第五話 嘘から出た真というには理解が及ばない。“きさらぎ駅“の解釈

 私からすれば相当不毛な時間。eスポーツカフェから近いところにあるスクランブル交差点に私達はやってきた。「ここでも何度か目撃しました」と大前茜は息を吸って吐くように虚言を述べる。「ここもか」と汐は信じているらしい。

 

「時間は夜の20時頃でしたね。今回みたいにFPSゲームをプレイした帰り道でした。完全に不意打ちですよ!」

 

 偶然目撃したと言うにはやたら当時の事を覚えているのが作り話である証拠なのだろう。汐はスクランブ交差点を無言で眺めている。

 

「ふーむ、やはり何も見えないな」

「あはは! 汐先輩。今は何もありませんよ。私たちが探しているから向こうも警戒してるのかも」

 

 都市伝説とはいえ、駅が警戒するものなんだろうか?

 

「なるほど、そう言うものなのか」

 

 いつもなら、何故警戒しているのか? そもそもそれは本当に駅なのかとかくだらない質問をしてくる汐がやけに素直に納得する。「次、行きますか?」とウィンクする大前茜に汐は頷いた。

 

「出現ポイントに何か法則性はないんだろうか?」

 

 残念ながらそう言う物があるわけはないのだが、大前茜が適当に決めた出現ポイントから汐なら何か法則性を見つけてしまいそうで怖い。それに大前茜も気づいたのか、先手を打った。

 

「人が多い場所、そして車が走っている場所なんかが多いかもしれません」

 

 それが何故か? と言う事は無しに大前茜が答えた。正直、今考えたでっち上げなんだろうが、汐はふむと考え込む。ネットの情報と大前茜のホラ話を合わせて考えているんだろう。

 

「なるほど、しかしそうなってくると調べる場所が無数に存在するね」

 

 大前茜が一つ、汐を見誤っている部分があるとすればここだろう。

 

「汐先輩、そうですけど、それを全て調べるのは少し現実的じゃないです」

 

 その現実的じゃない事をしようとするのが汐なのだ。思えば小学校の頃の自由研究で公園、スーパー、市民プールと男女年齢比率を出す為に一夏潰した経歴すらある。

 

「私は一向に構わないよ。さぁ行こう」

「本当に言ってるんですか? じゃ、じゃあドンキの駐車場から」

 

 私は少しばかり面白くなっていた。大前茜は我慢強い子ではない。が、プライドのような物が邪魔して汐に付き合い不毛な時間を過ごす事になる。

 

「あの駐車場か、確かに茜くんがいる状態といない状態での違いの検証ができるかもしれないね」

 

 もしかすると汐は大前茜の虚言に気づいているんじゃないかと思えてきた。その上で“きさらぎ駅“を探しているとすればそれはどんな考えがあるんだろう。

 大前茜は元気よく上下する汐の平均より大きい胸を見ながら横に並ぶ。ウェストも細く、露骨すぎない筋肉がついた汐の身体は意外と美しい。

  

「ん? 何だい? 茜くん、私の顔に何かついているかい?」

 

 大前茜に見つめられている事を汐が気づいてそう聞き返す。顔ではなく、胸を見ていたわけだが、大前茜は慌てて目をそらす。女子同士だし、言えば触らせてくれるんじゃないだろうか?

 

 今思えば、汐には羞恥心のような物はあるんだろうか? カーディガンなんかを羽織る事もなく、男子たちに惜しみないおかずの提供を日々している。

 

「汐の大きな胸に見惚れてたんじゃない?」

 

 私は少しばかりの仕返しにそう言った。「そ、そんな事ないじゃないですか! 何言ってるんですか倉田先輩」と声を荒げる大前茜。

 

「そうなのかい?」

 

 そこで再び否定するより、大前茜は汐に取り入った方がいいと判断したらしい。

 

「汐先輩って、可愛いし、スタイルもいいから、私もちょっと見惚れてしまって。本当に、……綺麗です。先輩」

「そうかい? そう言われると悪い気はしないね。女子同士だ。どうかね? 私の紫玉むねに触れてみるかい?」

「えっ! いいんですか?」

 

 まさか私の予想どおりの展開になるとは思いもしなかった。というか、大前茜はそっちの趣味があった事に少々私は引いていたりもする。さぁと胸を前に突き出す汐に大前茜はかなり興奮した様子で手を伸ばしている。女子同士のこういう戯れはたまに見かける事があるけど、私は元男から女子になったので実はこう言う経験はないし、ちょっと羨ましい。


 汐は自慢かどうかは分からないが平均より大きい胸を揉みしだかれているのに大前茜を面白そうに観察している。女子の百合は男子にウケがいい「もういいんじゃない?」と私が横から声をかけると、照れたように大前茜が手を離す。

 私が同じように汐にそう言う事をしたら汐はどう思うんだろう。いや、分かりきっている事だ。汐は私に延々と感想を聞いてくるに違いない。大変満足そうな大前茜はドンキホーテの入り口を指差す。


