ最近の観察対象としては花丸だよ。とらに感謝しているくらいさ!」

 

 そして、これが汐なのだ。本当に昔から何か欠落している部分が多いと思っていたが、そんな汐だからFRSの進行具合が全く分からないのだ。でも大前茜との出会いが汐にとってプラスならそれはそれで嬉しくもある。

 

「彼女、私や他FRSとは何か違うんだ」

 

 流石に汐でもそろそろ気づく頃合いだろうか?

 

「どんな風に茜ちゃんと汐が違うの?」

「いやね。FRSって発症したら発現し続けているのは普通なんだよ。の時もそうだっただろ? だけど、茜くんの話を聞く限りでは発現と消失を繰り返している。これは新しいパターンかもしれない」

 

 私は笑いを堪えるのに精一杯だった。汐はありもしない大前茜の妄言を証明しようとしている。

 

「……何か、私にできる事とかある? 手伝うよ」

「それはありがたい」


 そして私はこの提案を酷くその日の晩に後悔する事になる。汐は私に“きさらぎ駅“について映像作品や書籍、要するに共通点を調べろと言ってきた。

 自慢じゃないが、私は死ぬ程怖い話が嫌いで、大前茜が“きさらぎ駅“を見たという話は笑えたのだが、いざ漫画、都市伝説本、映画、ホームページと、閲覧すればする程に一人で夜中にトイレに行くのが億劫になった。都市伝説系のえも言われぬ恐怖はなんなのだろう。


 こういう時、男だった可能性の私、鳴上永空がいてくれればどれだけ心強い事か、“きさらぎ駅“という物はインターネットがもう少しコアな時代に生まれたらしい。

 論破王で有名な人が作った掲示板サイト“2ちゃんねる“にて身の回りで不思議な事が起こったら報告するという趣旨の掲示板にて様々な話が投稿された内の一つだった。要するに作り話じゃないか、なぁーんだ! そう思うと段々怖く無くなってきた私がいた。

 しかし、汐からかかってきた電話のやり取りで私の恐怖心は再び煽られる事になろうとは思いもしなかった。


「こんばんわ、とら。どうだい? 何か面白い事が分かったかな?」

「汐、“きさらぎ駅“って掲示板で投稿された作り話だよ」

「あの掲示板だろう?」

「そうそう! トイレ行くのも怖かったのに、今は馬鹿馬鹿しくてさー」

「なるほど」

「でしょう? 妖怪とか幽霊と違って由来とか根拠とかない作り話だもん」

「根拠は別にしても妖怪も幽霊も大概創作物なんじゃないかい?」

「それはそうだけど」

「そしてそれらには必ず何か理由があるハズさ」

「端に怖がらせたいだけじゃないの?」

「とら、それはその都市伝説あるいはFRSが存在するに足りうる条件だよ」

「えっ? だって作り話だよ? ただの……」

「私が見ている世界だって、私のFRSが見せているただの世界さ、それにあの掲示板、嘘が多い中で事実も隠れている事が稀にあってね」

「ちょっと、汐。声怖いって……」


 これは新しい事を知った時の汐の反応だ。だけど、怖い気持ちで電話越しに透明な汐の声が耳元で響くのは少し堪える。というか汐が私のイタズラに気づいた新手の仕返しじゃないだろうな。


 汐に限ってそんな遠回しは事はしないか。

 

「明日、とらが調べた事と私が調べた感想を合わせてみよう」


 うん、本気で汐は“きさらぎ駅“を調べるつもりでいるらしい。

 

「思った以上に“きさらぎ駅“とやらはホラー界隈では人々の中に浸透しているね」

「うん、しかも結末がどれも違うよね」

 

 明日感想を合わせようと言ったハズなのに汐は既に集めた情報の話を始めてきている。自分の興味を持った事を前にすると目の前が見えなくなるんだ。

 

「掲示板サイトが初出かと思ったら、古事記にも似たような話があるんだよね」

 

