第三話 汐リーダーに明確な好意を持つ中学生メンバーに感じるこのモヤモヤはFRSの症状なんだろうか?

 一日目の最大のイベントはこのオリエンテーリングになる。地図を見てチェックポイントを回りゴールを目指すという実に理解に苦しむ競技だ。リーダー達は基本引率するだけで余程困った時以外は助力してくれないらしい。という建前でどこの班のリーダーもノリノリで手伝っている空気を感じるけど、汐リーダーは本気でただ引率しているだけだった。双眼鏡を除いて“くねくね“を探しているようなのでここは僕らだけで進もうと思う。

 

「地図とか読めねーし、スマホで検索できねーの?」

 

 中学生になってまでこいつは何を言っているんだ? と僕は顔にこそ出さないけど、和也の不毛な発言に怒りを感じていた。こんなよく知らない森の中をスマホ検索で調べて進めるならオリエンテーリングの意味がないだろう。

 

「紅月リーダぁー! どこ行けばいいかわかんないっすよー!」

 

 双眼鏡から手を離すとそれを首にぶら下げて、汐リーダーはコンパスの使い方と地図の読み方を僕らに教えてくれた。途端に和也は先陣を切って歩き出し、直は汐リーダーに喉が渇いたと麦茶を求めて汐リーダーのSIGGの水筒を受け取って飲んでいた。三時間あればクリアできるコースとはいえ、あまりに遅くなると周囲が暗くなる。こんなわけの分からないキャンプで遭難なんてあり得ないので僕は和也の横に並んで助言をした。

 分かっている。年下に教えられるという事に和也みたいな奴はプライドを著しく傷つける傾向にある。だから、今どのあたりにいるのかと聞き、和也の答えに対して僕はヒントを出していくようにチェックポイントを目指した。意外にも早く一つ目のチェックポイントに到達し、そこで熱中症対策のクーリッシュを人数分受け取る。

 

「祐希お前やるじゃん! ウェーイ!」

 

 コツンと僕の拳に和也の拳が当たる。

 

「か、和也くんが先導してくれたおかげだよ」

「そうか? でもお前もいい読みだったぜ」

 

 なんだ……ただの馬鹿だと思ってたけど、割と和也いいやつじゃないか、並んでクーリッシュを飲んでいたら直もやってきた。

 

「僕もお兄ちゃん達と一緒に探したい!」

 

 僕は、汐リーダーの手腕の凄さに震えた。僕はこんなキャンプで誰かと仲良くなるつもりなんて毛頭なかった筈なのに……。

 恐らくはFRSを発症している僕が気が付けば、中学生の和也と低学年の直と仲良くなっている。全て、汐リーダーの予定調和って事か。

 

「諸君、少し歩いたしオヤツにしないかい?」

 

 このタイミングで汐リーダーはビスケットとチョコレートを取り出した。おやつ持参禁止なので、これはキャンプで配られる物なんだろう。適当な切り株や岩に腰掛けて僕らは甘いお菓子に舌鼓を打つ。普段なら足りない量。

 なのに、班の二人と、それに汐リーダーと一緒に食べるだけでなんだか満ち足りている。僕は地図を見て「この調子なら時間内にクリアできるよ」と普段なら絶対に言わない事を口走ってしまった。すると、和也が僕の肩に手をポンと置いて親指を立てる。なんだよそれ、痛々しいなと思ったけど僕も頷いた。仲間外れになりたくないのか直も同じく親指をあげるので僕も直に親指をあげてみせた。

 

「結構いい感じの班じゃね?」

「うん、僕も和也お兄ちゃんと祐希お兄ちゃんと一緒で良かった」

 

 そんな僕らを汐リーダーは微笑ましく見るわけでもなく、ビスケットとチョコレートに集中している。好きなんだろうか? とはいえ、僕も悪い気持ちじゃなくなった。どうやら汐リーダーにのせられたらしい。

 

「あと二日間よろしく」

 

 僕がそう言うと人懐っこく二人が笑った。全くガキだな。

 

「さて、そろそろ行こうか?」

 

 話が落ち着いたタイミングで汐リーダーがそう言った。この人はどこまで先を見ているんだ?

