最終話 汐から聞いた夏休みの一人旅がぶっ飛んでた話
夏休みの真っ只中、七月の最終日に汐から連絡が入ってきた。「とら、面白い発見があったんだ。会って話さないかい?」と言われたので、真弓達とプールに行く予定に合わせて汐も誘ってみたところ、まさかの汐の参加が決まり、汐を買い被っている真弓と明日香がそりゃもう喜んだ。
水着はあるのかと尋ねたら学校指定か競泳用の物があると答えた為、急遽私は汐の水着選びに近くのモールに付き合う事となった。元男であった私からしても汐は少しばかり女性である事を蔑ろにしていると思う。
平均より大きな胸というそれだけで強力な武器を持っていのだ。太眉、それが似合うやや幼めの顔つき故に一部の男子生徒が大人しそう、従順そうといくらか勘違いさせている。クラスでNo.1の人気を誇る真弓程ではないが、汐の男子人気は決して低くはない。今回はこの汐の魅力を極限まで引き立てる水着を私は選ぶつもりでいる。
「はは、水泳効率は低そうだ」
オフショルダーでビキニタイプの水着を選んだ私に対する汐の感想。プールに行くのは避暑でありファッションであり、ガチで水泳をしようというのは汐くらいなものだろう。気に入らなかったのか? というとそういうわけでもないらしい。というか水着なんて汐の中ではどれでも良かったのかもしれない。だから、私は一番汐に似合いそうな白のオフショルダービキニを選んで正解だった。「それでいいの?」と一応聞いてみる。
試着室の中で汐は片目を瞑るとこう言った。
「まぁ、とらが選んでくれたものだしね」
選んだ水着をキャッシャーに買いに行く汐、男性の若い店員が汐とその水着を見て少しばかり顔がにやけているのが分かる。このままの足でプールに向かうのだけど約束まで時間がある。
後々明日香と真弓になぜ水着選びに呼ばなかったのかと怒られるだろうけど芳乃に味方になってもらおう。汐の事だからコーヒーの一つでも飲みに行こうと誘ってくるだろう事は容易に想像がつく。そこで話とやらを聞こうかな。
「どうだいとら? カフェで冷たい物でも飲んでいかないかい?」
水着が売っている2階の売り場からカフェや食事処の揃った四階に向かう。
こういう時、女子同士なら何処に入ろうか悩むのだが「ここでいいか」と汐は空いている店を店名も見ずに物怖じせずに入っていく。
「私はアイスコーヒーにしようかな」
メニューを決めるのも物凄い早い。私はアイスティーとチーズケーキを選んだところで汐は店員を呼び出すボタンを押した。注文をさっさと済ますと、汐は私を見てにへらと笑う。こういう時の汐は相当興味を持った物を何か見つけたんだろう。
汐が私に見せた物は小さいスケブ。そこには“きさらぎ駅より乗車した感想“と綺麗な字で書いてあった。頭が痛くなってきた。汐はあの電車に乗車したんだろう。よく考えれば好奇心の怪物が乗車しないわけがない。
「汐、本当に“きさらぎ駅“の電車乗ったの?」
普段は静かに読書をしている文学少女の瞳が大きくなり、それはそれは鈍い輝きを放っていた。察するところ大満足だったんだろう。
「乗ったとも!」
汐が指差すそれ、駅名。東京ではなく統京。その他も当て字みたいに文字が違う。そして新大坂の次の駅、“新首部“を指さした。
「なんて読むの?」
「新神戸に相当する場所だよ。そこで私は戻ってきた」
汐の展開する自論はこうだった。“きさらぎ駅“は確かに知らない世界に繋がっている。されどその世界は私達の世界に似ている。
こっちの世界に戻ってきた駅名は“きさらぎ駅“同様、聞いた事のない駅名だったという事。要するにそこが入り口であり出口。
「“きさらぎ駅“とはまさに別世界に入る入り口だったよ」
汐はアイドルの追っかけでもしてきたように「最高だった」と再び呟いた。「ちょっと、汐。何があるか分からないんだから、そんな危ない事しないでよ! 私は行かないって言ったけどさー」
せっかく汐をFRSからこの世界に留めても全く別の方法で自ら別世界に行ってしまおうとする。こればかりは幼児の頃から変わらない。汐は「もう一つ面白い事があるんだ」と鈍い輝きを放つ瞳で私を見つめる。
「“きさらぎ駅“で出会った少女はFRSの発症者だったよ」
またまた不穏な事を汐が言った。
「それってどういう事? 何か汐にも見えたって事だよね? 異世界でもFRSって存在しているの? ちょっとヤバくない?」
そもそも理解の範疇にない場所で認識がおかしくなると一体どうなるんだ?