 駐車場見学目的でここにやってきた利用者は恐らく本日は私達だけだろう。大前茜に先導された場所は駐車場の中でも屋上。雨や日焼けを嫌がってか車は数台しか停車していない。大前茜が言う“きさらぎ駅“はここで見たという事なんだろうが、作り話である。

 “きさらぎ駅“を目撃した駐車場の正確な場所を汐に伝えていない大前茜、そもそも彼女の妄言だが、だから見つからなかったのだと言いたのだろう。狡猾というか、賢しいというべきか、大前茜の嘘は矛盾が多いが、つっ込まれた時に何かしら答えられるようにしてある。


 汐は大前茜のレクチャーの元、彼女が目撃した場所を見つめる「“きさらぎ駅“に車両は止まったのかい? 人はどのくらい?」と興味津々に汐は大前茜に質問を繰り返す。電車は停止しなかった。そしてまばらだが人が乗っていたと語る。

  

「成る程、ネット上の情報に近いね」

「ネットの情報の半分以上は出鱈目だと思いますけど中には私が遭遇した物とほぼ同じ物がありますから、恐らくは私と同じ生存者が伝えて警鐘を鳴らしているんだと思いますよ」

 

 と、どの口がそんな事を言えるのだろうと私は思いながら汐と大前茜のやりとりをしばらく見つめていて、汐のここでの用事は済んだらしい。

 

「じゃあ次行こうか?」

 

 何も買わないというのは店側にも迷惑だろうと汐は私と大前茜の三人分、缶のミルクティーを奢ってくれた。私はそのプルトップを開けて口にしているのに対して、大前茜は嬉しそうに大事そうにミルクティーの缶をカバンにしまった。

 

「次は何処だい?」

「次は……墓地に行きます」

 

 ここからバスに乗って二十分程かかる距離にある霊園。本当にここで“きさらぎ駅“を大前茜が目撃したとしたら、彼女は一体ここに何の用があってきたのかそっちの方が気になる。

 

「茜ちゃんはここに何しにきたの?」

 

 私の質問に少し黙る大前茜。言い訳もとい、ここにきた理由を考えているんだろう。親戚の墓参りとでも言っておけばいいのに大前茜は何かしら背景を持たせたがる。それが作り話感満載である事に本人は気づいていないのだ。

 

「理由はどうでもいいよ」

 

 汐が助け舟を出すかのタイミングでそう切り込んできた。

 

「私は“きさらぎ駅“に近づけさえできればそれでいい。ここで見られたというのであればそれはどの場所か、の方が重要さ」

 

 汐の言葉に大前茜は目を輝かせている。しかし、彼女は理解できないんだろう。汐は大前茜の行動に関して一切の興味を持っていないという事の証明であるという事を。

 

「ここには気がついたら立っていたんです」

 

 なるほどそう来たか。あえて背景を持たせない事で何故自分がここにいたのか分からない。知らないを通せるとても便利な設定だ。

 

「そして導かれる。ううん、操られるようにここに」

「ここが“きさらぎ駅“出現ポイントか」


 見るからにお金を持った人が建てたであろう石碑みたいな墓地の前。こんな変な遊びに使われてこの墓地の下で眠っている人に私は心底同情した。反面、目立つ物を作った末路とは案外こんな感じで後世に伝わるのかもしれない。

 私は心の中で手を合わせて、もうしばらくこの罰当たりな遊びに付き合ってもらえるように願っておいた。

 

「汐は何か見える? 人様の墓地だしそろそろ行かない?」

 

 私がそう提案すると、汐は名残惜しそうに頷いた。

 

「そろそろ時間も遅いし、これで終わりにしようか?」

「そうですね!」


 私たちは再びバスに乗って市内へと戻る。汐は本日付き合ってくれた私と大前茜に食事をご馳走すると言った。

 駅の中にサイゼリヤ、天ぷらの店、韓国焼肉、お好み焼きなどの店舗が入っている中から好きな物を選んでくれという汐。私も大前茜も意外と、遠慮しがちな性格らしく、三人で食べてもそこまで高くつかないサイゼリヤに決まった。

 

「こういうお店には久しぶりに入るね」

 

 普段もっと良い物を食べているというわけではなく、外食が珍しいのだろう。

 

「汐のお母さん料理上手だもんね」

「そうだね。母の料理は控えめに言って極上に美味だ」

 

 ここまで料理をべた褒めされれば母親冥利に尽きるだろう。

 

「今度汐先輩の家で食事ご馳走になりたいです!」

 

 汐は「構わないよ」と快く承諾してた。その時は私もご相伴に預かろう。

 サイゼリヤに来たら鉄板とも言えるミラノ風ドリアを注文、三人でシェアする真イカとアンチョビのピザを汐は器用に切り分けている。ピザは真ん中から切り始めるのがコツだと語る。

 汐は子供の頃から辛い物が比較的好きだった。ホットソースをミラノ風ドリアにかけて食べて、再度かけて自分の納得する辛さになったところで頷いていた。それにしても行儀良く食べるものだ。両親の教育の賜物に違いない。