 

「ふむ、何やら遠くが騒がしいな」

 

 確かに、「落ち着いて! 他のリーダー呼んできて!」と大学生の女性のリーダーの叫び声が聞こえる「熱中症? お水飲ませて、頭冷やして」とか叫び声た聞こえてきた。

 

「何かあったみてーだけど紅月リーダーどうする?」

「ふむ、和也くん、年長の君にこの場で待機命令を与える。二人と動かないでくれたまえ」

「マジっすか! 了解です」

「君のような優秀な班員がいてくれて私も大助かりだよ」

 

 汐リーダーが「じゃあ」と言って他の班のヘルプに向かった。こういう時動くなと言われて動かない奴はいないのだけど、和也は直と僕に現場待機を指示して僕らを見張る。気持ちは分からなくない。汐リーダーに期待されているんだ。少しばかり納得いかないのは、和也ではなく僕に命令すべきところなんだけど、年長である和也を尊重だ。それよりもこの場を離れていく汐リーダーの表情があまりにも嬉しそうで僕はそれに見惚れていた。肩までの黒髪が風に揺れているのがとても綺麗だ。猛獣と目が合った時に目が離せないような、そんな畏怖にも近い魅力を汐リーダーは持っている。

 

 二十分少々で、汐リーダーは戻ってきて僕らにオリエンテーリングの切り上げを告知した。

 

「二次災害を回避する為に中止になったよ。来た道を戻ろう」

「誰か熱中症で倒れたんですか?」

「そうらしい。けど、本当にそうなのかな? あの焼却炉のような香りは」

 

 汐リーダーは何か考え事をしているようだけど、それでも僕らの引率をこなす。

 

「三人とも怪我や具合に変化はないかい?」

「「「はい!」」」

 

 僕らのテントが設置してあるキャンプ場までやってくると、汐リーダーはそう聞いて僕らが声がを合わせて答えた事に、珍しい表情をみせた。目を丸くして少しだけ戸惑ったような驚いた表情、その後に「それは良かった」と笑った。

 

「夕食の準備前のミーティングに行ってくるよ」

 

 恐らく、熱中症を起こした子についてとキャンプの運営側からの何か伝達があるんだろう。僕らはオリエンテーリングが中止になった事で参加者全員集められて竹でマイ箸を作る体験を行なっている。

 

「急遽、プログラムを変えたから箸作りって……」

 

 手を切らないように殆ど出来上がっているような竹の箸を自ら磨いて綺麗に整えるだけのつまらない体験。ここでナイフで手を切ったなんて怪我人が続出したら大変なんだろうが、大丈夫かこの運営?

 もっと汐リーダーと一緒に時間を過ごしたいと思っているのに、どうせミーティングなんてダラダラとつまらない話をして過ごすだけだろう?

 

「他の男子のリーダーが紅月リーダーの事可愛いって言ってたぜ」


 和也がそう言った。

 目が笑っていない。

 

「ふ、ふーん。まぁ可愛くなくはないよね」

「俺は普通に好きだけどな。紅月リーダー」

 

 和也はそういう事を平然と言える人なのか? それとも中学生だから僕よりもそういう事が進んでいるのだろうか? 和也からは、他の男子リーダーに対して激しい嫉妬の意思を感じた。僕らと汐リーダーの年は遠く、リーダー同士は近い。

 それはあまりにも「絶対ナンパ目的の奴いるよな」と和也は竹のお箸にあたるように強く紙やすりでそれを磨く。和也は汐リーダーへの好意を隠す気はないらしい。無性に僕はそれに負けた気がした。「僕ならリーダーなんてしない」と言うとその言葉は和也にはあまりよく届かなかったらしい。何を言っても怒らないと思ったけど「紅月リーダーにも言えるのかよ?」と強い剣幕で僕に言い寄ってきた。


 僕がFRSだからなんだろうか? 僕は和也が汐リーダーに対して恋愛感情を抱いているという事がひしひしと伝わってきた。 

 あれだけ聡明で、どんな状況にも動じない汐リーダーが、和也。お前みたいな奴と釣り合うわけがない。僕は「汐リーダーは関係ない」と受け流さずに和也にそう言った。僕の事をじっと見て、竹の箸作りなんてもう僕らの眼中にはない。和也は僕にこう言った。

 

「俺、紅月リーダーにこのキャンプで告白する」

 

 そう言うと、和也は冷静に竹の箸作りを再開した。腐っても中学生、僕が想像していない言葉を和也は返してきた。汐リーダーに? 告白? 愛の? そんなの彼女が受け入れるわけがない……いや、でも汐リーダーは和也に仕事を与えた。僕じゃなくて……和也に……

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