 汐の知的好奇心を私は見誤っていたらしい。世界各国、異世界に迷い込むという話は尽きないという事から、それら全てはFRSが関係しているんじゃないかと仮説を立てていた。汐曰く、姿を変え、話を変え、伝え方を変え、FRSの発症でそれらを体験し、自分にしか見えないので再現性もなく、FRSの症状が進行すれば体験した人はいずれ廃人、世界から消失する。

 それを汐は横から見れるかもしれない事に興奮を隠さずにあれこれと話す内容が尽きることがない。これがメッセージアプリであれば、後で読んでおくとか適当に言って会話を終了する事も、既読無視する事もできるのだが、汐はこちらの迷惑なんて全く考えていないのだろう。私が解放されたのは日付が翌日になってからさらに二時間程経った頃、欠伸をした汐が寝ると言って電話が終了した。


「やぁ、とら。昨晩は議論に熱が入ったね」


 翌日、珍しいテンションで私に話しかけてくる汐。 

 

「汐、もしかして寝てない?」

「いや、しっかりとあの後三時間は寝たよ。しかし、次から次に気になる事が出てきてねぇ。やはりとら、君との会話は滾る」

 

 まぁ、私も汐と話すのは嫌いじゃない。

 

「そして、茜くんからも早朝メッセージが届いてね」

「茜ちゃんから?」

  

 そう言って汐は大前茜とのやりとりを私に見せてきた。

 

“汐先輩、おはようございます! 今朝。きさらぎ駅を見ましたよ。電車は止まらなかったんだけど“

“おや、茜くん、おはよう。一体どこで見たんだい?“

“国道沿いにあるドンキホーテがあるでしょ? その屋上です!“

“ほぉ! 親御さんと一緒にドンキホーテに行ったのかい?“

“いえ、一人ですよ“

“ふむ、茜くんはまだ中学生だよね? 駐車場に行く理由は何かあったのかい? 茜くんはどが付くほどの車好きだったりするとか? 気になるねぇ“

“汐先輩なら分かってくれると思うんですけどね?“

“さて、私が君のような素敵女子の事をどこまで理解できるだろうか?“

“駐車場には負のオーラが溜まりやすいんです!“

“負のオーラ! なんて興味深いパワーワードなんだ。詳しくいいかな?“

“駐車場内での事故や事件が起きやすいですから“

“ほぉ! そんなに治安の悪い駐車場なんだね。そこで茜くんはきさらぎ駅を見た。電車は止まらなかったと。中に人は?

“沢山いましたよ! どれも恨めしそうに私を見てました“

“なんと、それらは一体誰だったんだろうね?“

“恐らく、きさらぎ駅に捕えられた人たちですね。私も取り込まれるところでした“


「とんでもない会話ね」

 

 しかし、早朝からこんなやりとりとか、私になら偏頭痛が起きそうだ。大前茜の方も汐がまともに取り合ってくれるからいつになく饒舌だ。これに関しては純度100%の作り話か妄言なんだから……

 

「とら、私は今日。この茜くんが“きさらぎ駅“を見たというドンキホーテの屋上を見に行ってみようと思う」

 

 言うと思った。汐はドンキホーテの屋上で何か見るんだろうか? いや、そもそも大前茜はただの厨二病で彼女が言っている事もまた嘘かただの妄言でしかない。されど、汐は大前茜の言葉を信じて検証をするんだろう。

 私と汐が話し込んでいるのを私のいつものグループの友達が見守っている。一度一緒に買い物に行った真弓は話に入りたそうにそわそわしている。とりあえず私はグループの方に向かう。


「汐、放課後ドンキ付き合うから待っててよ」

「あぁ、それは構わないよ。ではまた放課後に落ち合おう」

 

 同じクラスなのに、汐は自分の席に戻り、メモ帳を開いて何か書き始めた。

 

「とら、紅月さんと何話してたの?」

 

 汐をやや神格化している真弓がそう言って私に尋ねるので。

 

「放課後ドンキホーテに寄ろうって話」

 

 真弓はコンビニで買ったグリーンスムージを啜りながら、汐が何を買おうとしているのか、あるいはなんの用があるのかしつこく聞いてきた。

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