 切り分けたピザにもホットソースをかけて一枚パクリと食べる汐は思い出したように話した。

 

「サイゼリヤで喜ぶ彼女というものがかつて流行ったね」

 

 そういえば、可愛くてグラマラスな美女が笑顔でミラノ風ドリアを食すイラストを見た事が昔あったなと私は思い出す。

 

「なんですかそれ?」

「安価な飲食店でも一緒に楽しく食べてくれる異性を描いた素晴らしい芸術作品の一つだよ。人によっては信仰の対象になったり、女性軽視の象徴となったり、実に面白い現象の一つだね」

 

 汐は大前茜に興味を持たせたいのか、妙に含ませた言い方でサイゼで喜ぶ彼女を語った。

 

「ネットで表現し、皆が同じ物を見ているのに、受け取る物が違う事がよくあるよね」

 

 確かにそうだ。昨今では企業なんかもやらかして謝罪するハメになる。

 

「あれって、サイゼを軽視してもいるよね」

「ふむ、そういう考えもあるね」

 

 サイゼリヤ程度で喜ぶ都合の良い女。みたいなイメージを持たれているが、そもそもサイゼリヤは値段以上のクオリティのある料理がウリだ。

 

「でも私ならデートでサイゼは、えっ? ってなりますよ」

「確かに初デートであれば、確実に美味しいサイゼリヤにはごめんなさいして、少し背を伸ばして、美味いかどうかも分からない小洒落たお店で見栄を少しはるのもいいかもしれない」

 

 まさかファミレスのサイゼリヤでこんな話をするとは思わなかった。いや、汐がいる時点で十分にあり得る事か、汐は「君たちもピザを食べるといい。美味しいよ」と正確に切り分けたピザを私も一枚受け取った。

 同じく大前茜にも汐は切り分けたピザを小皿に取って渡すと受け取った大前茜は宝石でも前にしているように恍惚の表情を浮かべている。

 私と大前茜がピザを食べる姿を見て汐は満足したようにうんうんと頷く。何がそんなに納得しているのか分からないけど汐は唐突にこう切り出した。

 

「大前茜くんのおかげで“きさらぎ駅“のが見えたよ」

 

 厨二病同士の会話なら、大前茜も饒舌に語っただろう。だけど彼女は薄々気づいている。紅月汐はどこかおかしいと。

 

「汐先輩、ってなんです?」

 

 汐は待ってましたと言わんばかりにスケブを取り出した。

 

「私が調べ上げたネット上、書籍や映像作品の情報。そして茜くんから受け取った情報を合わせた結果、得体のしれない物だ。私には手に負えないな」

「えっ? 汐の出した結論がそれなの? 本当に? マジで言ってるの?」

 

 私はそう言って汐のスケブを見つめる。汐は全ての情報を検証したのだ。

 びっしりと書かれている物は今までの汐の経験と最初から汐はFRSの症状と照らし合わせていた。

 

「そうなんです! あれは得体のしれない物ですよ」

 

 大前茜の嘘は突き通せた為に安堵している。流石に私もこのまま汐の敗北という形で終える事には少し閉口しています。「あのね。汐、違くて」と私が言いかけた時。

 汐は明細を持ってキャッシャーへと向かう。その後ろ姿はどんな時もいつでも王者のように振る舞っていた彼女の黄昏時を感じた。このまま汐が世界から消えてしまうんじゃ無いかと思ってしまった。私は慌てて後ろを追いかける。大前茜もそうだ。せっかく新しい依存先が見つかったのに、それを失うと危惧したんだろう。嘘つきは保身が上手い。その為、汐を失うわけにはいかない。

 

「汐、ごめん! これって私がアンタに仕掛けたイタズ……は?」

 

 サイゼから出た私たちが見た光景、駅構内ではなく、そこは見知らぬ駅。

 

「あっ…汐、このってまさか、もしかしてどういう事?」

「“駅“だよ。出現方法はこれで良かったらしい」

「汐先輩、どういう事ですか? 出現方法って……嘘でしょ」

 

 汐はこの“きさらぎ駅“という現象に対して、FRSではない。自分には手に負えない何かである。という事を証明してみせた。そして、FRSでは無いのであれば次はそれを以下にして再現するかという事を調べていたらしい。不安と心的ストレス、そして何かを求めてる者が遭遇するとスケブに仮定していた。

 見知らぬ場所、それも少し寂れた暗い駅。まさに私のよく知る。いや、私たちの認識する“きさらぎ駅“がそこにあった。しばらくして電車が停車してきた。扉は私たちを招くように、開いた。

 

「どうだい? どこ行くか? ?」

 

 不思議な事に恐怖心は薄かった。何故なら、得たいのしれない駅と電車よりも私は長年幼馴染であり友人の汐の方がより得体のしれない存在に見えたからだ。


 結果イタズラを仕掛けたハズの私は、なんだかしてやられた気分だった。

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