「恐らく、彼女はこの世界のどこかに存在していると思うんだ」
汐の言っている意味が分からず、「それってどういう事?」と聞いた。
「可能性の一つだけど、彼女は恐らく末期のFRS発症者だよ。そして、その意識はもうこの世界にはないんだろう。彼女はもうこの世界を認識してはいない。その代わり彼女は“きさらぎ駅“を経由した先の世界を認識しているんだ」
「それっていつか汐もそこに行くって話? 笑えないけど?」
私が少し、というかかなり怒った様子でそう言うと「可能性の一つだよ」と怒っている私の事を置いてきぼりでさらなる自論を汐は展開し始めた。頭痛が酷くなってきた。
「
そう言って汐は自身に指を向ける。
「現に私は、向こう側と思わしき場所に行き、無事帰還できた」
「確かに」
それは要するに「FRSは克服できる」と汐はやや鼻息荒く、アイスコーヒーで自分の頭を冷やすようにグイグイと飲む。そして汐はこう言うだろう「カフェインの摂取は集中力の向上に良い」と、そして追加の情報「運動能力の向上も期待できる。プールにはもってこいだ」とか言ってる。
汐は私がアイスティーとチーズケーキを食べ終えるのを待つようにキラキラとした瞳、そして奥底は澱みを残した眼差しで私を見つめている。夏休みの自由研究が高校生になって無くなったのは本当にありがたい。もし存在すれば、汐は自由研究のテーマに間違いなく“きさらぎ駅“を選んだだろう。「食べ終わったし、いこっか?」と私は汐とプールに向かう。
ショッピングモールからバスで二十分くらい先に私たちの向かう室内プールは聳え立つ。飲食設備がないけど、案外広くて暑い時間の避暑にはもってこいなのだ。
プール前のバス停には真弓に明日香に芳乃が待っていた。
「みんな待った?」
私がそう言うと、真弓が「紅月さんとお茶してたでしょ!」と少し不機嫌になる。
「水着のお礼に私が誘ったんだ」
それは逆効果だって事を汐は全然分かっていない。要するに今日、汐が着用する水着は私のセンスで選んだ物だという事。真弓と明日香は自分も汐の水着を選びたかっただのと戯言を予想通り言って私たちは室内プールへと入場する。三時間のセット料金と延長一時間くらいが妥当だろう。
更衣室で着替える際、汐が私を見ながら水中眼鏡を装着、そこからつける人をあまり見た事がない。多分、汐は相当プールというか水泳を楽しみにしているらしい。明日香が「絶景だね!」と汐を見ていった。
そこには下着も何もない平均より大きい汐の胸、そう言われても汐は恥ずかしがるわけでもなく。不適に微笑むと私が選んだ水着を着用する。
そして私達の着替えを待たずに更衣室から飛び出して行ってしまった。きっと私たちが着替え終わってプールに向かった時には既に全力で泳いでいる姿が見られるのだろうなとぼんやり考えていた。
「紅月さん、めっちゃ泳ぐの速いね」
プールに出た明日香の第一声。
「水泳部でもないんだけどね」
なんでもできる汐だけど、運動の類は群を抜いて優れている。「紅月さん、可愛い!」と、どこをどう見たらその感想が出るのか私は真弓に問い詰めたい。
私たちが出てくる頃合いを計算していたのか、丁度プールサイドから上がってくる。「やぁ! みんなとっても素敵な水着だね」と男の子が言えば歯が浮くようなお世辞を淡々と言って汐は私達の元へと戻ってきた。先ほどの水泳は体を温めるアップみたいな物だったんだろうか?
「飲み物買ってくるけど何がいい?」
「あ、私も行くよ」
明日香と芳乃がそう言って売店に飲み物を買いに行く。真弓はようやく汐と喋れると汐の最近の予定について尋ねた。
「ねぇ、紅月さん、8月にみんなで花火大会に行こうって」
ルルルルルル! と着信する汐のスマホ。汐はスマホを見ると目の色が変わっていくのが私には分かった。
「真弓くん、すまない電話だ」
そう言って席を外した汐、誰かと実に楽しそうに会話をしている。そんな汐を見て少しつまらなさそうな真弓。私は見ていた。バスの中で汐がスマホの電源を落としてそのままだった事を。電源の切れたスマホにかかってくる電話とは、一体どこの誰からの電話なのか、私は考えないようにした。
どうやら汐の電話は終わったらしい。
「メリーくん? 覚えがないな。今、私は室内プールにいるよ。その駅からだとバスに乗ってくればいい、あぁ! 待ってるよ」
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