第2話 牧場にて女子グループの中から猫が一人になるのを待つ
点呼の後に自由時間となる。
バター作りをするのか、乳搾り体験をするか、乗馬なんかも出来るらしい。汐は“道中“のお菓子を食べ始めていた。
どでかばーを齧りにながら獣臭香る牧場内をうろうろする汐。この牧場には子供の頃から何度か来た事はある。確か、汐家族と来た事もあった筈だ。あの頃は両親がアクテビティのお金を出してくれていたので何も思わなかったが、何をするのも高いなと思う。「鳴上くん、牛乳でも飲みにいかないかい? 奢るぜ?」と汐が言ってるのでとりあえず俺は汐について売店に向かった。
お昼ご飯はお弁当を持参していて好きな時間に食べられる。十五時にバスのある場所に集合し、十五時半に牧場を出て遠足は終わる。現在時間は十時半、四時間半も牧場で何をしろと言うのだろうか?
大きな牛乳パックの形をしたモニュメントの前で記念撮影をしているグループなんかがいるが、俺はそんなカースト上位の事をする友人もいないし、永劫にそう言う機会もないだろう。売店にて汐は200mlのパックの牛乳を二つ買ってくると適当な席に座る。“道中“の袋から「ヤングドーナッツ」の駄菓子を取り出すと真ん中に置いた。
これがお茶請けという事なんだろう、牛乳にドーナッツは合うからな。汐は自分と俺の分の牛乳パックにストローを刺すとちぅとその中身を吸い、そして駄菓子に手を伸ばした。
猫の習性を研究すると汐は言ったが、「お前も猫系女子だよな?」と言う俺の言葉を流して「うん、牧場の牛乳ってやつは濃厚でうまいね」とナチュラルにスルーし牛乳を評価する。この変人汐は興味を持った物に執着する性質があるが、流石にお土産にこの牛乳を買うと時間が経って悪くなるから名残惜しそうに飲み干した牛乳パックをゴミ箱に捨てる。汐は残りのヤングドーナッツを食べながら「いたよ猫だ!」と俺にそう言った。汐の見つめた先にはカースト上位の四人組の女子グループ、この中の誰がその猫なんだ?
「あれ、紅月さんじゃない?」と女子グループの連中に気づかれた。物怖じせずに次の駄菓子を汐は取り出した。
俺たちを見ている女子グループは何か話すと、この場所から退散する選択をしたらしい。これに関しては正しい選択だろう。しかし獲物を見つけた汐は熊のようにしつこい。重い腰を上げて、汐はカバンを背負うとそのグループの尾行を始めた。
四人組のグループは皆制服を面白いくらいに着崩している。髪の色も自由だから俺や汐のように黒髪はモブキャラみたいに映らないのが救いだ。「鳴上くん、あの中でどの子が猫か分かるかい?」分かるわけないだろう。お前が見えている世界なんて俺には想像もつかないし、そもそも女子をジロジロ見る趣味もない。
お団子にした明るい茶、赤に近い髪を巻いている少女。金髪ツインテール、パーカーを羽織った少女、リーダー的な明らかに大人びてモデルみたいな少女。最後は無表情で黒髪清楚系ギャルって感じの少女、彼女が不快そうにこっちを見てる。
「素晴らしい。正解だ」
「いやいや、俺は何も言ってないよ。誰だよその猫ってのは?」
「君と目が合ったのが子猫ちゃんさ」
あの黒髪の少女が猫、要するに
「あの黒髪の子が? 本当に発症しかけているのか?」
汐は自らが
乗馬体験、乳搾り体験と汚れる物をスルーして人気が高いのはバター作り体験だった。先ほどの倉田グループもバター作り体験のチケットを購入し順番を待っている「鳴上くん、ジンギスカンでも食べるかい?」と食堂に並んでいるジンギスカン鍋を見て俺にそう言った。
昔から汐の行動は謎しかないが、みんなが乗馬体験やらしている中、5800円のジンギスカンを弁当前に食べるとは思わなかった。「紅月さん、焼肉食ってんじゃん!」と男子はなぜかテンションが高く、「アレ見てよ」と女子からはやはり奇異の目を向けられる。
「汐、弁当どうすんだよ。おばさん作ってくれたんだろ?」
「そりゃあ、ここで一緒に食べるさ」
可愛らしい小さい曲げわっぱを取り出すと白米だけだった。
「お前、最初からジンギスカン食べるつもりだったろ?」
「万が一、ジンギスカンサービスをしていなければ手作りバターと醤油をご飯にかけるつもりだったけどね」
