第二話 図書館で勉強をしていると、汐とは違う怪物に出会った夏の思い出

 悔しいかなうしおの説明は非常によく分かる。そしてそれは十年近く前には知っていた。算数の掛け算と割り算の理屈も小学校の先生ではなく、目の前の汐に永空とらは教わり理解を得た。相手を知り、相手が理解しやすい言葉を選び、それを伝えるスキルがある。

 汐は読書を中断させられたというのに、嫌な顔一つせずに一つ一つ、永空の苦手克服を手伝ってくれた。汐は永空が考えている間、クルクルと器用にペンを指で回して遊んでいる。そしてそれは暇を持て余したからではない。小学生くらいの少年が汐に興味深そうに近づいてきた。手には大きな本を持っている。


 明らかにこの年齢の少年が読むような本ではない学術書。


 永空は嫌な予感がした。本日のバス停の時とは違い今回の予感は当たる気がしていた。この少年は限りなくFRSの発症者なんじゃないんだろうか? というのも汐があの何かに興味を持った表情で少年を見つめている。少年は汐の隣に座ると学術書を開いた。

 少年は無言で汐に学術書を指差すので、汐はその学術書を読んであげる。それは小さい子に絵本を読み聞かせる光景に似ているが、汐が少年にルーズリーフを渡すと少年は難解な数式を書き始めた。

 流石に永空でもこの少年は数学に関して類稀なる才能を持っている事に気づく。されど、この少年は難しい文章を読む事と読解する事には長けていない。


 少年はこの学術書を理解し、かつ自分に内容を読んでくれる人を探していたのだろう。そこで勉強をしつつも興味なさそうにペンを回していた汐に白羽の矢が立った。そして少年の思った通り、汐は自分が求めていた人材に足りえたのだろう。

 奇妙にも永空と少年と汐はそこで数学の勉強を行う。専ら質問をするのは永空。少年は淡々と数式を書いては汐に本を読んでもらう。

 汐は少年の書いた数式を見ては「ほぉ」とか「なるほど」と心から感嘆していた。恐らく、この少年の数学に関する頭脳は汐をも上回っているのだろう。だが、それを理解する汐もまた人外のそれに永空は思えた。

 五枚目のルーズリーフをびっしりと数式で埋め切ると少年は満足したように無表情だった顔に笑顔が生まれた。そして汐と見つめ合い何かを分かち合ったように満足し、少年は永空のノートを指さして「そこ間違ってる」と言っていなくなった。

 慌てて永空は少年に指摘されたところを調べて間違いを訂正、お礼を言う間もなく少年は既に図書館から出ていき、学術書だけがテーブルに残されていた。

 

「あの子ってFRS?」

 

 永空がそう聞くと「違うね」と汐はこれまた嬉しそうな表情を見せた。FRSではないとすれば、あの少年の不気味なまでの天才的行動はなんなのか?

 

「あれは私や永空、一般人には到達できない頭脳を持った天才という人種だろうね。初めて見たよ」

 

 変人である汐が自らを一般人と言った。それがなんだか少しだけ面白くて永空はウケた。


「どうしたんだい?」

「汐が一般人なわけないでしょ? いつも変な事ばっかり言うのに」 

 

 永空が笑いながらそう言った。

 

「変じゃないさ、気になる事を口にしているだけだよ」


 あの発言の数々を変ではないと言い切れるのが変人の証明だ。韓流アイドルが印刷されたクリアファイルから問題集を取り出す汐。携帯電話メーカーのロゴが入っている事からファンではなく、その辺で貰ったのだろうが一応聞いてみる。「そのグループ好きなの?」と。

 

「偶然貰った物だけど調べてみて非常に好きになったよ」

「そうなんだ。汐って結構俗っぽい感覚持ってるわよね。なんか引く……」

 

 本来、汐くらいの年齢の女子が韓流アイドルを好きでも全くおかしくないのだが、なんとなく永空はそんなキャラじゃないだろうとつっこみたくなる。

 

「いやぁ、永空も一度ライブ映像を観てみるといい。素晴らしいパフォーマンスだよ」

 

 実際そうなんだろうなと永空もそこは納得。歌唱力もパフォーマンスもビジュアルも韓流のアイドルは妥協しない事くらいは知っている。しかし汐が言うとなんともこそばゆい。

 

「もしかしてライブに行ったり、振り付け覚えたりするの?」

 

 汐のそんな姿、想像するだけで永空は吹き出しそうになる。

 

 しかし変人である汐はそういう物を習得する時、完璧にこなすだろうなともイメージができる。今現在がまさに韓流アイドルみたいな格好をしていて、スラリと伸びた足が時折男性の視線を奪っているのだ。「考えた事もないな」と心底驚いた表情を見せる。

 汐は基本スマホとパソコンで情報を得る。満足すればそこで終わり。


「とら、今度彼女らのライブに行ってみようか?」

 

 とまさかの申し出をされてしまった。

 

「別にいいけど、絶対チケット取れないと思うよ。人気アイドルだろうし」

 

 汐の事だから本気で参加すると言えばファンクラブに入るなりどうにかするだろう。「それもそうか」と今回は鞘に興味を抑えたらしい。

 

「私の一時の興味で本当に彼女らに会いたい人が会えなくなるのは失礼だしねぇ」

 

 その気遣いを突然の思いつきで深夜に電話をかけてくる自分に少しでも分けてくれないかなと永空は思う。喋っていると喉が渇いてきたので休憩を提案。

 

「汐、コンビニかどこかで冷たい物でも飲まない? その後自習室空いてるか見に行こ」

 

 どうせなら座れるところで休憩して、と思った汐だったがそこで勉強が再開すると永空の休憩にならないかと頷いた。フードコートでアイスコーヒーを啜る。

 暇を持て余した中学生くらいの男子がこっちを見ている。声をかけようとでも相談しているんだろうか? とはいえ、中学生男子と遊ぶ自分の姿は想像できないなと永空は苦笑した。

 汐は図書館で借りた本に目を通している。大人向けの不気味な絵本のようだ。本当に汐の読む本に法則性はない。されど何か彼女の興味をそそる何かが選ばれた書物達にはあるのだろう。

 やる事もないので永空は先ほど教わった部分の復習を始める。休憩だというのに数学の勉強を始めた永空を観てやはりカフェにすれば良かったかと汐は思考。

 お互いのアイスコーヒーが空になり、休憩を終えて図書館に戻ろうかと、どちらが言う訳でもなく立ち上がった時、中学生が話しかけてきた「二人とも暇だったりする?」と。

  

「今から自習室が空いていれば勉強を続けるつもりだが、中学生かな? 諸君らも一緒に勉強するかい?」

 

 まさかの汐が逆ナンを仕掛けた。

 

「ゲーセンとかカラオケとか行きません?」

 

 これはいけると思った反面、年上だったかと中学生は敬語でそう汐に笑いながら提案をした。しかし、汐の予定が覆る事はない。

 

「それはまたの機会としよう。今日は勉強なんだ」

「そ、そうですか。じゃあ、俺たちはこれで……」

 

 汐は「連絡先は」と言いかけている間に中学生男子は自転車に乗って行ってしまった。

 

「汐、あの男の子達、私たちにナンパしてたのよ? あわよくば一夏の思い出をって中学生らしい感じでね」

「ほぉ、今年の夏は告白もされたし、今夏はモテ期でも来たのかな?」

 

 いきなり汐がパワーワードをぶっ込んできたので永空はスマホを落としそうになった。確かに汐は変人だが可愛い。そんなイベントが起こってもおかしくはない。

 

「も、もしかして前に言ってたキャンプ? というか合コンってそれ繋がりだったりするの? どうでもいいけどアンタ。なんて返事したのよ? まさか、オーケーしたの?」

「いや、私が受け持った中学生と小学生にね。もちろん、断ったさ。手を出したら犯罪になる。そういえば合コンで思い出したが、それも来週だね」

 

 永空はなんだ。年下に好かれただけかと安堵した。その反面、汐を好きになってしまったその男子二人は随分物好きだなと思ってしまった。そしてこの先、その二人が女性の趣味が歪んだんじゃないかと心配すらしてきた。

 

「大学生がJKに手を出すもの犯罪だからね」

 

 正直行きたくないイベントが後に控えているのを再認識してそう言った。汐はどういう感情で永空を見つめているのか、なんとも言えない表情をしている。長い付き合いだから永空にはよく分かる。今、なんらかの興味を汐は自分に向けているのだなと。覚悟を決めて、合コンとやらに参加するかと永空は思った。

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