バターライスか、美味しいよな。というかおばさんもおかしいだろ。
周りの痛い視線を感じながらお昼前にジンギスカンをつつく俺と汐、担任の山口先生はその様子を見て呆れる。注意すべき事でもないが「紅月か」と何か疲れたような言葉を残していくのはきっと
しかし、汐はよく食べる。特にこの焼肉という食べ物が好きだ。「ただでさえ美味いのに肉を焼いて食べる野蛮さがいい」と以前に並々ならぬ焼肉への愛を語っていた。食べ放題の焼肉は心のオアシスだと格言も残している。
ジンギスカンは鉄板の頂点でラム肉を焼く。下の野菜に肉汁で味をつけてそれを楽しむというのは一般ルートのハズだ。汐は一向に野菜を食べようとしない。肉が先に無くなり、ただの野菜炒めが残るのは明白と言える。肉もあと一切れとなった時、汐は保冷バックから生卵を取り出した。そして曲げわっぱの中の白米を鉄板に卵を割って落としてラムの油がたっぷりついた野菜とを炒飯にしてシメとした。
うまそーとかその様子を見ている生徒達は声を上げているが、真似しようにも学生が出すには少々お高い。
「知ってるかい? 鳴上くん、シャーロックホームズの
マジでどうでもいい話をふってきた。こういう時の汐は気分がいいんだろう。そりゃ焼肉をたらふく食べて好き放題してればそうだろうよ。
「倉田くんは中々一人にならないねぇ」
バター作り体験の順番が回ってきた倉田グループは楽しそうにシャカシャカと生乳からバターを作っている。
「バターをわざわざ作る必要性ってなんだろうね」
「作りたてだと美味いとか、普段作らない物だから珍しいんだろ」
自動販売機でコカコーラを購入した汐はそれに口をつけながら倉田永空が一人になるのを待っているのだが、どうやって絡むんだ。
オリオン株式会社のミニコーララムネを汐はポリポリ食べているので「アレ、絶対一人になる瞬間とかないんじゃね?」という俺の意見、女子に限った事じゃないがランチもトイレもグループってのは常時一緒にいるもんだ。「そういうもんかな?」と汐はざらざらとラムネを飲み干すように食べた。
みんながランチタイムを取る時間、汐は昼前にジンギスカンと共に白米弁当を食べたので、行動を開始した。皆弁当を牧場から少し離れた公園で取るのがマストらしい。確かにあの獣臭がする中だと食欲も落ちるだろう。
「見てごらん、手作りバターをつけて食べるパンを用意してるぞ」
牧場でバター作り体験を見越してそのバターを美味しく食べられるようなパン、インスタントスープなどをもってきている倉田グループを監視しながら感動している汐、普通は焼肉じゃなくてこういう事を考えるのが無難だろう。
明治のチューインガム、すっぱい葡萄にご用心を選びながら「倉田永空はそろそろ一人になるよ」と、何をもってしてそんな事が分かるのか、と言いたいが、俺には分からない領域で汐は世界が見えている。
そして汐は極めつけに「鳴上くん、君も来たまえ」と言って俺の手ではなく腕を掴んで強引に引っ張る。マジでやめてくれ、女子を敵に回したくない。
「いや、マジで勘弁してくれよ」
俺が拒絶してみるが、汐は自分に都合の悪い事は耳に入らない。
「ほら、倉田くんが席を離れたよ」
化粧室に行こうものならゾロゾロとついていくグループの女子達がその場で待機して誰もついて行かない。もしかして倉田永空はグループの中でもカースト下位なんだろうか? それを汐は知っていたという事なのだろうか? いずれにしても倉田永空は一人で化粧室へと向かって行った。
「さぁ、猫の観察だ」
汐は新しい玩具を与えられた悪ガキのように瞳を輝かせた。そして俺は死ぬほどついて行きたくない。
「紅月さん、何か用?」
俺が入り口で待つ女子トイレの中で、倉田永空が汐にそう言う声が響いた。
「身体の調子はどうだい? 投薬の時間だろ?」
どういう事だ? 汐は倉田永空の事をなんでこんなに知ってるんだ? 倉田永空は何かの病気という事なんだろうか?
「別に、話しかけないでって言ったよね?」
「そうだね。それに関しては謝罪する。まぁ聞きなよ倉田くん、見えてんだろ?」
そう汐が言った後、パンと大きな音が女子トイレの中から響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます